13 ローランドの手紙
今日は移動販売の最終日。裕福な住宅街への移動販売で、以前トニオ・カルダノがいきなり顔を見せた場所だ。ルイーズはそのことをローランドに説明する。
「今はカルダノ商会が摘発されて取り込み中だから現れないとは思うんですが」
「わかりました。注意して護衛を務めます」
この地区には毎週来ている。食材や雑貨の週と惣菜販売を交互にしていて、今週は惣菜販売の週だ。
惣菜を入れる箱は山の村の老人たちが端材で作ったものだ。そこに野菜の炒め煮、豚肉と干し果の煮込み、魚の衣揚げなどが彩りよく詰められている。
「傷むと困るから少し味付けを濃くしてあるんですよ」
そう話すルイーズを見るローランドは優しい顔だ。このところ二人の会話が少しずつ増えている。
「あの、ご迷惑でなければですが、ローランドさんの分を別に作ってきました。帰りに持って帰ってください。野菜のジャムも持ってきました」
「それは、ありがとうございます。楽しみです」
また「代金を払う」と言うのかと思ったけれど、ローランドはお礼を言うだけにとどめてくれた。ちょっとしたプレゼントをしようとした相手に代金を払うと言われる寂しさをわかってくれたことにほっとする。
「ルイーズ、よかったら今度」
ローランドがそこまで言いかけたところで遮られた。トニオ・カルダノに。
「ルイーズ、ちょっと話したいことがあるんだ、いいかな」
ちらほら集まり始めた客の背後からトニオが割り込むように近づいてきた。
(なぜまだ私の前に現れるのか。なぜローランドさんの『今度』の続きを遮ったのか。トニオ・カルダノ、許さないわよ!)
ルイーズの鼻息が荒い。
「トニオさん、今から販売が始まるところなんです。困ります」
「少しでいいんだ。うち、今大変なんだ。母さんも取り乱していて」
(いやそれ、私に言われても)
ローランドがトニオの肩を押してルイーズのそばから押しのけた。
「なんだ、邪魔をするなよ!」
「商売の邪魔をしてるのはそちらです。お引き取り願います」
「傭兵ごときが!引っ込んでろよ!」
「警備隊に突き出しますよ?」
一瞬トニオが怯んだところでローランドが肩を掴んで押しのけた。そして
「お前は逮捕されずに済んだんだろう?なのにこれでお前まで投獄されたらお前の母さんが悲しむぞ。やめとけ」
と警告した。
ローランドの顔が真剣で、トニオが顔色を失って大人しく引き返して行った。たった今まで温厚に見えていた大男は別人のように迫力がある。やっぱり傭兵だ、迫力が違うとルイーズは感心する。
ルイーズはトニオへの嫌悪感と大好きなローランドに守られた喜びをごっちゃに感じて喜ぶに喜べない。
周りにいたお客さんたちは
「頼りになるね」
「うちも何かあったらあんたに頼むよ」
と口々に言う。
(そうでしょうそうでしょう。ローランドさんは頼りになるタイプですよ)
ルイーズは自分が誉められたかのように嬉しい。
「さあ、みなさん、移動販売の開始です!」
気を取り直してルイーズが笑顔で宣言して販売が始まった。
その日も移動販売は繁盛した。帰りの馬車の御者席でルイーズは全力でニコニコした。ローランドと一緒に過ごす最後の日に悲しい顔はしない、最後は笑顔で!と決めたのだ。
「移動販売のいいところはこうやって目の前で商品が売れて、その場でお金が手に入ることです。充実してます」
ルイーズが空元気を出す。それを笑顔で聴いているローランドが、「あの」と口を開いた。
「はい?」
「俺、王都に用事があるんだけど、戻ってきたら話したいことがあります」
「そのお話は今ではダメなんですか?」
「はい。今ではダメなんです」
なぜ王都に行ってからでなくてはダメなのか。理由が思いつかない。
「わかりました。では帰りをお待ちしてますね」
ルイーズとローランドの移動販売の五日間はあっさりと終わってしまった。感動的な場面は何もない。『今度』の続きも聞けなかった。
ラカン商会の前に到着して(さあ、笑顔でお別れよ)と思っているとローランドが何かを握っているらしい手を差し出してきた。思わず受け取ると、紙の小さな箱だった。
それはだいぶ長い間ポケットに入れられていたのか、かけられているリボンはくたびれていた。
「これは?」
「後で開けてください。ご馳走のお礼です」
そういうとローランドは受け取った惣菜の詰め合わせを手にして大股で立ち去った。
♦︎
王宮の次官が手紙を読んで考え込んでいる。ローランドからの手紙には、四つの内容が書かれていた。
一つ目。カルダノ商会の密輸の疑いを情報屋経由で地元の警備隊に通報。結果、カルダノ商会は輸入禁止の緋色狐の毛皮と違法薬物の元になる薬草の現物を押さえられて摘発されたこと。
二つ目。巻き込まれた形のラカン商会員コズモに対して過去の経歴から過剰な尋問が行われていたこと。
三つ目。そのコズモのために例の便箋を一枚使用したこと。
そこまではいつもの通り、役に立つ間諜からの連絡だった。しかし最後の文面で次官の動きが止まる。
四つ目。間諜の職を退くことを希望すると書かれていた。兵士への移動ではなく除隊を希望していた。
「一度ゆっくり話をしてみるか」
次官は、この先も確実に役に立つであろう間諜を手放したくない。
同封されていた別紙の詳細な報告書によると、ローランドは、港に荷上げされた大理石の板を運んでいるのが家紋入りの上着を着た内勤の男たちだったのを見て(いつもは力仕事専門の男を雇っているのに)と疑問を持った。
そもそも二百六十個の重い大理石の入った箱を事務方の八人で運び終わるかも疑問だった。おかしいと思ってもう一度見にいくと、短時間で木箱は全て運び終わっていた。
そこで中身を疑ったローランドが夜間にカルダノ商会の倉庫を見に行くと、たかだか大理石なのに数人の男が武器を持って見張っていた。
カルダノ商会は大手だが、内情が火の車なことは情報屋から聞いていた。カルダノ商会は手早く大きな利益が欲しいのだろうと推測した。
そこで情報屋に警備隊へ通報するよう伝えたそうだ。ローランドはいつも観察が丁寧なだけではなく、毎日の単調な観察にも手を抜かない。
そして何より、雇い先にも情報屋にも街の人間にもローランドは誠実な人として信用されている。
間諜という仕事柄、誠実な人柄を演じる者は多いが、ローランドの誠実さは本物だ。演じてないからどんな場面でも嘘を感じさせない。その土地に長く住んで働くなら、なおのことその人柄は価値がある。
ローランドは何年経っても真に誠実な人柄を保ち続けられる貴重な人材だった。
間諜の給与は兵士に比べるとかなり高額だが、それを捨てても退職したいという理由を次官は知りたかった。




