03 E.Grey 著 足跡 『源平館主人3、公設秘書・少佐』
//前回までの粗筋//
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衆議院議員島本代議士の公設秘書佐伯祐は、長野県にある選挙地盤を固めるため、定期的に彼の地の選挙対策事務所を訪れる。夏のある日、空き時間で、婚約者・三輪明菜と混浴温泉デートをした。訪れた温泉宿は、源平館だ。二人が湯から上がったところで銃声がして、駆けつけてみると、宿の主人が密室になった一階書斎で、拳銃を握っているのが分かった。
03 足跡
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婚約が決まってから、佐伯祐は私の実家に泊まる。父と一杯ひっかけて、翌朝、再度、私・三輪明菜と、密室になった温泉宿・源平館の一階にある書斎を訪れた。すでに、真田巡査部長がきていて、死体はすでに片付けていた。
「佐伯さん、被害者の源平館主人・津下秋吉氏が、左利きなのに右手で拳銃を握っていた。このほかに、有力な物証とかは私にはみつけられなかった。どんなもんでしょうなあ」
明るくならないとみつけられないこともある。
佐伯が、フランス式になった窓際に立ってみると、鍵がかけられているのを確認した。
「犯人はどこまで間抜けなんだ。被害者が自殺したようにみせかけた拳銃の利き手が逆。そして、またミスをやらかしている」
退官間近な警官が怪訝そうに、「どこがです?」と訊き返した。
「フランス窓の敷居をご覧なさい。泥が付着していますよ」
「しかし窓に鍵がかけられている。犯人はこれじゃ出られない」
「なあに、簡単なトリックです。窓の鍵は単純構造。窓枠の左側がリング、右側が掛け金になっている。犯人は被害者を殺害してから、フランス窓から外にでるとき、掛け金を少し斜めぎみに立てて置いて閉めた拍子に、リングに落ちるようにした……ちょっとやってみましょう」
佐伯はフランス窓を開け、いま言ったように、実演してみた。確かに、ちょっとした細工で、窓を閉める際に密室ができることが分かった。
「これは盲点でしたわい」真田さんがネクタイを正す。
佐伯が黒縁眼鏡をずり挙げ、もう一度フランス窓を開けて、四つん這いになってみた。
「真田さん、ご覧ください」
「ほう……」同じように四つん這いになった真田さんが、犯人のものと思われる靴を窓下の地面にみつけた。
「源平館主人・津下吉秋氏と利害関係にある者、縁故者のリストをつくり、靴のサイズを計ってみてください」
「あ、これで事件は解決したも同じですな」
真田さんが愉快そうに笑った。
(――さ、佐伯、いくらなんでも、物語の前半からトリックを解明してしまってもよいのか。ネタがつづかなくなるぞ!)
真田巡査部長が作成した容疑者リスト。
被害者の女将で源平館主人・津下吉秋の妻・幸枝。番頭で被害者の実の弟である治郎。そして、もう一人、吉秋夫妻には養子がいた。
真田さんが慌ただしく書斎に入ってきた青年をみやると、ぶしつけに、「義父さんが亡くなって寂しくなるね。ところで明君、昨日、君はどこにいたんだね?」と訊いた。
「友達のところにいました」
容疑者は以上の三名だ。
(つづく)
//登場人物//
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【主要登場人物】
●佐伯祐佐伯祐……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。
●三輪明菜三輪明菜……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。
●島村代議士……佐伯の上司。センセイ。古株の衆議院議員である。
●真田巡査部長……村の駐在。
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【事件関係者】
●津下吉秋……源平館主人。
●津下夫人……吉秋夫人、源平館の女将。
●津下次郎……吉秋の弟、番頭。
●津下明……吉秋夫妻の養子。