遂に発見、完全一致!
ここまで、サメの和名と英名の噛み合わなさ、国による着目箇所の相違等はたくさん出てきた。
そこで、せっかくなので逆に和名と英名が一致しているサメはいないか探してみる事にした。
【トラフザメ】
英名 zebra shark
暖かく比較的浅い海を好む、全長3.5mほどの大人しいサメ。
やや扁平な丸い頭、口許にちょろりと生えたヒゲ、くっきりした背中の筋、ゆるりと長く優美な尾。
地元の水族館にもいて、私のお気に入りのサメのひとつでもある。
虎斑もゼブラも、要するにシマシマ模様の事なので、これは和名と英名がほぼ一致していると言えるだろう。
しかし問題はトラフザメご本人の見た目。薄い黄色みを帯びた体全体に、『豹柄』もしくは『テンテン』としか言いようのない黒く細かい斑点模様が散っているのだ。どこをどう見てもシマシマ要素は無い。なぜ虎じゃなく豹、ゼブラじゃなくてレオパルドにしなかったのか……。
しかしその疑問は『トラフザメの赤ちゃん』の画像を見て解決した。フォルムこそ親と似ているものの、真っ黒な体にはっきりとした白い縞模様。
何これ全然別モノじゃん!なるほど、確かにこれなら虎かシマウマだわ。
もしやこれは、
「イノシシが大人になってもウリ坊と呼ばれ続ける」
とか
「すっかり立派なニワトリになったのに未だにヒヨコ呼ばわり」
みたいな話なのだろうか?
めでたく模様の謎は解けたが、
「なぜ大人になったら消える特徴を一生の名前にしたのか」
というモヤっと感は残る。
死ぬまでお子様扱い。穏やかなトラフザメだが、その胸には忸怩たる思いを抱えているのではないか。
さて、この「親と子で見た目が全く違う」現象は、生物としては別に珍しくもなんともない。むしろ違いが色や柄だけなら似てる部類に入るだろう。カエルとおたまじゃくしだって、蝶と芋虫だって「そういうもの」だと知っているから違和感が無いだけで、予備知識ゼロで見たら同じ種だとはとても思えまい。
魚においても、幼魚の内は親と異なる姿をしている種は多く、事実が判明するまでは別種扱いされていたような種もいる。中でも個人的に好きなのはミツマタヤリウオ。
大きな口と貧弱な細長い体をした深海魚だが、幼魚の内は目が飛び出ている――――というか、目のあるべき部分から糸のようなものがひょろ~~んと体長の半分近い長さまで伸びており、その先端に目玉が付いている。
いやそれホントに目ぇ見えてんの?簡単に切れちゃいそうなんだけど!?
更には、成長と共にこの糸がコイルのようにくるくると巻いて縮み、目玉は最終的にちゃんと眼窩に収まるのだとか。
なんでわざわざそんな厄介な過程を経るのだろう……。
海の神秘、ここに極まれり。世界は謎に満ちている。
【シュモクザメ】
英名 hammerhead shark
オナガザメの時と同じく、「シュモクザメ」とはメジロザメ目シュモクザメ科に属するサメの総称であり、日本では
【アカシュモクザメ】(英名 scalloped hammerhead)
【シロシュモクザメ】(英名 smooth hammerhead)
【ヒラシュモクザメ】(英名 great hammerhead)
の3種が見られる。中でもアカシュモクザメは日本近海で多く見られ、夏場の海水浴場にちょくちょく現れては遊泳禁止に追い込んだりする。
アカシュモクザメやシロシュモクザメの若い個体は時に百匹単位の大きな群れを作る事でも知られており、ダイバーに人気がある。
そのあまりに特徴的な頭部のおかげで、微弱電流を感知するロレンチーニ器官が非常に発達し、またサメとしては抜群の視野を誇り、人間のように物を立体視する事ができるという研究報告もある。ただし、目が離れすぎているせいで真正面は大きな死角になってしまっている。
さて、みんなご存知ハンマーヘッド。
珍妙な頭のおかげでなんとなく『おもしろ枠』に入れられがちだが、画像検索する機会があればよく見てほしい。
何を考えているか分からない目、小さめながらも鋭い歯の並んだ口、この上なくサメらしい体つき。
日本で最もよく見られるアカシュモクザメでも最大で4.3m、シュモクザメ科最大種のヒラシュモクザメに至っては6mに達するのだ。6mといったらホホジロザメの最大クラスと同等である。
臆病な性質と小さな口から基本的に人を襲わないとされているが、実際、シュモクザメと推測される事故も起こっている(あくまでも推測だが)。
みんな見た目に騙されていないか。
カタツムリとナメクジはどちらも陸生の腹足綱(貝類)なのに、くるくる巻いた殻があるというただ一点だけで、カタツムリは微笑ましい梅雨の風物詩として人々に愛でられる。片やナメクジは「キモい奴」の代名詞。ナメクジだって繊細な殻を持っている奴もいるんだぞ。外から見えない体の中にだけどな!
爬虫類はとりわけ女性には嫌われがちだが、亀だけは「カメさんカワイイ~」と受け入れてくれる、もしくは「積極的に可愛がりはしないが、特に嫌悪を抱く事もない」というスタンスのお嬢さんは多いだろう。亀だって立派な爬虫類なのに。
もし亀に甲羅が無かったら、ここまで女性に受け入れられていただろうか。
――――いやいや、今は生き物の見た目じゃない。サメの名前の話をしているんだ。
気を取り直して、シュモクザメの名前について。
撞木とは仏具の一種で、鐘や半鐘を鳴らすための木槌の事。
アカシュモクザメのハンマー部分は上から見ると縁がホタテの貝殻のような緩い波状になっており、英名のスカラップ(ホタテ貝殻)はそこから来ている。逆にシロシュモクザメの頭部の縁はアカシュモクザメと比べると起伏が浅く、スムースもそこに由来すると思われる。
ちなみに和名の赤や白は体色を指すのではなく、切り身にした時の肉の色の事だそうな。魚食民族・日本人の『海の生き物は須らく食料とすべし』という海の幸に対する執念を感じさせる。
この2種は頭部か緩いカーブを描くが、ヒラシュモクザメはほぼ直線になる。英名のグレートはシュモクザメ科で最も大きくなるためだろう。好物は同じ軟骨魚類仲間のエイだとか。
それにしても惜しい。実に惜しい。
撞木もハンマーの一種と考えて良いとは思うが、用途があまりにも限定的である。
これが撞木鮫でなく木槌鮫とか金槌鮫だったらパーフェクトだったのに。いや、遊泳力の高いサメをカナヅチ呼ばわりはさすがに無理か……。
そして、遂に私は出会った。
「和名、英名、ついでに容姿も一致している」という素晴らしい奇跡のサメに。
【ノコギリザメ】
英名 saw shark
saw=ノコギリ。
こちらはちゃんと標準和名ノコギリザメで、正確な英名はJapanese sawshark。
長くトゲトゲな吻が独特すぎて、ノコギリ以外に例えようがなかったのだろう。体長1.5m、砂地の海底を好み、『ノコギリ』をブンブン振り回して獲物を弱らせ捕える。
よく似た生き物として【ノコギリエイ】が存在するが、こちらは種によっては全長7mにもなる巨大魚である。
和名と英名の完全なる一致。一目見れば誰もが納得する姿。
あまりにも見たまんま過ぎて、語る事がほとんど無い。
しかし私は満足だ。
ありがとうノコギリザメ。
お付き合いありがとうございました。