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16 旅の二人

 翌朝、私は日の出前に目が覚めた。隣を見るとよく眠っているローランドがいる。毛布の下でお互いの肌が触れていて、(これは夢か)と思う。


 毛布の中はサラサラと温かく、すぐ隣にあるローランドの顔を見れば濃くて黒いまつ毛が長くて、黒い髪ともども艶々している。


(ローランドは薄いソバカスがあるのね)


 ひとつ新しい魅力を発見だ。今までは恥ずかしくて顔をじっくり近くで見たことがなかったから、そんな発見も嬉しい。


「あんまり見つめると俺が減ってしまうぞ」


 目を閉じたままのローランドに言われてびっくりする。


「起きてたんですか?」

「ああ。さっきまで君の寝顔を眺めてた」

「ひぃー。やめてください。恥ずかしい」

「隣に好きな子が眠っているって、いいもんだなと思いながら寝顔を見てた」


 恥ずかしくて両手で顔を覆ってシーツに顔を埋めた。(眠ってた時、間抜けな顔をしてませんように)と祈りながら。



♦︎



 来る途中の馬車で、山ほど二人で話をしたのだけれど、驚くことにローランドとビアンカは恋人ですらなかったと言う。


 詳しいことは話してはくれなかったけれど、あれほど嘘を嫌う人だからそれは本当なのだろう。


「妻でも恋人でもなかったのなら何だったのですか?」

 そう恐る恐る尋ねるとローランドは難しい顔で『怖い先輩』だと言った。


 ビアンカも傭兵だったのか。あんなに細い体で豊かな胸の傭兵なんて想像がつかないけど。私は納得できるかどうかよりローランドの言葉を信じる方を選んだ。


 ローランドに結婚を申し込まれて旅立つまでの一ヶ月間、ネールは折に触れていろんな話をしてくれたが、そのひとつを思い出したのだ。


「ルイーズ様、私の見立ての通りなら、ローランド様は骨の髄まで真っ直ぐな人です。あの方にやきもちを妬くのは時間の無駄です。何かあってもあの方を信じて仲良く寄り添って差し上げてください」


 ネールの言葉を思い出しながらローランドのごつい肩に顔を寄せて肩まで毛布を引き上げて、私は眠りの続きを楽しむことにした。まだ起きるには早すぎる。そんな私をローランドが目を細めて見ていたことには気づかなかった。


 


 宿の朝食は目玉焼き、厚切りベーコン、野菜のスープ、茹でた豆も付けられて朝から量がたっぷりだ。食べきれなかったパンとベーコンは包んで持たせてくれた。二人で礼を言って宿を引き払うとまた馬車に乗り、王都を目指して出発した。


 ベントニオの背中を眺めながら、御者席でローランドが話しかけてきた。


「ルイーズ、仕事のことなんだけど」

「はい」

「王都でも移動販売をする?」

「はい。まずは王都の様子を見て回って、どの地区にどんな需要があるかを見定めたいです。あと、許認可もどうなっているのか調べないと」


「俺、働くばかりであまり金を使わなかったから貯金はそこそこあるんだ。マチアスさんは家賃は要らないと言ってくれたけど、少しは払いたい。それを払ってもしばらくは君が働かなくても暮らせるくらいは余裕がある。慌てずによく考えて商売に取り組むといい」


「ありがとう。でもなるべく早く移動販売が始められるようにしたいと思っているわ。貧乏性なの私。あなたはどうするの?」


「護身術の講師、商人や貴族の護衛、中級までならベスカラ語の個人教師とか」


「ベスカラ語ができるの?すごい」


「両親が熱心に教えてくれたから十歳の時には日常会話は不自由なく話せたし読み書きもできた。使わないと忘れるから、孤児院時代もなるべく毎日練習していたよ。大人になってからは難しい言葉や言い回しも本で覚えるようにしていた」


「努力家なのね」

「どうだろう。誰かさんの方がよほど努力家だと思うけど」


 そう言ってローランドは体を傾けて私の頬にチュッとキスをした。


「なっ。なんですか急に」

「俺の奥さんは可愛いなと思ったら、つい」


 馬車は甘い空気を乗せて順調に進む。





 しばらく進んでそろそろ昼食にしようかという頃、街道の端に一台の馬車が止まっていた。そちらも昼休憩かと見ていると、従者らしい男が道に出てきて手を振る。


「ルイーズはここにいて。何かあったら俺を待たずに次の街まで馬車で走るんだよ。必ず後から追いかけるから。いいね」

「わかりました」


 ローランドは剣を手に馬車を降りた。


「どうしました?」

「すみません、父が酷い胃痛で苦しんでおります。薬をお持ちではないでしょうか」


 服装がだいぶ違ったから従者かと思ったけど親子だそうだ。


 ローランドが窓から中を覗くと馬車の中で中年の男が腹を押さえて苦しんでいたそうだ。馬車と男たちの服装の高級さが無ければ旅人を襲う騙しの手口に見えるが、その可能性は低いと判断したのかローランドが馬車に戻った。


「胃痛だそうだ。たしか薬があったよね?」

「あるわ。待ってて」


 父マチアスが商会で取引している薬をひと通り持たせてくれている。私はバタバタと後ろの荷物をかき回して黒い粉薬を探し出した。


「これよ」

「ありがとう。渡してくるよ」


 馬車の男性は差し出された粉薬を飲んでしばらくするとうめき声も出さなくなり、呼吸も落ち着いたらしい。


「助かりました。これはお礼です。どうぞお受け取りください」


 息子という男からローランドに渡された袋はかなり重そうだ。


「これでは貰いすぎです」とローランドが返そうとすると「それではこちらが困ります」と何度か押し問答になっている。


 すると馬車の中の男性が

「死ぬかと思うほど痛かったのが治ったのですから、これは感謝の気持ちとしてどうか納めてほしい」

と重ねて言う。それではとローランドが受け取ることになった。


 私とローランドは止まっている馬車に向けて頭を下げて馬車を動かした。若い男はいつまでも馬車を見送ってくれた。


 そっと袋の中を見て慌てる。

「これは貰いすぎよ!どうしましょう!」

「それで相手の気が済むと言うんだから貰っておけばいいさ」



「世の中にはお金持ちがいるものなのね」

私は何度もそう繰り返してしまった。貰ったお金は切り詰めて暮らせば二人が二週間は食べていけるような金額だ。


 馬車は日が落ちるまで進み、街道沿いの宿に着いた。

 




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