第二十三話 死姫、誘惑中
二の腕から肘近くまで走った傷は、深くはないものののそれなりの長さがあった。
「少し気が散っていたんだ」と、アルバードは苦笑する。しかし、私は眉間に寄せた皺を戻すことはできなかった。
とりあえず上半身にはそれ以上ひどい怪我がないことを確認し、もう一度服を着てもらう。
「……そんな顔をするな。見たとおり大したケガじゃない」
「大した怪我ですよ。あんたが怪我する時点で結構な大事だ。たとえヴェル相手でも」
むすーっとしかめっ面を向けると、アルバードはくすりと笑う。
「心配性な嫁さんだな」
「……えーえー心配ですとも。そりゃ私は奇人変人の死姫ですけど?一応青い血は巡ってないもので。夫が無茶してるらしいって話を聞けば、そりゃ心配しますよ」
ちらりとアルバードに視線を向けたが、彼はただ笑っているだけだった。こうなったらもう絶対に口を開かないことは長い付き合いの間に学んでいる。
「さて、俺はそろそろ練習に戻るつもりだが、お前はどうする?どうせなら混じっていくか?」
「混じりたいのは山々ですが、一応もう部外者なんで。適当に時間を潰して夕方出直しますよ。怪我してるんですから無茶しないでくださいね」
「お前こそ、俺のいないところで口説かれるなよ」
アルバードがニヤリと笑う。口説かれてたまるか。男装してるんだぞっ。
お返しにベーっと舌を出して、私は彼の部屋を後にした。
「あらん、シアンじゃなーい。相変わらずイイお・と・こ!ねぇねぇ、あたしと遊んでかなーい?」
どうしてこうなった。
抱え込まれた腕に当たる柔らかい肉塊と、きつい香水の匂い。匂いの元に目を向ければ、濡れたような赤い唇が私の方に迫ってきて、慌ててブロックした。
「ちょ、待った待った待った!」
「何よ、つれないわねぇ。キスの一つや二つしてくれたっていいじゃなーい」
「俺そういうサービスは特別な人とだけって決めてるんで」
「冷たい男ねぇ」
呆れて身を引いた拍子に、彼女の曲線を描く栗色の髪がさらりと揺れた。
下が透けて見える薄い生地を何色も重ねたローブは胸元が大きく開き、私にはない大きな乳房が見えている。やや厚めの化粧と誘うような仕草が売りの私の知り合い。
街に時間つぶしに繰り出したのは良かったが、まさか彼女に捕まるとは思ってもいなかった。
彼女は私の腕を取ると、おもむろにそのまま歩き出した。
「おーいちょっとジャスミンさん?どこ行くのー」
「決まってるじゃない。宿屋よ宿屋。さぁさぁイイコトしましょーシアンちゃーん。あたしがたっぷり楽しませてあ・げ・る」
「真昼間から何誘ってんの!!ちょ、ジャスミンさーん!!」
「男がつべこべ言わないの」
彼女がそのまま強引に連れ込んだのは彼女馴染みの店で、料金は後払い、カウンターを通る際に店主から投げられた鍵を受け取って、そのまま部屋に引きずり込まれる。
「ごめんアルバード。口説かれないと思ってたのに口説かれちゃいましたマジサーセン」
「何言ってんの。ってあー、そういやあんた結婚したんだっけ。オメデトーオメデトー死ねばいいのに破局すればいいのに」
「貴方も大概いい性格してるよねー」
部屋の扉をくぐった途端、ジャスミンは上辺の仮面を引っペがしたようだった。自分だけベッドにダイブしてゴロゴロと転がりながら、入口で苦い顔をしてる私を見てニヤニヤと笑う。
「ひどいわぁシアンちゃん。貴方を食べるのは私のはずだったのに、どうして貴方は狼の犠牲になっちゃったのー?いいや、二口目でもいいから食べさせて」
「私そっちの気ないから!!男装しててもドノーマルだから!!」
「男なんていいことないわよぉ。女心読まないし欲望にばっか忠実だし暑苦しいしめんどくさいし鬱陶しいしホント爆発すればいいのに。あぁもうなんであたし女なのかしら。男だったら可愛い女の子とっ替え引っ替えできたのになぁ」
「まぁ、貴方の家柄なら確かにできたかもしれないけれどもねー」
「でしょ!貴方見てると絶対私でも出来たって思うのよ!」
濃いめの化粧。豊満な肉体を引き立てるあられもない衣装。男を魅了する露骨な仕草と甘い口調。
いかにも夜の仕事の女性に見える彼女の秘密など、誰も知るまい。
――――彼女が私の義姉であり、公爵家の長女であり、かつての王太子妃であった、なんてことは。
話のタイトルは、実際には誘惑される、受身です。
語彙ないため良いタイトルにできませんでした。




