第三十八話 月夜の珍客4
歴史は語る。
かつて、この世界には魔術師がいた。言霊を操り、自然の理を動かすことのできる、言語神フィーアより力を与えられた能力者達がいた。
彼らは自然と共に生き、人々と自然の架け橋であった。それ故、人もまた、自然に組み込まれた一種族に過ぎなかった。
しかし、時が流れるにつれ、魔術師はその力の強大さを理解していった。フィーアが与えてしまった力はあまりにも強すぎた。魔術師は人々を率い、大地に都を作り、獣を追い出し、更なる力を求め、神を―――月神を殺し、その力を奪った。
魔術師は勢いづき、大陸中を支配した。やがて力持たぬ人々に魔術師は圧政を強い、それに不満を抱いた人々は精霊達の力を借り、魔術師を撃退した。
魔術師の力に脅威を感じた精霊達は考えた。魔術はこの世界にあるべきではないものだと。
精霊は人々と話し合い、魔術師達に呪いをかけた。魔術師達の魔力は、身体能力を引き上げる代わりにもう二度と自然の理に干渉できぬようになり、その罪を忘れぬよう、彼らの髪は闇に染まり、瞳には赤の烙印を映すようになった。
力を失った魔術師を、人々は拒絶し、今までの怨念をぶつけるように虐げた。―――何百年にもわたって。
◇◆◇◆◇
「僕は長い間、安全な魔術の研究に励んできていました。魔術は、誰かを傷つけ、苦しめるものではないのですから。そして数年前、精霊王の許可をとり、僕は各地で数人の協力者を募り、試験的に『誰でも使える魔術』を広めました。魔術師の血を引く者と、そうでない者。どちらも同等の能力となるのか。どんな地方でも使えるようになるのか。……デリエスタ王国で飛躍的に普及が進んでいるのは、偶然一部に広がった魔術の知識を王族が拾い上げたから。実際には、各国で僅かではあるものの、魔術の知識は広がっています。今回事件を起こした犯人は、僕が協力を仰ぎ、魔術の知識を広めた一人。憎しみを抱く者に牙を与えればどうなるか、気付けなかった僕の責任です。申し訳ない」
……なんというか。
彼自身は、ただ単に、無差別に知識をばら撒いただけで。たまたまそれが変な使用法をされちゃったから、謝りに来た、と。
「……はぁ」
その部屋にいた全員が、多分反応に困っていた。
フィーア様は、その小さな体を曲げて深々と頭を下げる。で、それに満足したような顔をして、「それではお邪魔しました」とのんびり部屋を出ていこうとした。
「いや、ちょ、ちょっと待って下さい!?」
「はい?」
結局この少年は、ただこの謝罪の言葉と敵が魔術師の血を引く者である、ということを伝えるためだけにここに来た、というのだろうか?
流石に、それで「あぁそうですか」と帰す人はいない。がしっと彼の腕を捕まえ、部屋の中心へと引きずり戻す。
「えぇとですね、謝罪をするためだけに、ここに来たんですか?」
「実際には犯人の方の説得も行いたかったんですが、タイミングが合いませんでしたねぇ。また止めに行かないと」
そうじゃなくて。
切り出しに困っていると、フィーア様はこちらの顔をまじまじと眺め、不意に手を打った。
「もしかして、犯人の情報ですか?」
「そうです!」
むしろそれ以外は何もいらんよ!
私たちの最優先事項は犯人逮捕。口先だけの謝罪なんて、たとえそれが神様からのものであろうとも、なんの利益にも繋がらない。情報を持っていると思ったからこそ、私達はじっくりと話を聞いていたわけだ。これだから思考回路の違う人……いや神様は!
「フィーア様。差し支えなければ、少々お話を聞かせていただいてもよろしいですか」
すっとアルバードが私とフィーア様の間に割り込んできた。フィーア様はにこにこと考えの読めない笑顔で軽く頷く。
「えぇ、いいですよ」
「それでは別室にて話を伺わせて下さい。……マリアナ姫、先程の無礼、どうぞお許しください。ブライアン、マリアナ姫とヴェル殿を部屋までご案内してくれ。国王陛下は……」
アルバードがさっと部屋の者達に指示を送る。国王に視線を向けたとき僅かに困ったような揺らぎを見せたが、すぐに国王が落ち着きのある低音でそれを遮った。
「案ずるな。外に供の者がいる」
「承知いたしました。それでは、ロイはアリシアを。頼んだぞ」
私もついて行く、と言おうとしたが、アルバードは無言で私のドレスを睨んだ。……ずったずたのボロボロのドレスを。これでうろつくなと言いたいわけですね。しょうがないので他の人達が退室するのを待って、私もデューイと共に部屋を出る。
「……わっけ分かんねェ……」
部屋から出てしばらくして、デューイはげっそりとした顔で小さくそう呟いた。
「俺、今日あったことは夢だったと思うことにしようと思います……」
「うんまぁ、それがいいんじゃないかな」
伝説でしか聞いたことのなかった神様の来訪とか。
既に滅んだ魔術師の秘密とか。
歴史家や信心深い人間だったらそれこそ目を輝かせたのかもしれないが、あいにくと私達は神様に興味はないし、滅びた魔術師の謎に迫る気もない。こちらに有益な情報はアルバードが引き出してくれるであろうから、もうあの客人のことは忘れてしまおうか。
だんだんと静寂を取り戻しつつある回廊を歩きながら、私は小さくため息をついた。忘れられることは、全て忘れてしまおう。
きっともうすぐ、もっともっと、考えなければならないことがやって来る。彼らが王宮を狙う以上、必ず。
選考突破の発表後初めての投稿。
とりあえずこれで第三章は終わり……かな?アリシア以外の視点でちょっと番外編(でも多分本編に関係)が入った後、第四章に突入します。
相変わらずの駄文&不定期更新になるとは思いますが、気長に応援していただけると幸いです。




