第一話 生まれたばかりの心
京都――人の暮らす街から遠く離れた山奥。
木々が鬱蒼と生い茂り、夜になると獣の声だけが響く深い森の中に、ひっそりと忘れ去られた廃墟があった。
崩れた壁。
錆びついた鉄骨。
天井には大穴が空き、月明かりが静かに差し込んでいる。
そんな廃墟の片隅に、ひとつの古びたバッグが置かれていた。
誰が置いたのか。
いつからそこにあるのか。
それを知る者は誰もいない。
ただ、そのバッグは長い年月をそこで過ごしていた。
そしてある夜。
廃墟の天井から、一つの小さな光の球がふわりと舞い降りてきた。
淡く輝くそれは、生き物のように空中を漂う。
――核。
守護者の源である存在。
核はゆっくりとバッグへ近づくと、そのまま静かに溶け込むように内部へ入り込んだ。
次の瞬間、バッグが淡い光に包まれる。
核は物へ宿り、その外郭を取り込み、長い時間をかけて形を作る。
物に宿る想い。
記憶。
残滓。
願い。
それら全てを吸収しながら、内側で“何か”が育っていく。
朝が来る。
夜が来る。
雨が降り。
風が吹き。
雪が積もり。
また季節が巡る。
長い年月が流れていった。
誰にも知られず。
誰にも見つからず。
ただ静かに、その存在は成長していく。
そして――時は来た。
バッグを包み込んでいた淡い光が、ゆっくりと霧散していく。
古びたバッグは砂のように崩れ、粒子となって消えていった。
その中から現れたのは、一人の少女だった。
白い肌。
月光を映したような銀色の髪。
透き通るような瞳。
少女に見えるその存在に、性別はない。
それは“守護者”。
核から生まれた人型精神生命体だった。
「..................?......うぅ...あれ?ここは、」
少女はゆっくりと目を開ける。
ぼんやりと辺りを見回し、小さく首を傾げた。
冷たい床。
崩れた壁。
知らない景色。
何も分からない。
だが、不思議と恐怖はなかった。
「............」
少女は立ち上がる。
ふらつきながらも、一歩ずつ歩き始めた。
そして、廃墟の奥にある巨大な鉄扉を見つける。
「......これは、扉?............よいしょっと」
ギギギギギ……。
重たい音を立てながら鉄扉が開いていく。
その瞬間。
夜風が少女の髪を揺らした。
「......綺麗......」
少女の瞳に映ったのは、大きな満月だった。
山々を照らす白銀の月光。
静かな夜空。
無数の星々。
初めて見る世界に、少女は息を呑む。
だがその時。
ザザッ――。
遠くの草むらが揺れた。
「え?」
少女が振り向く。
暗闇の中。
そこには黒い靄のような何かが立っていた。
人の形をしているようで、していない。
輪郭は崩れ、全身から禍々しい気配を放っている。
「............アアアアアアア」
「なに......あれ............」
少女は後ずさる。
本能が告げていた。
危険だと。
「アアアアアアア............!!!」
靄の怪物が一気に襲いかかる。
「......ッ!?」
少女が目を閉じた、その瞬間。
――パァンッ!!
山中に乾いた銃声が響いた。
怪物の身体が大きく吹き飛ぶ。
黒い靄は苦しむように揺らぎ、そのまま霧散して消えた。
「ふぅ......あ、君、大丈夫かい?」
聞こえてきた声に、少女はゆっくり目を開ける。
そこには、一人の少女が立っていた。
短いショートヘアー。
和装に似た服装。
そして手には、長い火縄銃。
「え?あ、はい!」
慌てて返事をすると、少女は安心したように笑った。
「よかった。あぁ、僕は陽菜。“火縄銃の守護者”陽菜だよ」
そう言って火縄銃を肩に担ぐ。
「......えっと、君は......守護者だよね。あ、えっと、ほら!思い付かない?頭に残る感じのやつ」
「......頭に............」
少女は胸に手を当てる。
すると、頭の奥から小さな感覚が浮かび上がってきた。
「ぁ......彩葉」
「え?」
「バッグの守護者......彩葉!それが私の名前!」
陽菜はぱちぱちと瞬きをした後、ふっと笑う。
「よかった。あ、てことは、君は新しい子だね。ここらじゃ見ないし、それにまだ若いし」
「若い......?」
「守護者にも年齢みたいなものがあるんだよ。生まれたばかりの子は雰囲気で分かるんだ」
彩葉は自分の手を見つめる。
知らないことばかりだった。
「あ、あの、陽菜さんは、ここで何を?」
「ん?ここに住む想霊を討伐しに来たんだ」
「想霊......さっきの、靄みたいな」
「そう。それが想霊。人の感情から生まれる存在で、人や守護者に取り憑いて悪さをするんだ......」
「そうなんですね......」
彩葉は消えた黒い靄を思い出す。
あれは、とても冷たかった。
見ているだけで胸が苦しくなるような存在だった。
その時、彩葉の視界に遠くの光が映る。
山の向こう。
小さく煌めく無数の灯り。
「あの、あの光は」
「ん?あぁ、人間の街だよ」
「人間の街......」
彩葉はじっとその光を見つめる。
知らない世界。
知らない存在。
知らない景色。
「行ってみたい?」
「はい......でも......」
「怖い?」
「はい............少し」
すると陽菜は、くすりと笑った。
「あはは!大丈夫さ。ほら、ついておいで」
そう言って歩き出す。
彩葉は少し迷った後、小さく頷いた。
「......はい............」
月明かりの下。
二人の守護者は山道を歩き始める。
これは、生まれたばかりの守護者――彩葉が、世界を知るための旅の始まり。
そして、“存在理由”を探す長い物語の始まりだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




