階層ですか?
2度目の侵入者以降、高山の作ったダンジョンに訪れるものは徐々に増えていった。
現在では、なかなか難易度の高いダンジョンがあると近くの町では噂になってきていると捕らえた冒険者が言っていた。
ちなみに捕らえた冒険者から情報を聞き出す役目は新たに召喚された夢魔サキュバスだ。
残念ながら? 高山とサキュバスには接点はほとんどないのだが。
聞き出した情報は1度イリアを中継して高山へと伝わる。
老若男女なんでもいけると豪語するサキュバスは高山への接触をイリアによって禁止されているのだ。
今のところ順調なダンジョン運営をしている高山。初めはまったく期待していなかったのに、とアイリは居間で寛いでいる高山を見る。
ゲームやモンスターの知識など持っていなかった高山だが、初めて作った地下1階層はうまく機能している。
今も高山は毎日の収支(得たポイントと消費したポイントの差し引き)を丁寧に計算しているが、今のところずっとプラスで推移している。
というか、どれだけ細かく書いているのよと驚く。
「収支計算なんかは仕事でよくやっていましたので」
運営のセンスがあるのかないのか高山のことをいまだに把握しきれないアイリだった。
「ところでアイリさん、今日は久しぶりに魚釣りに出掛けようと思うのですが?」
緊張感が足りないということだけはアイリは知っている。
そして結局高山の外出を許すことになることも。
「くれぐれも冒険者に出入りしているところは見られないようにね」
と見送る。ダンジョンマスターである高山はダンジョン内の決められた場所の間は自由に転移することができる。
ダンジョンの入り口付近の微妙に死角になっている場所へと高山はイリアと共に転移するのだった。
湖へ向かう2人は前からやってくる集団を発見する。
ダンジョンへ向かっているのだろう。イリアはとっさに隠れるかと考えたがもう向こうもこちらに気付いているだろう。
下手に怪しい動きをしないほうがいいと黙って高山の後ろを付いていく。
冒険者は全部で10人。もし怪しまれたら逃げるのが無難だろう。
さすがのイリアでもこの人数を相手に高山を守りつつ勝利することは難しいだろう。
「よぉ、おっさん。釣りか?」
横を通り過ぎようとしたとき1人の冒険者が声をかけてくる。
誰がおっさんですか! と殴りかかってやりたい気持ちをイリアはぐっと堪える。
「ええ、湖の方まで行くところです」
「そうかい。このあたりはそれほど危険なモンスターはいねぇが、最近新しくダンジョンができたんだ。そこからモンスターがあふれ出してくるかも知れねぇ。気をつけてな」
そういうとそのまま冒険者達はダンジョンの方へ向かっていった。
「アイリさん達は大丈夫でしょうか?」
「ええ、彼らぐらいなら問題ないでしょう」
最近は冒険者の質が上がってきていれば、ダンジョンの情報も出回り始めている。
冒険者達の間では初めの分かれ道で砂地側を選ぶのが定着しつつある。
高山はボスモンスターの部屋にフェンリル以外に小さな狼(フェンリルに比べるとだが)を何匹か召喚したりと強化は図っているが、徐々にではあるが攻略が進んでいるのは明らかだった。
そろそろなにか手を打たなければいかないと高山は考えるのだった。
「今日は少しは釣れているようだな」
釣りをしていた高山達に声を掛けたのはエルフのエレアだ。
「お久しぶりですねエレアさん。エレアさんのおかげでいくらかは釣れるようになりましたよ」
取り留めない会話をする高山とエレアだが、どうにもイリアは落ち着かない。
いや、エレアが美人だしなんだかアイリやイリアと話すときより高山がずっと自然に会話しているのが気に入らないとかいう話ではない。
少しはそれもあるが。
やはりエルフである彼女がどうしてこうも高山に親しみを持つのかがわからないのだ。
たしかに高山には人を落ち着かせるような、話していると気持ちが暖かくなる感覚はある。
だがそれはあくまでも彼に召喚されたことによるものが大きく関係していると思っていた。
しかしまったく関係を持たない、それも人とほとんど交流することのないエルフがだ。
なにか裏があるのではと勘繰ってしまう。
しかしそんなイリアの心配を余所に、
「それでは私は失礼するよ。また会おう」
と静かに立ち去っていくのだった。
「冒険者さんが来たみたいですけど問題ありませんでしたか?」
釣り上げた魚を手土産にダンジョンに帰った高山は、特に問題はなさそうに見えるが念のためとアイリ尋ねる。
「今回は結構手強かったわ。1人も脱落することなくフェンリルの所まで辿り着いたからね」
「そうですか……。狼さん達は無事ですか?」
高山は心配そうにボス部屋のモンスターのモニターを開き様子を確認する。
フェンリルは問題なさそうだが引き連れていた小さな狼達の数がいくらか減っている。
「うん、ウルフ達が何匹かやられた……。ナイアスをボスの部屋に待機させておいて正解だったみたいね」
最近来る冒険者のほとんどは砂地の方を選ぶ。
なぜならば砂漠地帯には弱点がある。それは壁沿いに進まれることだ。
部屋一面に広がる砂地の部屋だが、いくら壁に細工をしてどこまでも続くように見せたとしても所詮はダンジョンの内部。広さに限りがある。
その攻略法を知られてからはこちらに冒険者が集中することになった。
もちろん少し気を抜けば壁沿いからはずれ現在地がわからなくなるといったことにもなるのだが、それが通じるのは初心者だけだ。
ある程度人数をそろえたパーティなら必ず複数を壁のチェックに割き見失わないようにと念を入れる。
それでもいままでは突如として地面から現れるマミーといったモンスター達によってそれなりに冒険者達を削っていたのだが。
ついに1人も削れなかった。
複数のパーティが同時に来たときに分散するようにと2つの道を作った高山だったがそれがこのような事態になることまでは想像していなかった。
現在の状況から高山はあらかじめナイアスをボスの部屋に待機してもらっていた。
水路を選べばそちらに向かってもらい、砂地を選べばそのままボス部屋でフェンリル達と迎撃してもらうようにと。
ボス部屋にはフェンリル達の水飲み場として作っていた場所があり、そこにナイアスはいた。
水路にいるときほどの力は発揮できないが、それでも現在のダンジョン内のモンスターで言えばフェンリルに次いでポイント消費している彼女は十分に冒険者の脅威といえた。
「そろそろ階層を増やす時期ね」
「階層ですか?」
「そ! 今は地下1階しかないけど2階3階って増やしていくの。ポイント的には最初から増やせるぐらいの余裕はあったけどいきなり複数の階層の管理は大変だろうから黙ってたけど」
階層を増やすですかと高山は考えこむ。
何か考え込む彼だったが突如部屋の中に警告音が鳴り響く。
新しい侵入者だろう。
「えーと、今度は8人組ね。こいつらもきっと砂地に行くわよ」
モニターで彼らを確認した高山は少し考えがありますと、周りにいくつか指示を出すのだった。
当然のように砂地側を選んだ冒険者達。
「さてと、情報通りならこの先に、、、」
町で入手したとおり通路の抜けた先は広い砂漠となっていた。
「よしよし、後は慎重に壁沿いを伝っていけば、っといきなりモンスター達のお出迎えか」
彼らの侵入を阻むように砂の中から現れる複数のモンスター。
「マミーとワイトっすね。」
「いや、ありゃワイトじゃねぇな。ワンランク上のスケルトンだ」
「おぉ、さすが先輩よくあんな骨だけモンスターの区別なんてつきますね」
以前ワイトだと言っていた冒険者達を覚えているだろうか。
確かに見た目はほとんど同じであるワイトとスケルトンだがその強さははっきりと違う。
ワイトと思い油断しやられる初心者も少なからずいる。
ただスケルトンと区別がつくぐらいの冒険者達になればさほど苦戦するような相手ではない。
「軽口を叩いてんじゃねぇ! 前に出るぞ!」
彼の言葉に全員が戦闘体勢に入りマミー達を迎え撃つために前進する。
しかし気合を入れた彼らのパーティの1人の首に糸が絡みつく。
「上か!」
糸は上から伸びてきておりそこには下半身を蜘蛛、上半身は人間のモンスターが糸を飛ばしていた。
(おいおい、アラクネは水路側にしかいないんじゃなかったのかよ!)
聞いていた情報が間違っていたことに憤りつつも、パーティを目の前に迫るマミー達とアラクネを倒す側で2つに分ける。
だがこれぐらいどうってことはないと、スケルトンの振り下ろす剣をいなし、反撃の一撃を叩き込む。
(こっちは問題ない。アラクネの方はどうなった?)
と振り返った彼は目撃することになる。
首に糸を絡められ宙吊りにされる仲間。
助けようと天井向かって弓を射る仲間が凄まじいスピードで背後から現れた大きな狼に首を引きちぎられる瞬間を。
そして次々と現れる狼の群れに仲間達は一気に崩れ去っていく。
「狼!? どうしてこんなところに! くそったれ、助けるぞ!」
周りに声を掛けて、走り出そうとする彼だったが、その足には先ほど切り裂いたスケルトンの手が絡みついていた。
「邪魔だ!!」
(早くしねぇと仲間達が全滅しちまうんだよ)
そして彼が視線をあげたとき、目があった。
あの一際大きい狼と。
「いつまでも足に纏わりついてんじゃねぇ!」
彼は苛立ち足元にある手を切りつけるが、振り払っても振り払っても右に左にと絡みつく。
大きく剣を振りかぶり一気に振りほどいた彼だったが、安心したのもつかの間、顔を上げるとすぐ目の前に迫ったするどい牙を見て自分が死ぬことを悟った。
最後の冒険者が倒れたことを確認した高山は、このような手もその場しのぎにしかなりませんねと考える。
冒険者を確認した高山はまずアラクネを気付かれないように移動させ、ボスモンスターのフェンリル達を水路を走らせて背後を襲わせたのだ。
しかし、ボスモンスターをほぼ空にするのは褒められたやり方でなければ、何度も通じる手ではないと感じていた。
アイリの言っていたとおり階層を増やしダンジョンを強化しなければ根本的な解決にはならないはずだ。
「1階層に増やすのに必要なポイントは5万よ。10階層以上になると10万必要になるけど今はまだ関係ないね」
高山が釣ってきた魚が食卓に並ぶ中、アイリから階層についての説明を受ける。
「高山はだいぶポイント溜め込んでいるし一気に2,3階層増やすのも悪くないと思うわ」
アイリに言われたとおり現在の高山のポイントは一時ダンジョンの作成などで80万を切るほどになっていたが、効率よく冒険者を撃退したおかげで現在は105万ほどで初期よりプラスとなっている。
「ところでアイリさん階層は地下だけなのですか?」
「どういうこと?」
「いや、上に階層を作れないかと思いましてね」
「塔にするってこと?」
アイリは考える。確かに上に伸ばすことは可能だ。
しかしいままでのダンジョンマスターは下へ下へと行くものが多かった。
塔にした場合は後から面積を広げれることが出来ないのは不便なところではある。
ただ上へと言い出したのは高山は初めてだ。いったい何を考えているのか。
「私はこの世界をもっと見てみたいんです。高い場所から見る森や湖、そしてその先にあるこの世界はきっと美しいと思うんです」
何も考えていなかった。
馬鹿と煙は高いところにのぼるなどと言われたら恥ずかしいのですけどねなどと高山は笑っている。
彼は単純に見てみたいという。ダンジョンがどうだ、こうすれば強くなるなんてまるで興味もなさそうに。
呆れるアイリだが、まぁそれが高山らしくていいのかもしれないと思うのだった。
「でも周りの木が高いからすぐには何も見えないんじゃないですかね?」
「ま、その辺は高山がこれから頑張るしかないわね」
そうですね、頑張りましょうなどと言っていた高山にアイリは完全に油断していた。
翌朝、大きな地鳴りとともに目を覚ますアイリ。
こんな朝からダンジョンの拡張しなくてもとあくびをしながら、ぼんやりと考えなぜか設置された窓に気付く。
わざわざ窓なんか付けてくれたんだと少しだけ喜びつつ窓の外を眺めるとそこには、、、
「たーかーやーまーーー!!!!」
明らかに2階、3階ではない高さ。
彼女の持つモニターには『現在位置10階』と表示されているのだった。