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第5話 普通の男性でいいんです!

「佐倉さん、次のお客様をお願いできる?」


「はい!」


先輩から渡されたプロフィールに、ひよりは目を落とした。


篠原理沙。三十四歳。


一般企業勤務。年収四百五十万円。


大学卒業。初婚。


趣味は旅行、カフェ巡り、映画鑑賞。


希望する結婚生活は、安定した収入のもとで、夫婦が互いを支え合える家庭。


(おお……!)


ひよりは小さく頷いた。


(堅実! 安定志向! 共働きにも理解がありそう!)


前回の中村和也と、その母親の文子。


親子のシンクロ率が四百パーセントを突破した、あの面談。


あれ以来、ひよりはアニメのことを考える時間を意識的に減らしていた。


お客様の前で突然叫ぶなど、社会人としてあってはならない。


(今回は絶対に失言しない!)


ひよりは心に誓った。


「佐倉さん」


「はい?」


先輩が顔を上げた。


「篠原さん、結婚相手の条件がかなり明確みたいだから」


「そうなんですね!」


「まずは、どんな結婚生活を望んでいるのか、丁寧に聞いてみて」


「はい!」


条件が明確なのは、悪いことではない。


むしろ、お相手を探すうえでは助かる。


(よし! 今回こそ平和に!)


ひよりは面談室へ向かった。


*


「本日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


篠原理沙は、清潔感のある落ち着いた女性だった。


肩まで伸びた髪は丁寧に整えられ、服装も上品で控えめ。


受け答えははきはきとしており、笑顔も自然だった。


「篠原様は、どのような男性を希望されていますか?」


ひよりが尋ねると、理沙は少し照れくさそうに笑った。


「そうですね。私、そんなに理想は高くないんです」


「そうなんですね」


「本当に、普通の男性でいいんです」


(おおっ!)


ひよりは安心してペンを構えた。


「では、ご希望を詳しく伺ってもよろしいでしょうか?」


「はい。まず、年収は六百万円くらいあれば」


「なるほど」


「身長は百七十五センチ以上ですね」


「はい」


「学歴は大卒で、年齢は三十歳から三十五歳くらいが理想です」


「……はい」


ひよりはメモを取った。


年収六百万円以上。


身長百七十五センチ以上。


大学卒業。


年齢三十歳から三十五歳。


(……まあ、希望としては分かる)


すべてを満たす男性となると、候補は限られるかもしれない。


しかし、まだ話は始まったばかりだ。


「それから、仕事は安定している方がいいですね」


「そうですね。将来を考えると大切ですよね」


「家事もできる方がいいです。私も仕事は続けたいので」


「もちろんです!」


(そこは大事!)


「優しくて、頼りがいがあって、きちんとリードしてくれる方が理想です」


「なるほど」


「でも、強引な方は苦手ですね」


「……はい」


「女性の扱いにも、ある程度慣れていてほしいです」


「そうですね」


「ただ、遊んできたような方は嫌ですけど」


「…………」


ひよりのペンが止まった。


(……ん?)


その瞬間。


ひよりの脳内に、ゲームのキャラクター作成画面が現れた。


『新規キャラクターを作成します』


(……あれ?)


『年収:600万円以上』


『身長:175cm以上』


『学歴:大学卒業』


『年齢:30~35歳』


『仕事スキル:A』


『家事スキル:A』


『気遣い:A』


『頼りがい:A』


『恋愛経験:豊富』


『遊び人経験:なし』


(……ちょっと待って)


画面中央に、一人の男性が現れた。


高身長。


高収入。


仕事ができる。


家事もできる。


誠実で、優しく、頼りがいがある。


すべての能力値が、ほぼ最大。


『キャラクター作成完了』


『レアリティ:★★★★★』


(普通の男性を作ってたはずなのに、SSRが完成してるううう!!)


「佐倉さん?」


「はっ! はい!」


「何か難しい条件がありましたか?」


「い、いえ! 一つひとつは理解できるのですが……」


「ですよね」


理沙は安心したように微笑んだ。


「私、本当に普通のことしか言っていないと思うんです」


「……そうですね」


ひよりは社会人としての笑顔を維持した。


(全部そろえると、とんでもないことになってるんですけどおおお!!)


*


「ちなみに、篠原様」


ひよりは慎重に切り出した。


「条件の中で、特に大切にされたいものはありますか?」


「そうですね……」


理沙は少し考えた。


「やっぱり、全部大事ですね」


「……なるほど」


「でも、絶対に譲れないというわけではないんですよ」


「そうなんですか!」


ひよりは顔を上げた。


(よかった! 柔軟な方なんだ!)


「例えば、身長は百七十三センチでも構いません」


「…………」


『身長条件を変更しました』


『175cm → 173cm』


(2センチ!!)


「年収も、六百万円ぴったりでなくても大丈夫です」


「そうなんですね!」


「五百九十万円くらいなら」


『年収条件を変更しました』


『600万円 → 590万円』


(十万円!!)


「年齢も、少しくらい上なら大丈夫です」


「はい!」


「三十六歳までなら」


『年齢条件を変更しました』


『35歳 → 36歳』


(1歳だけええええ!!)


ひよりの脳内画面に、警告が表示された。


『必要ポイントが不足しています』


(まだ足りないいいい!!)


「私も、そこまで細かいことにこだわるつもりはないんです」


理沙は穏やかに微笑んだ。


「大切なのは、お互いに思いやりを持てることですから」


「……そうですね」


(いいこと言ってる!!)


(言ってること自体は、すごくいい!!)


しかし、手元の条件表は、ほとんど変わっていなかった。


*


「実は、友達にも言われるんです」


理沙は少し困ったように笑った。


「そんな男性、なかなかいないよって」


「そうなんですか?」


「はい。でも、そんなに珍しい条件でしょうか?」


「……そうですね。すべてを満たす方となると、少し限られるかもしれません」


「そうなんですね」


理沙は意外そうに目を丸くした。


「でも、どこかにはいるはずですよね?」


「もちろん、可能性はあります」


「ですよね!」


理沙は嬉しそうに頷いた。


「だって、私が考えつくくらいなんですから」


「…………」


(考えつくことと、実在することは別ですううう!!)


その瞬間。


ひよりの脳内で、キャラクター作成画面が消えた。


代わりに広がったのは、果てしない青い海。


水平線まで続く大海原。


白い帆を張った一隻の船が、波を切って進んでいる。


船首には、理沙。


その手には、理想の男性の条件がびっしり書き込まれた宝の地図。


(……なんで海!?)


脳内のどこからか、聞き覚えのある冒険アニメの主題歌が流れ始めた。


(ちょっと待って!?)


(私、結婚相談所で働いてるんだよね!?)


脳内の見張り台から、声が響く。


『船長! 目的地はどちらですか!?』


『普通の男性がいる場所よ!』


『了解! グランドラインへ向かいます!』


(グランドライン!?)


ひよりは目を見開いた。


(普通の男性を探すだけじゃないの!?)


さらに、宝の地図に条件が追加される。


『年収600万円以上』


『身長175cm以上』


『家事スキルA』


『容姿・性格・相性、すべて良好』


『恋愛経験あり、遊び人経験なし』


『希望条件、すべて必須』


見張り台から再び声が上がった。


『船長! 該当する男性が見つかりません!』


『もっと先まで探して!』


『この海域には存在しません!』


『じゃあ、さらに先へ!』


『航路変更! 新世界へ突入します!』


(新世界まで行っちゃったああああ!!)


「佐倉さん?」


「はっ! はい!」


「私、そんなに高望みしていませんよね?」


「……ご希望には、それぞれ理由があると思います」


ひよりは慎重に答えた。


「ただ、お相手にも希望がありますので、双方の条件が合うかどうかが重要になります」


「もちろん、それは理解しています」


理沙は真剣に頷いた。


「私だって、相手の方に無理なことを求めるつもりはありません」


「……はい」


「普通にできることを、普通にしてくださればいいんです」


(その普通が、新世界レベルなんですううう!!)


*


数日後。


ひよりは、一人の男性のプロフィールを見つめていた。


橘悠真。三十五歳。


大学卒業。


年収七百二十万円。


身長百七十八センチ。


未婚。


仕事は安定しており、一人暮らしの経験も長い。


料理や掃除も日常的にこなしている。


趣味は映画鑑賞と旅行、それから週末のドライブ。


(……あれ?)


ひよりは、理沙の希望条件と照らし合わせた。


年収。


合格。


身長。


合格。


学歴。


合格。


年齢。


合格。


家事能力。


問題なし。


(……えっ?)


ひよりは思わず画面に顔を近づけた。


(いた!!)


(いたああああ!!)


脳内の大海原に、巨大な影が浮かび上がった。


『船長!!』


『どうしたの!?』


『伝説の存在を確認しました!!』


『まさか……!』


『四皇の一角です!!』


(四皇おおおおお!?)


ひよりは椅子から立ち上がりかけた。


(普通の男性を探してたはずなのに!!)


(世界の頂点にいる人を探してたああああ!!)


「……佐倉さん?」


背後から声がした。


「ひゃいっ!?」


先輩が不思議そうにこちらを見ていた。


「どうしたの?」


「い、いえ! 条件に近い方を見つけまして!」


「そう。よかったわね」


「はい!」


ひよりは勢いよく頷いた。


(これなら、きっと……!)


しかし、先輩は画面を覗き込んで、静かに言った。


「お相手の希望も確認した?」


「……え?」


「条件が合うかどうかは、双方向でしょう?」


「…………」


(あ)


ひよりは慌てて、悠真の希望条件を開いた。


そこには、こう書かれていた。


『精神的に自立した女性』


『互いの仕事や趣味を尊重できる関係』


『結婚後も、それぞれの時間を大切にしたい』


(……なるほど)


理沙も仕事を続けたい女性だ。


自立心もある。


価値観が大きく違うようには見えない。


「……大丈夫そうです!」


ひよりは笑顔で報告した。


先輩は軽く頷いた。


「じゃあ、まずはお互いの意思を確認しましょう」


「はい!」


(今度こそ!)


(伝説の宝、発見なるか!?)


*


お見合い当日。


理沙と悠真は、互いに好印象を抱いていた。


「本日はよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


悠真は落ち着いた雰囲気の男性だった。


会話も自然で、相手の話を遮らない。


理沙も笑顔で応じた。


仕事の話。


休日の過ごし方。


趣味の話。


二人とも映画が好きだと分かると、会話はさらに弾んだ。


「橘さんも映画がお好きなんですね」


「はい。休日によく観ています」


「私もです!」


「そうなんですね。最近は何をご覧になりました?」


「先週、友人と映画館に行きました」


「いいですね」


悠真は柔らかく微笑んだ。


理沙も嬉しそうだった。


ところが。


「休日は、映画以外には何をされるんですか?」


理沙が尋ねた。


「ドライブが多いですね。一人で遠出するのが好きなんです」


「お一人で?」


「はい。誰にも気を遣わず、好きな場所に行けるので」


「そうなんですね」


「結婚しても、そういう時間は大切にしたいと思っています」


理沙は少し首を傾げた。


「……結婚後も、ですか?」


「もちろん、妻との時間も大切にしますよ」


「そうですよね」


「ただ、休日のすべてを一緒に過ごす必要はないと思っています」


「…………」


理沙の表情が、わずかに変わった。


「私は、せっかく結婚するなら、休日はできるだけ夫婦で過ごしたいですね」


「それも素敵だと思います」


悠真は頷いた。


「ただ、僕はお互いの時間も尊重できたらいいなと」


「……なるほど」


理沙は微笑んだ。


しかし、少しだけ引っかかるものがあった。


*


「篠原さんは、結婚後もお仕事を続けたいんですよね?」


「はい。そのつもりです」


「いいですね。僕も、お互いに自立した関係が理想なので」


「私もそう思います!」


理沙の表情が明るくなった。


「そういえば、橘さんは家事もされるんですよね?」


「はい。一人暮らしが長いので、一通りはできます」


「素敵ですね!」


「ありがとうございます」


「結婚したら、家事も分担できそうですね」


「もちろんです」


悠真は迷いなく答えた。


「得意なことを分担できたらいいですよね」


「そうですね!」


二人の会話は、再び穏やかになった。


しかし、悠真が何気なく続けた言葉で、理沙の表情が止まった。


「そういう意味でも、一人の時間を持てる関係が理想なんです」


「……そうなんですね」


「お互い、自分の趣味や友人関係も大切にできたらいいなと」


理沙は、少し考えた。


「でも、結婚したら生活も変わりますよね?」


「もちろんです」


「独身のときと同じようには、いかないと思うんです」


「そうですね。ただ、全部を変える必要もないかなと」


「…………」


二人の間に、短い沈黙が落ちた。


やがて、理沙が静かに言った。


「橘さんは、結婚しても一人の時間をかなり大切にされたいんですね」


「はい。篠原さんは、夫婦の時間を大切にされたいんですよね」


「そうです」


「なるほど」


二人は微笑み合った。


しかし。


互いの笑顔は、先ほどより少しだけ遠かった。


*


数日後。


ひよりのもとに、双方の担当者から報告が届いた。


結果は、交際不成立。


(…………)


ひよりは画面を見つめた。


(えっ?)


(あんなに条件が合っていたのに!?)


理沙からの感想には、こう記されていた。


『とても素敵な方でした。ただ、結婚後も自分の時間を優先したいという考え方が、私とは少し違うように感じました』


一方、悠真からの感想は、


『感じのよい方でしたが、休日は夫婦で過ごすのが当然という考え方には、少し窮屈さを感じました』


(……あれ?)


ひよりは二つの報告を見比べた。


どちらも、相手の人柄を悪く言っていない。


ただ、普通の結婚生活に対する考え方が違っている。


ひよりは、それぞれに確認を取ることにした。


*


「橘さん、本当にいい方だったんです」


理沙は残念そうに言った。


「条件もほとんど合っていましたし」


「そうですね」


「でも、やっぱり少し気になることがあって」


「休日の過ごし方でしょうか?」


「はい」


理沙は頷いた。


「結婚するのに、一人の時間をそんなに大切にしたいものなんでしょうか?」


「……なるほど」


「もちろん、たまには一人で過ごす時間も必要だと思います」


「そうですね」


「でも、休日は基本的に夫婦で過ごすのが普通じゃないですか?」


「…………」


ひよりは返答に迷った。


普通。


また、その言葉だ。


「私は、そんなに無理なことを言っているつもりはないんです」


「……はい」


「むしろ、橘さんの方が少し理想が高いような気がして」


「そうなんですか?」


「結婚しても、自分の好きなことを好きなように続けたいなんて」


理沙は小さくため息をついた。


「そんな都合のいい結婚生活、なかなかできないと思うんです」


「…………」


ひよりは、慎重に頷いた。


*


一方、悠真の意見も少し違っていた。


「篠原さんは、とても感じのいい方でした」


「そうなんですね」


「ただ、結婚後の生活について、少し考え方が違うようで」


「休日のことですね」


「はい」


悠真は穏やかに頷いた。


「僕は、結婚しても個人の時間は必要だと思っているんです」


「なるほど」


「もちろん、妻との時間も大切にしますよ」


「はい」


「ただ、休日は必ず一緒に過ごすべきだと言われると……」


悠真は少し困ったように笑った。


「正直、窮屈に感じてしまいますね」


「……そうなんですね」


「お互いに好きなことを楽しんで、また一緒に過ごす。そういう普通の関係が理想なんです」


「…………」


(……普通)


ひよりは、静かに息を吸った。


「篠原さんは、夫婦の時間を大切にされたい方なんです」


「それは理解しています」


悠真は頷いた。


「でも、自分の希望ばかり優先されるのは少し違うかなと」


「……なるほど」


「僕も譲れるところは譲りたいです。ただ、最初から全部合わせるのは難しいですね」


「……はい」


悠真は少し考えてから、付け加えた。


「篠原さんは、少し理想が高いのかもしれませんね」


「…………」


(……ん?)


ひよりは思わず顔を上げた。


「もちろん、悪い意味ではないんですよ」


「……はい」


「ただ、そんなに何もかも都合よく合う相手って、なかなかいないでしょう?」


「…………」


(同じこと言ってるううう!!)


*


その瞬間。


ひよりの脳内に、再び大海原が広がった。


新世界。


荒れ狂う波。


黒い雲に覆われた空。


二隻の巨大な海賊船が、互いに向かい合っていた。


一隻の船首には理沙。


もう一隻には悠真。


『敵船、発見!!』


(……敵!?)


『相手も伝説の宝を探している模様!!』


(……あれ?)


見張り台から、緊迫した声が響いた。


『船長! 相手は四皇級です!!』


(えっ!?)


反対側の船からも叫び声が上がる。


『こちらも四皇級の条件を確認!!』


(両方!?)


二隻の船が、ゆっくり接近する。


理沙の船から声が響いた。


『そんな都合のいい結婚生活、あるわけないでしょう!!』


悠真の船からも声が返る。


『そんな都合のいい相手、いるわけないだろう!!』


(同じこと言ってるううう!!)


二隻の船から、凄まじい覇気が放たれた。


空が割れる。


海が荒れる。


そして。


『高望みだ!!』


『そっちこそ!!』


(天が割れたああああ!!)


ひよりは頭を抱えた。


(ちょっと待って!!)


(あなたたち、普通の相手を探してたんじゃないの!?)


大砲が火を噴く。


『自分の時間を大切にしたい!!』


『夫婦の時間を大切にしたい!!』


『それが普通だ!!』


『こっちだって普通よ!!』


(どっちも普通って言い張ってるううう!!)


砲撃は激しさを増していく。


しかし、どちらの船長も、自分の宝の地図を疑わない。


ひよりは悟った。


二人は、同じ海を航海している。


同じように幸せな結婚を望んでいる。


けれど。


自分の地図だけが正しいと信じている。


(これ、永遠に宝が見つからないやつだああああ!!)


*


「……佐倉さん?」


先輩の声で、ひよりは現実に戻った。


「はっ! はい!」


「どうしたの? さっきから難しい顔をして」


「……先輩」


「何?」


「婚活って、大変ですね……」


「そうね」


先輩は頷いた。


「人それぞれ、望んでいるものが違うから」


「……はい」


ひよりは、二人のプロフィールを見つめた。


理沙は、悠真の条件を高望みだと思っている。


悠真も、理沙の条件を高望みだと思っている。


しかし。


どちらも、自分の希望は普通だと思っている。


「……先輩」


「何?」


「普通って、何なんでしょうか」


先輩は少し考えた。


「難しい質問ね」


「……はい」


「少なくとも、みんなが同じ普通を持っているわけじゃないでしょうね」


ひよりは頷いた。


「そうですよね……」


「それで、今回のお二人は?」


「……お互いに、伝説の宝を探していました」


「…………」


先輩が手を止めた。


「……何の話?」


「い、いえ!」


ひよりは慌てて首を振った。


「お二人とも、理想のお相手を探していたんですけど……」


「うん」


「相手の理想は高望みだって言うんです」


「なるほど」


「なのに、自分の理想は普通だって……」


先輩は静かに頷いた。


「そういうこともあるでしょうね」


「……はい」


「でも、佐倉さん」


「はい?」


「宝の地図を持っていても、そこに宝があるとは限らないわよ」


「…………」


(……深い)


ひよりは思わず姿勢を正した。


「それに」


先輩は書類を閉じた。


「仮に宝を見つけても、相手が自分を選んでくれるとは限らないでしょう?」


「…………」


(さらに深い……!)


ひよりは、しみじみと頷いた。


「……結婚って、本当に難しいですね」


「そう?」


「はい……」


「私は、そうでもないと思うけど」


「……え?」


先輩は軽く肩をすくめた。


「まずは相手と話してみればいいのよ。地図だけ見ていても、相手のことは分からないでしょう?」


「…………」


(……確かに)


ひよりは、もう一度プロフィールを見た。


年収。


身長。


学歴。


年齢。


どれも、相手を探すうえでは必要な情報だ。


でも。


そこに書かれていないことも、たくさんある。


ひよりが静かに頷いたところで、先輩が言った。


「ところで佐倉さん」


「はい?」


「さっきから気になっていたんだけど」


「……はい」


「あなた、何を探していたの?」


「…………」


ひよりは固まった。


「……え?」


「伝説の宝とか、海賊とか言ってたでしょう?」


「…………」


(聞こえてたああああ!!)


先輩は不思議そうに首を傾げた。


「またアニメ?」


「……はい」


「今度は何?」


「……ワンピースです」


「ああ、知ってるわ」


(おおっ!)


ひよりは少し安心した。


「海賊が宝物を探すアニメでしょう?」


「そうです!」


「なるほどね」


先輩は納得したように頷いた。


「じゃあ、佐倉さんも海賊になりたいの?」


「…………」


(なんでそうなるんですかああああ!!)


ひよりは必死に首を振った。


「ち、違います! そういうわけでは……!」


「そう」


先輩は少し考えた。


そして、静かに言った。


「だったら、ちゃんと港に帰ってきなさいね」


「……え?」


「最近、面談のたびにどこか遠くへ行ってるみたいだから」


「…………」


ひよりは固まった。


(私まで遭難者扱いされてるううう!!)


先輩は何事もなかったように仕事へ戻った。


ひよりは、そっと机に突っ伏した。


今日もまた、一つ学んだ。


結婚相手を探すことは、宝探しに似ているのかもしれない。


自分だけの地図を持ち、まだ見ぬ誰かを探して旅をする。


けれど。


その地図が正しいとは限らない。


そして、見つけた相手にも、相手自身の地図がある。


(……そっか)


ひよりは小さく息を吐いた。


(お互いの地図を見せ合うことが、大事なんだよね)


少しだけ、理解できた気がした。


そのとき。


先輩が、ふと思い出したように言った。


「そういえば佐倉さん」


「はい?」


「さっき、四皇とか言ってたわよね?」


「…………」


ひよりの肩が跳ねた。


「……聞こえてました?」


「ええ」


先輩は不思議そうに首を傾げた。


「四人も候補がいたの?」


「…………」


(違ううううう!!)


ひよりは、天井を仰いだ。


(四人どころか、一人見つけるだけで新世界まで行ってるんですううう!!)


――第4話・了



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