第三十二話 月満ちた舞踏会3
ホールの二階部分のバルコニーのガラスが吹き飛び、もくもくと黒い煙が上がるのを、私たちは唖然とした表情で見ていた。
「…………あれ、なんすかね」
「……アホ」
「え、何ですか?知ってるんですか副た――」
隣で素っ頓狂なことを言っているロイの肩をぶん殴る。体制を崩したロイが慌てて苦情を言おうとし、私はそれに舌打ちした。
「阿呆!緊急事態なのが分かんないのか!客の先導、及び安全の確保!!ていうか今日の見張りはどこのドイツだ、侵入を許すとかふざけんなよ馬鹿野郎……復帰してやる。絶対復帰して鍛え直してやる畜生……」
「は、はっ!承知いたしました!」
真っ青な顔で飛び出していくロイを横目で確認し、私はきつく握り締めていた拳を解いた。周りは、既に恐慌状態だ。周りを押しのけ、我先にと出口へ急ぐ。
煙が上がったのは、出口とはちょうど反対――最も警備の薄かった場所だ。人数でカバーはしてあるが、確かそこそこの新米が多く配備されていたはず。
「……やられたな。あえて一番人数の多いところを突破してくるか、普通……!」
高いヒールを脱ぎ捨てて、私は人の波の隙間をすり抜けた。懐から隠し持っていた銀の懐剣を引っ張り出し、少々迷った末に自分のドレスの裾を引き裂く。手当たり次第に布を切り捨てたところ、見栄えはともかく随分と動きやすくなった。
既にホールに貴族の姿はなく、離れたところから剣戟の音が響いてくる。私は懐剣を構えなおすと、素足で絨毯の床を蹴った。
さぁ行こう。私の戦場へ。
◇◆◇◆◇
侵入者達は、誰も彼も黒い髪の持ち主だった。
私が煙の発生源に駆けつけた時、そこではホールに侵入してきた数人を、場内警備を行っていた近衛士たちが迎撃していた。彼らは私を見るなり全員声を揃えて、「なんであんたがいるんですか!!」と怒鳴る。
「それよりも迎撃しろ迎撃!!何侵入許してるのさ!」
「戦ってます!ていうかあんたも避難対象でしょうが!!」
「戦えるものが戦って、何が悪いの?」
ニヤリと笑って、私は近くで乱戦を繰り広げていた侵入者の肩に懐剣を投擲した。動きの鈍った侵入者をすぐさま近衛士が地面に沈め、相手の剣をむしり取って私に放ってくる。
「お、気が利くね」
「もういっそ思う存分暴れてください。副隊長、最初にここを爆破した犯人だけ、侵入と同時に逃走しました。黒髪紅眼の女です。恐らく魔術みたいなのが使えるのもそいつだけです。……奴ら、異常に身体能力が高いですよ。化け物並みだ」
「忠告感謝。隊長は?」
「女を追いました」
「了解。ここは任せたから」
ガラスの飛散した二階バルコニーを避け、私は一階の窓から外に飛び出す。中庭を突破しようとしたところで、デューイがこちらに駆け込んできた。
「姫様!」
「デューイ!」
デューイは風のように私の隣に並ぶと、早口で状況説明を始めた。
「侵入者は二十名前後。全員黒髪に紅の瞳を持っているとのこと。内五名程はホールに侵入。残りは王宮内に散っている模様。黒髪、異常なまでの身体能力、さらにあの男の目撃情報も入ってきています。……奴らです」
「だろうね。あの頃の近衛士とは違うんだ、生半可な連中が侵入できるわけがない」
私が、アルバードが、志を持つ仲間達が、すべてを掛けて作り上げてきた近衛隊だ。
本当は、誰ひとりとして侵入させないだけの自信があった。……けれど、彼らはそれを打ち砕いてきた。
(これ以上、被害を出させてたまるか……)
悔しい。悔しい悔しい悔しい。
溢れ出てきそうなその感情を無理やり押さえつけ、私は必死に、足を動かした。
デューイは報告が終わると同時に、再び別方向へと向かっていった。私もデューイの腕前は理解しているので、特に止めはしない。彼は彼で適当に助力と情報伝達に走ってくれるだろう。
私は耳を澄ませ、剣戟の音を頼りに茂みを飛び越えた。すると、黒髪の男女が激しい戦いを繰り広げている風景が飛び込んでくる。
男の方は、黒髪赤目。それを確認して飛びかかった私を紙一重で避けると、男は非常に不機嫌そうな顔で「おい!」と怒鳴る。
「顔をよく見ろ顔を」
「……え、ってヴェル殿!」
「悪いが今はあんたの相手をする余裕はないぞ。生憎と俺は主人持ちでな。手伝え」
女と間合いを取りながら、ヴェルはちらりと背後に視線を走らせる。その視線の先には、懐剣を片手に、柱の影に身を寄せるマリアナ姫の姿があった。
……マリアナ姫の、私のズタボロドレスを見る視線が痛い。私は苦笑いを彼女に返しつつ、「ここは引き受けますよ」とヴェルに視線を向けた。
「……こいつ強いぞ」
「私もそこそこ強いですよ。これはエルヴァーレン王国の問題、他国の賓客にこれ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきませんので」
「分かった。……それと」
ヴェルの声が一瞬だけ低くなる。唸るような、苦しげな声。
「こいつらは、俺と同類だ。……常人ではない。気をつけろ」
「……、分かりました」
同類。その言葉の意味を問い返したかったが、今はそんな状況ではない。
質問は、全てカタがついてから。私は自分にそう言い聞かせ、抜き身の剣を構えた。




