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ゴウカイギャーによるエピローグ



 今日は少し遠くのお店で二回目の会合が行われた。


 比較的広いお店だったのでテーブル席に女子三人、男子三人で向かいあって座る。私の目の前には青河君がいて、隣の弥生の前に赤田君が座っていた。


 あれから一ヶ月経っていて、夏休みに入っていた。エアコンがガンガンに効いている店内で全員同じラーメンを頼んで完食した。何故全員一緒かというと、そのお店で一押しで定番の、押さえておかねばならない味があったからだ。電車で一時間かかる、そう頻繁に来れるわけでもないお店なのでそこは外したくない。


 お昼時を避けて時間を前にズラしたので、店を出るころは夏の太陽が頭上に来ていて、じりじりと、私達を溶かした。


 みんなで近くの喫茶店に移動してくだらないラーメン談義をする。相変わらず石黒君は黙っていたし、志乃もモジモジがデフォルトなので、そう饒舌ではなかったけれど、ニコニコと話を聞いていて気詰まりな沈黙はなかった。


 一時間ほど笑って、楽しかったけれど、せっかく青河君と会えたのだから二人だけで話もしたい。そんな風に思ってしまう。


 そう思っていると話が途切れたときに青河君がみんなに遠慮がちに言う。


「そろそろ戻って、別行動しない?」


 赤田君が弥生を見て「そうだな」と言って弥生が少し赤くなって頷いた。


「石黒も……」

「まったく異論はない」


 石黒君が言い切った。なんかこの人大人しいわりにどことなく恐いんだけど、志乃は大丈夫なんだろうか。志乃を見ると目がハートマークになっていたので放っておくことにした。志乃は前に貸した恋愛シミュレーションゲームでも石黒君そっくりのドS野郎を気に入って三週くらいプレイしていた。

 私はそっけなさすぎて好きになれないキャラだったけれど、志乃はきっと根がドMなんだろう。お似合いだからそっとしておこう。





 駅に戻る前に暑さで力尽きそうになって、見付けた自販機にみんなで蟻のようにたかる。


「どれにするの?」と青河君に聞かれて「炭酸も飲みたいけど、お茶も飲みたい」と言うと笑って「じゃあ半分こしよう」と言われた。なにそれ嬉しい。私は最高に素敵な青河君のおかげでふたつの味を楽しめた。


 見ると赤田君がコーラのペットボトルを構えている。


 みんなで注目してると、蓋を開けて「行くよ」といってイッキ飲みした。

 身体がデカいから可能なんだろうか、ものの15秒ほどで飲み干した。


 とりあえずサーカス芸を見た気分になったので全員で拍手をした。


 石黒君は黙ってブラックコーヒーを買って飲んでいた。もしかして眠いのかもしれない。


 志乃が「苦くない?」と聞くと黙って缶を渡して、飲んだ志乃が文字通り苦い顔をしているのを見て笑った。

 志乃が石黒君のその顔を見て彼の肩の当たりを怒ったふりで押して、じゃれあっている。





 地元の駅前に着いたけどまだ時間は沢山ある。前回入った公園の木陰に集まって、なんとなく解散かな、というムードになったときだった。


 40代くらいだろうか、細くて綺麗な女性が私達のいる木陰のすぐ近くで座り込んだ。


 いかにも儚げな人で心配になる。


 赤田君が近寄って「大丈夫ですか?」と声をかけて、青河君がお水を買って来て渡した。


 女性はしばらくグッタリとしていたけれど、陽の当たらないベンチに移動させてお水を飲んだら少し楽になったようで、顔を上げた。


「ありがとう。ごめんなさいね」


 美人はしゃべっても儚げだった。

 女優さんみたいな上品さがある。


「どっか、行く途中でしたか? 送りますよ……っても俺たち高校生だから免許もないし、一緒に行くかタクシー呼ぶくらいしかできないけど……」


 赤田君の言葉に美人が首をゆっくりと横に振った。


「特に……用事があるわけじゃないんだけど……」


 なんとなくみんなで見つめていると、美人が顔を上げて話し始める。


「私ね、高校生のころにこの街に住んでたの」


 私たちが心配顔で囲んでしまっていたので、なんとなく安心させるような口調でもあった。


「その後大学で街を出て、就職して、結婚したのだけど」


 みんな、黙って聞いていた。

 ゆっくりと落ち着いた声音はまるで舞台の一人喋りがトークショーみたいだった。


「半年くらい前に、離婚して、仕事も辞めてね。色々な手続きが終わって、最近急に暇になったら、高校のころのことを思い出して……そう楽しかったわけでもないんだけど」


 そこまで言って女性は薄く笑った。


「龍ちゃんて子がクラスにいて……すごい馬鹿な子でね。お昼にチキンラーメン持ってきて……職員室でお湯貰って、いつも食べてたの」


 誰ともなく「はぁ」と相槌を打つ。


「私は当時芸能活動をやっていて、あまり彼と話す機会はなかったんだけど。ある日にね、お昼に廊下の、人の通らない階段でひとりで座り込んで落ち込んでるときに、同じ階段の端に座って、ズルズルチキンラーメン食べ出して、目が合ったら、食う? とか聞いてきて」


「は、はぁ」


「その時私の周りにはズルい大人ばかりいて……なんだかこう、世界が嫌なものに思えて、すご〜く暗くなっていたんだけど……本当にチキンラーメンもらって、食べたら馬鹿馬鹿しくなって」


 なんとなく周りを見るとみんな何とも言えない顔をしていた。恐らく全員がそのチキンラーメン高校生にものすごく既視感を覚えていた。


「その子の事を急に思い出して……ふらっと来ただけなの」

「その人を探しに来たんですか?」


 私が聞くと女性は笑って「まさか。そりゃ、会えたらいいなぁ、とは思うけどね。連絡先も知らないし。確かこの街の人だったけど、何十年も前だし、もうどこか移動してたりするんじゃないかしら。なんとなく思い出して、明るい気分になれたらなぁって……それだけなの」


 黙っていた石黒君が抑揚のない声で言う。


「その人、天野とか天澤とか、そんな名前?」

「あ、そうね、そんな感じだったかも……」


 弥生が小さい声で「天、龍軒」とつぶやいた。


 しゃがみ込んで聞いていた青河君が立ち上がる。


 ベンチの反対端に座っていた志乃も立ち上がった。


 私が女性の手を引いて、みんなで歩きだす。目的地は皆わかっている。


 赤田君が「この近くにいいお店があるから案内したい」と言って、女性は私達の異様な雰囲気に困惑しつつも、天龍軒の前まで来た。


 店の親父が外で煙草を吸っていて最初私達を見て眉を吊り上げたけれど、やがて、中央の女性に気付く。


 口に咥えた煙草をぽろりと落として「みねふじさん……」と呟いた。



 真夏の空の下。時間を止めたような男女を置いて、私たちはそっとその場を後にした。






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