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27 常連さんの話

 ロザリオの誕生から三ヶ月後のある日のこと。


 お天気もいいので広場まで移動販売の様子を見に出かけた。仕事休みのローランドとロザリオも一緒だ。ロザリオは首が座って、抱っこで外が大好きなのだ。


 私が「過保護にされるのは嫌だ」と喜ばないからローランドは今まで移動販売の所に顔を出さなかった。今日はロザリオの子守を兼ねて初めての顔出しだ。


 馬車の周りには人が集まっていて、まだ準備の段階なのに待ってくれているようだ。その中に今日もあの常連さんの男性がいた。あれからずっと通ってくれていたのかと胸が熱くなる。


「お久しぶりです。こんにちは」

「おや!久しぶりじゃないか。元気だったかい?赤ん坊が生まれたそうだね。おめでとう」


 常連さんは目尻を下げて優しい顔で相手をしてくれる。


「はい。夫が今日は休みなので。今日は夫と子供も一緒なんですよ」


 その男性は後ろのローランドを見るなり目を大きく開いて口をパクパクし始めた。


「君、君はもしかしてダヴィデさんの息子さんかい?」


 ローランドの顔がヒュッと硬くなる。


「ダヴィデってもしかして僕の父のことでしょうか。父をご存知なのですか?」


「ああ。知っているとも。なんてそっくりなんだろう。本人かと思ったよ。そんなわけがあるはずないのに。なんとまあ、こんなことがあるものなんだな。お気に入りの移動販売屋さんの旦那さんが彼の息子だったとは。私はラウル。ダヴィデさんの部下だった者です」


 思わぬ展開になり、私たちはカフェで待ち合わせをして話をすることにした。仕事が一段落した移動販売をリカルドさんに任せて、私とローランドはロザリオを抱いて近くのカフェに入った。



「お待たせしました」

「いやいや、何から話そうかと考えていたからちょうど良かったよ」


 待ちきれないようにローランドが口を開いた。


「父のことをご存知なんですね」


「ええ。私は彼の直属の部下でした。そもそもの事件からもう三十年は経ちました。本当のことを話してもいいころだ。それに君に知ってもらいたいんだ」


 そう言うとラウルさんは少し声を小さくして話し始めた。


「ダヴィデさんはベスカラ王国の軍人だったんだ」




♦︎



 今から三十年ほど前のことです。私とダヴィデさんは軍の特務班にいました。


 私たちの役目は、『身分制度の廃止』を訴えて活動する平民と若い貴族たちの中に潜入することでした。


 廃止論者は平民が中心でしたが、跡取りになれない貴族の息子たちも少なからずいました。彼らは身分制度の恩恵を受けている者たちにとって脅威でした。


 私はリーダーの娘に近づき、ダヴィデさんは貴族の娘のイレーネさんに近づきました。イレーネさんも廃止論者でした。


 ところがダヴィデさんはイレーネさんと本当に恋に落ちてしまったのです。ダヴィデさんの正体がバレても二人の恋がバレても、二人が危ない状況でした。


 結局、身分制度廃止論者たちは狼煙(のろし)を上げる前に制圧されました。彼ら全員が反乱分子として逮捕され処刑されることは時間の問題でした。


 そこで二人は捕まる前にベスカラ王国からこのスフォルツァ王国に逃れたのです。もちろん追っ手が送られて、この国でも二人は隠れて暮らしていたはずです。


 私は定年まで働いてからこの国に来ました。


 この国に来て彼らが誰かに殺されたこと、子供は孤児院に行ったこと、十五歳で孤児院を出たことまでを知って調査をやめました。


 

♦︎



 ラウルさんの話が終わり、ローランドが「軍の特務班にいたのですか。そうですか」とつぶやいてしばらく考え込んでいた。


「両親を殺したのはベスカラの手の者でしょうか」


「それはわかりません。十年以上も彼らを追いかけ回したかどうか。強盗の仕業かもしれません。私が軍を辞めてこの国に来た時にはもう二人は亡くなって時間がたっていましたから」


「そうでしたか」


「私は彼を慕うものとして彼らのベスカラ語の家庭教師の生徒たちを回って話を聞きましたが、彼らは愛を貫き国を捨てたものの、故郷のベスカラ国を懐かしく思ってもいたようです」


「僕は……両親が嘘で固めた中で僕を育てていたのだと、ずっと恨んでいました」


「あなたがそれを知った時、十歳の子供だったのでしょう?そう思うのも仕方がないことです。我が子にさえ嘘をつかねば生きていけない状況だったのです。子供の口からうっかり身元がばれることもありますからね」


 それを聞いてローランドが両手で顔を覆って呻くようにつぶやく。


「そう、だったのですね。そうか、そうだったんだ。ありがとうございます。ラウルさんのおかげで長年の苦しみから解放されます。ラウルさん、どうかこれからも僕たちとこうして時々話をしてはもらえませんか?」


「もちろんだよ。君はベスカラ語を話せるかい?」


「ええ。両親にみっちり教わりましたから。今もベスカラ語を教えて生計を立てているんです」


「それはありがたい。たまに故郷の言葉が懐かしくてね」


「ラウルさんはベスカラには戻らないのですか?」


「私のせいでたくさんの若者が処刑されたんだよ。あの国で安穏と老後を暮らすのは流石につらい。どの景色を見ても彼らを思い出してしまってね。この国でひっそり人生を終えるつもりさ」


「そんな。ひっそりなんて言わないでください。あなたは俺の父親のことをよく知るたった一人の友人ですよ」


「ありがとう。ありがとう。こんな人でなしを友人と呼んでくれるのだね」


 ラウルさんが目をシパシパと瞬きさせた。


「それがあなたに課せられた仕事だったし、あなたは三十年も苦しんできたではないですか」




 そのあと、私たちは親子三人で家に戻った。

ラウルさんは近いうちに我が家で食事をしてくれることになった。


 ローランドの心を重く縛っていた鎖が解けたことがとても嬉しい。


 移動販売屋を開いて良かった。ローランドが苦しみから解放されて良かった。ほんとうに。


 

♦︎

 


 ローランドの仕事休みの日に、ロザリオを抱いて親子三人で墓地に出かけた。


「父さん、母さん、一度もここに来なかった俺を許してください」


 ローランドはそう話しかけたあと、墓石に手を触れて長いこと目をつぶっていた。


 穏やかな風が吹いてきて、ローランドの黒髪とロザリオの黒髪をそっと撫でていった。




 

後回しにしていた用事を片付けるまで、残念ながら感想欄を閉じます。

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