第二十四話 死姫、逃避中
『強くなりなさい。立派な女ってのは、そう簡単に涙を流しちゃいけないの。泣くぐらいなら進みなさい。彼の敵をとるでも、王宮を守るでも、何でもいい。ひとつ目的を作って、邁進しなさい。悲しみの淵に沈んでも、世界が暗くなるだけなのよ』
最初に私を真っ直ぐに見てくれたのは彼女だった。
大切な人を失ったのは私だけじゃなくて、彼女だって同じであったにもかかわらず、彼女は私を励まし、立ち上がる手助けをしてくれた。
私にとって実の姉とかわりないほど大切な女性。それがジャスミン姉さん。
…………昔はもう少しまともな人だったんだけど。未亡人になったことで私と同じくいろいろと箍が外れたらしい。
改めて私と向き合ったジャスミン義姉さんは、私をまじまじと見て、それから少し笑った。
「良かった。ちゃんと元気そうね」
うん、と返事をしながら彼女の隣に腰掛ける。
「で、なんでもこんなところにいるのさ」
「あら。あなたに会いたかったからに決まってるじゃないの。久しぶりに王宮をウロウロしてたらあなたの姿があったから、思わず追いかけてきちゃった」
「私はそんな格好でうろつくのはどうかと思うけどねぇ……」
というか、思わずの割に無駄に凝った化粧をしているあたり、元々王宮から抜け出す気でいたのだろう。
こんな格好でいては、変な男に絡まれかねない。心配から出た言葉なのだが、彼女は笑顔で片目をつぶった。
「大丈夫よ。あたしは高いわよ?堂々と娼婦の格好をして相手に高額ふっかければ、金のない連中は大して踏み込んでこられないわ」
「お金持ちは」
「顔によっては大人コースまっしぐら」
「おい」
ちらりと舌を出したジャスミン義姉さんは、私が追求する前に話をそらした。
「それよりも、あなた次の舞踏会、久しぶりに顔を見せるんですって?私も殿下も楽しみにしてるのよ。なんせ、せっかくのあなたの嫁入りもまともに顔を見れなかったんですもの」
そっちに話を振るか。
思わず顔が渋くなる私に、彼女はコロコロと笑って私の頭を撫でた。
「もう、かわいいわねアリシアちゃんは。結婚しても変わらないみたいで、ちょっと複雑な気分」
「どーも」
彼女の言葉が含みを持ち、同時に視線に込められる感情も変化する。
彼女から向けられる視線が痛くて、私は手を除けて立ち上がった。
「用が特にないならもう帰るよ。良い?」
「……アリシアちゃん」
そんな目で見ないで。私を立ち上がらせてくれた貴方が、そんな憐れむような目で見ないで。
「もう、立ち止まってもいいのよ」
「……また今度、ジャスミン義姉さん」
立ち止まるなんて、そんなことできるはずない。それを彼女は知らない。
お願いだから、これ以上私をそんな目で見ないで。
店を出て、あてもなく大通りをさまよっていると、見慣れた顔を見かけた。
「シアン?何してんだお前」
「……ブライアン」
ポリポリ、と頬を掻いた彼は、ゆっくりした足取りで私の方にやって来た。
「お前も隊長に誘われてたのか?それならそろそろみんな集まり始めてる頃だぜ。行こう」
「……うん」
素直に返事をすると、ブライアンが怪訝そうな顔で覗き込んでくる。
「……元気ねぇな。どした?」
入隊以来の友に、私は最大の嘘をつく。まだ、この仮面は外せない。
シアン・バードになれ。誓いを背負った私に。
「なんでもないって。さぁ、酒だ酒!ブライアン、奢れよー」
「はぁ!?ふざけんなよ、俺が万年金欠なの知ってっだろ!?」
「なんだ懐の小さい奴だなぁ。まぁいいや。他の奴にたかろ」
お前なー、と呆れたような声を聞きながら、私は歩き出す。
泣き出したかった。一度は軽くなったはずの心が、またどんどんと重くなっていく。
(……たいちょー)
私はどうやら、正真正銘の臆病者らしいです。




