12 コズモの過去
ラカン商会に戻ると、近所の人たちが見物に集まり、警備隊の馬車も停められていて、ザワザワしていた。
ルイーズが慌てて家の中に駆け込む。ローランドもそれに続いた。自分の昨日の手紙と関係があるような気がしたのだ。
昨夜も入った台所に向かうと、ネールが所在なげに立っていて、ローランドを見ると駆け寄ってきた。
「ああ、ローランドさん!コズモさんが捕まってしまって」
「理由は?」
「コズモさんは今日から他の商会の手伝いに呼ばれて行ってたんですけど、そこで何かあったらしいことしかまだわからないのよ」
「そうですか。コズモさんはどこの商会に行ってたんです?」
「カルダノ商会です」
(やはりか)
「何かご存知なの?」
「いいえなにも。マチアスさんに話を聞けますか?」
「ええ。たぶん」
マチアスは警備隊の聞き取りが終わったところで、部屋からは警備隊員が出て行くところだった。商会長は疲れた顔をしていた。
「やあ、ローランドさん。今日は護衛をありがとう。いやぁ、えらい目に遭ったよ。コズモが逮捕されてね」
「コズモさんは今日から他に出ていたそうですね」
「ああ。カルダノ商会から頼まれてね。その初日にこの騒ぎだ」
「逮捕の理由はなんです?」
「カルダノ商会は違法な物を密輸して、警備隊が踏み込んで現物を抑えたらしいよ。あんな大手がそんなことに手を出すなんてな。コズモが居合わせた関係でうちまで荷物を調べられた」
「そうでしたか」
コズモの無罪はすぐ証明されるだろう。ローランドは慰めと労いの言葉をマチアスにかけて自宅に戻ろうとした。
ルイーズに声をかけて安心させてやりたかったが(それは出過ぎたことか)と敷地から踏み出すところでルイーズに声をかけられた。
「ローランドさん!どうしましょう」
「大丈夫ですよ、コズモさんならすぐに戻されると思う。依頼されて出向いただけなんですから」
「でも私、不安なんです。コズモさんは、その、過去のことで余計な疑いをかけられるような気がして。私も詳しいことは知らないんだけど」
ルイーズの不安にローランドが穏やかな声で答える。
「あぁ。彼は過去になにかありそうですもんね。でも、昔何かあっても今は真面目に働いてるじゃないですか。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「……」
「警備隊だって何もない人を捕まえたりできないのですから。俺、知り合いがいるからこっそり聞いてみます。どんな状況なのか」
「お願いします。コズモさんは私がヨチヨチ歩きの頃から真面目に働いてきたのは父が一番よく知っています」
ルイーズが震えているのに気づいてローランドが上着を脱いでルイーズの肩に羽織らせた。
「君は家で安心して待っているといいよ。コズモさんは帰ってくるよ。だから安心して」
そう言うとローランドは馬小屋を出た。
♦︎
ローランドが向かったのは警備隊ではなく裏通りの酒場だ。目当ての人物は決まった時間に毎日そこにいる。
薄暗い酒場の奥の席に、その男はいた。一人でちびちびと薄い酒を飲んでいる。警備隊の情報屋でありローランドの協力者だ。ローランドが男の隣に座ると男はすぐに話し始める。
「情報をありがとうよ。カルダノ商会の件でだいぶ稼げた」
「ラカン商会のコズモが逮捕されたそうだけど」
「ああ。現場にいたから」
「依頼されて手伝いに行っただけだから、すぐに出てこられるんだろう?」
男は酒を覗き込みながら首を傾げる。
「それはどうかな。あの男、過去が過去だから。ついでに色々聞かれてるんじゃないか?」
「過去は俺、知らないんだ」
「ああ、そうだったかい。コズモは若い頃に王都の貧民街の英雄でさ。金持ちから金を盗んでは困ってる家に配ってたんだ。盗まれた家から被害届が出てなかったから、捕まった一件だけの罪状で二年間の投獄で済んだけどな」
「被害届が出なかった理由は?」
「奴隷を内緒で置いている家を主に狙って入っていたんだ。金も盗んだし奴隷も連れ出していたのさ。『被害届を出せば奴隷のことを公表する」って口止めするのがコズモの手だった」
この国では奴隷の所持は厳しく禁止されていて見つかれば厳罰が待っていた。
「最後の盗みの時、連れ出した奴隷がかなり弱っていて道でもたついてるところを警備隊に見つかって捕まったのさ」
「それにしたって相当前の話だろう?」
少なくともルイーズは彼女が幼い頃からコズモがいたと言っていた。
「コズモの経歴を知っているのがイーダスの警備隊にいたんだろ」
「なるほど」
男が初めてローランドを真っ直ぐに見る。
「元泥棒のために自分を危険に晒すことはないと思うがね」
「ああ、わかってるよ」
そう言うとローランドは店を出た。自宅に戻り手紙を書く。こういう時に使う紙は決められていた。王都軍の役付きだけが使える便箋で、軍の紋章が入っている。手紙を書き終えると手紙を運ぶ業者へと急いだ。
♦︎
翌日は山の村へと移動販売の馬車は進んだ。ルイーズはご機嫌で、昨夜遅くにコズモが帰って来たと言う。
「おかげさまでコズモさんが無事に帰ってきました。警備隊でだいぶ酷い目に遭ったらしいのですが、大きな怪我はありませんでした」
「俺は何も役に立たなくて申し訳なかった」
「いいえ。ローランドさんがいてくれなかったら私、精神的に参ってしまうところでした。慰めてくださってありがとうございました」
「いえ。とんでもない」
実際は王都軍の治安維持担当者からの指示として「法に基づかない拘束は望ましくない。過去に罪を償った者への過剰な拘束や尋問などは関係者の処罰の対象となる」という内容の手紙を出した。
この手の手段は間諜が悪用しようとすれば容易く犯罪に繋がるので、その便箋を使った経緯は必ず報告することになっている。ローランドは十年近い経歴の中で初めてその便箋を使用した。
コズモを拘束してわずか一日で届いた手紙を読んで、イーダスの警備隊の上役たちは誰かが自分たちを近くから監視していると知り、さぞかし身が引き締まったことだろう。
ローランドは今まで(自分はこの仕事に向いてない)と思い続けてきたが、今回初めて間諜の職に就いていたことに感謝した。
♦︎
山の村は相変わらず大歓迎で馬車を出迎えてくれた。
「おや、今日はまた違ういい男が一緒なんだね」
「コズモさんはどうしたの」
「傭兵さんはルイーズちゃんと親しいのかい?」
「ネールは元気にしているかい?」
質問がバシバシとぶつけられルイーズは笑って無難な返事を返している。商品を売り切ると今度は老人たちの作った品を買い付けている。
ローランドは村人の話し相手をするしかなく、逞しく働いているルイーズを眩しく眺めていた。
仕事を終えたルイーズは帰りの馬車に揺られながら残り二日となったローランドの護衛を寂しく思っていた。
(ローランドさんと過ごすのもあと二日なのね……)
こじらせた片想いの封印は解くつもりだが、また挨拶だけの関係に戻るのかと思うと、なんとも寂しい。
隣に座っているローランドも同じ寂しさを抱いている。
(あと二日で警護するのも終わりか……)
帰りの馬車は少しだけしんみりしている。