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再演のディペンデンス  作者: 齋藤瑛
33/33

テディと任務7

あの日から毎晩同じ夢を見る。

だからなのか、今でも忘れられない。


建物に突っ込んだ馬車を。

血溜まりの中で眠る母さんを。

遠くで聞こえる、幼い自分の慟哭を。


泣いて、泣いて、泣き続けて。

もう涙なんて出ない。

そう、思っていた。






××××××××××××××××××××






娼館を出ると、街はすっかり目を覚ましていた。


高級な服を着た男性に微笑み、腕を絡ませる娼婦。

大声で客を呼び込む黒服の男性。


ネオンに照らされた人々は、まるで舞台の上の役者のように輝いていた。

お酒の匂いも相まって、その光景に飲み込まれそうになっているとーー


「オフィーリアちゃん?」


どの役者よりも美しい顔が、視界を遮った。


「どうしたの?ぼーっとして」

「す、すみません!夜の歓楽街を初めてでつい…」

「あー、そういえば、前回は昼に来たもんね」

「はい。………人も多いし、ネオンも眩しい…まるで違う場所のようですね」

「……………怖い?」


一瞬考えてから、私は首を横に振った。


「いえ。むしろ、宝石箱を覗いてるみたいで見惚れちゃいました。こんな綺麗な場所だったんですね」


この時、私は見逃してしまった。

ピンクのネオンが反射して、淡い紫色に輝く瞳を。

いつもより、ほんの少し温かい笑顔を。


「………うん、これは見惚れちゃうね」

「?今、何か言いましたか……て、ちょっ…」


振り向いた瞬間、テディは私の手を取り、緩やかな歩調で歩き出した。


「ほらほら、早くお城へ帰るよ~」

「いや、別に手を繋がなくても歩けますけど!?」

「歩けても迷子になっちゃうでしょー?」

「なりませんよ!いくつだと思ってるんですか!?」

「んー、八歳?」

「十八歳です!子供扱いしないでください!」

「してないよ。これは子供扱いじゃなくてーー」


長い足が止まった、その瞬間。

ふにっと、手の平にひんやりとした柔らかい感触がした。


彼の整った唇だ。


「女の子扱い。…分かった?」


悪戯っぽく首を傾げるテディ。

じわじわと熱を帯びていく私の顔を見て、彼は「分かればよろしい~」と指を絡めて、再び歩き出した。


「何も言ってないわよ……」


小さな呟きは、周囲の喧騒にかき消された。

繋がれた手を見つめながら、私はカールとの会話を思い出す。



『…でも、君になら話すかもしれない』

『え?』

『ねぇ、どうして、俺は"このお嬢さん()なら大丈夫"って言ったと思う?』

『えっと、勘とか……?』

『ははは、テディが初めて連れて来た子だからだよ』

『初めて連れて来た子……』

『あいつの行動からして、タトューを見られるのは初めてじゃない。たぶん、今までは上手く誤魔化してたんだろうね。…でも、君なら受け入れてくれると、受け入れて欲しいと、そう思ったからーー』


『ここに、連れて来たんじゃないのかな?』



(私が聞いたら、本当に話してくれるのかな…?)


娼婦の誘いをやんわりと断りながら歩くテディ。

その背中に、私も意を決して話し掛ける。


「そ、それにしても、あなたがあまり拠点にいなかったのは、クロウとして活動していたからなんですね」

「うん。…あ、もしかして、惚っ…」

「惚れてません」

「食い気味~」

「……何故、このような活動を?」

「グレッタと同じだよ。同胞とその子供達のため」

「真面目に答えてください」

「大真面目ですー。君こそ、そうやって、すぐ冤罪を着せるの止めてくださーい」

「冤罪じゃなくて、有罪なんですよ!善意で人助けする人が、面倒臭いという理由だけで容疑者全員殺そうとするはずないんですから!」

「あはは、そういえば、そんなことあったね。…あ、ここ曲がろう。近道なんだ」


テディが指をさした暗闇ーー路地へと、私達は足を踏み入れた。


「…もしかして、教皇様への当てつけとか?」

「ぶっぶー!ハズレ~」

「で、では、お母様の件が…?」

「さぁ、どうでしょう~」

「もう、はぐらかさないで下さい!それとも、あなたが貧民街で暮らしていたことが関係しているんですか?」


その瞬間、ピタリと足音が止んだ。


「……………それ、カールさんから聞いたの?」

「質問を質問で返さな………いっ!」


突然、背中に衝撃が走った。

壁に押し付けられたのだ。


非難しようと顔を上げた瞬間、息を呑んだ。

初めて見る、余裕のない表情だったから。


「………どこまで?」

「だ、男娼をしていたところまで………」


テディは俯いたまま、しばらく黙り込む。

遠くの喧騒だけが、やけに耳についた。


「……………そうだよ」

「え?」

「あの子達を助けることで、俺は昔の自分を助けたかった。もっとマシな食べ物が捨ててあれば、お腹下さなかったのにって。靴履いてれば、ガラス踏んで怪我しになかったのにって。服があれば、薬があればーー」


空色の瞳がこちらを射抜く。


「あんな汚いおっさんとヤッたりしなかったのにってさぁ!」


雨を通り越して、雷が降り出しそうだった。

濁り過ぎた瞳には、目の前にいる私すら映らない。


「どう?知りたかったんでしょ?俺の理由を」


肩を掴む指に力がこもり、声が漏れる。


「可哀想って同情した?大変だったねって慰めてくれる?」

「わ、私はっ…」

「違うだろ!?」

「………!」

「気持ち悪いって、汚いって、どうせ離れていくんだろう!?あいつみたいに!」

「……………あいつ?」


小さな呟きに、テディは我に返った。

後ずさった拍子に、ゴミ箱が倒れ、空き缶が転がる。


「ご、ごめん。本当にごめん。三十秒…いや、十秒だけ待って。そしたら、いつもの俺に…"テディ"に戻るから、だから……………」


"離れていかないで"

そう聞こえた気がして、私は一歩近づいた。


「…………………………え?」


青ざめた顔を覆う大きな手に触れる。


「その必要はありません。だって、気持ち悪くないから。汚くないから。私はーー」


その手を引き剥がし、自分の頬に当てる。


「あなたから離れて行ったりしないから」


雨が降り出した。

月明かりに照らされた雫は、まるで真珠のように輝いていた。


瓶に詰めて部屋に飾りたい。

そう思うほど、この真珠は世界中のどの宝石よりも美しかった。


「………あるよ」

「え?」

「君が言ってた隠し通路。宮殿の地下室と大聖堂の地下室は繋がってるんだ」


唐突に告げられた事実に、思わず息を呑む。


「つまり、犯人は大聖堂から宮殿にっ…」

「いや、それはない」

「何故ですか?」

「あそこを通るには鍵が必要なんだ。…代々教皇に受け継がれてる鍵がね」

「そ、それって………」

「………あいつは逃げようとしたんだ。母さんのところにーーー」


一滴、雨が頬を打つ。


「俺を、置いて」


その言葉は、心を凍らせるほど冷たかった。

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