十二月二十四日 金曜日 午後三時十七分 拡散する戦意
肉体の持つ力の上限を超して、まったく自分でも知らなかった力が使われてるようだ。私はその事が楽しくてしかたがない。初めて体を動かす楽しさを味わっているよう。敵と戦う。敵を倒す。その味わったことのない爽快感。
持っていた銃の弾は半分ほど使って、背中にしまった。右手に刀を持ち替え、左手で最後の予備の包丁を握る。
これが日常なら私たちは問題児だろう。不良のレッテルを貼られ、近所では陰口で叩かれる。だけど、今なら逆の立場だろう。こんな事、誰が想像しただろうか。宇宙人でもゴジラでもない、得体の知れない何かが人類を殺してる。人類が死に、恐怖を知らなかった日本人は戦っている。他の国ではどんな状況なんだろうか? 積極的に人狼を殺してる地域もあれば、逃げてる地域もある。咲羅はそう言った。もしかしたら、今私たちがいるここは例外的かもしれない。銃なんて日本に馴染みのないものだから。
そんな考えをする自分が可笑しくて笑ってしまう。いつもどおりの思考で少し安心する。
人狼の足を切り払い、脛を蹴飛ばす。上半身に気を向けず、ただ移動手段を奪う。だけど、そのたびにカラフルな血が飛び出して、私は何を相手にしてるのか血が出る瞬間だけ忘れる。
かなりの数を倒して、そろそろ足の踏み場が地面から屍へと変わるかもしれない。屍を足場とする心配より、その安定感が心配だった。躓きやすい私がそんなところを足場にすれば、役立たずに変わり果てる。
でも、やっぱり可笑しい。体力も思考も今追いついてるのはどう考えても普通じゃないかもしれない。満身創痍のはずなのに生傷以外は痛まない。すでに治ってるんだ。おかしな治癒力に体は慣れて、頭も順応してる。それでいいんだ。
私が人狼を愛すべき動物の一種だと認識してしまえば、刀は動かなくなり、私は獲物として肉片に変えられる。私の刀が動くただ一つの理由は、「過去」を護る事。
人狼に刃を向ける事によって、これから永久に生き物に嫌われたっていい。子供の頃から動物のほうが好きだったとしても、もうどうだっていい。
初めて動物に牙を向けられたのは、小学五年ぐらいだったはずだ。矢坂の妹が飼っていたハムスターに噛まれた。名前はポテト。ひげを引っ張ったり、腹を突きまくったわけでもない。ただたんにそのポテトの機嫌が悪かったに違いない。そうして、乗っけていた左手の薬指をガブリとやられた。ショックだったが、私はかすかな知識で狂犬病を気にかけながら止血していたのを覚えてる。
今まさに人狼がハムスターのように思えてくる。痛みと言える痛みなんて感じない。私には、巨大で強くても、ハムスターほどの脅威ではなかった。
違いは、愛すべき動物かどうか。私が攻撃したから、人狼が攻撃し返すのが普通だと思う。こちらが手を出さない限り動物たちは攻撃などしてこない事がほとんどだ。だけど、人間が何百年にも渡って動物を虐げてきた結果が、この人狼と言われても私は不思議に思わない。ドードーが今まさに蘇って、人間たちを食い漁っても不思議には思わない。
この人狼を殺してもいいと思えるのはそういう事からの結果だ。
足首を切り飛ばし、バランスが崩れたところで左胸か頭を刀で突き刺す。日本刀は貫通力にも長けている。人を斬る道具だったとしても、それは恐ろしいという側面以外も持ってる。
接近戦をする私でもすべてを止めれるわけじゃない。私はただの囮なのだから、こっちに人狼が集まってくれれるだけで咲羅たちは狙いをつけられる。
だけど、銃弾が足りなくなってくる。一匹に一発という命中精度ではないのだから、当然かもしれない。地面の砂粒が銃弾に変わるならどんなにいい事だろうか。弾幕を張っても、有り余るほどの弾数だ。
咲羅はリュックから銃を取り出して、矢坂のほうにも投げる。私は出来るだけ、足を切り払って、余裕があれば息の根を止める。
言葉を交わしたのはもうずっと前の気がする。「ブラッディアウト」が起こったのは何時間前だろうか? もう数日経った気もする。
「そろそろさぁ」大声で背後の二人に聞こえるように私は言った。「減ってもいい頃だと思わん?」
このまま日常に戻ったら、精神が崩壊しそうな気がした。でも、どこかでそんな感じがあった気がする……。
「そうねぇ」
背後から鈴の音のような声が聞こえる。
「確かに多いわ」
銃弾がいくつか頭をかすめたのにも私は驚きもしなかったのに、アサルトライフルを持っている咲羅にはかなり驚いた。どうやってそんなものを持ってきたのだろうか。
「この倍が来たら、銃弾は尽きるわ」
尽きた時、咲羅たちを守る武器がなくなる。素手で戦う事なんて出来ない。
「必要とあらば使って」
私は自分の日本刀を咲羅の足元に投げる。刀も銃も長所と短所を兼ね備えてる。私は刀を選んだが、咲羅たちは――それしか選べないとしても――銃を選んだ。そのほうがいいと私は思う。相手を殴るか蹴るかの違いかもしれないが、銃で倒すほうがよっぽど楽だ。体力的にも精神的にも。
咲羅の精神力はズバ抜けてるのはよく知ってる。理由はわからないけど、心がもとから強いのかもしれない。それに矢坂はよくやってる。映画だからかもしれないけどよく危機的状況になると泣き叫ぶ大人だっているのに、あいつは泣き言一つ言わない。
咲羅は目を見張ったが、足で日本刀を寄せた。
「ありがたく使うわ」
咲羅の目にはまだ未来を見据えている光がある。一パーセントでも生き残れる可能性があると信じてる。
人間は生きれる可能性があるならどんな絶望的状況でももがいてもがいて、その可能性を掴み取ろうとする。絶対的に死ぬしか道が残されてない状況なら、それを受け入れる。そう聞いた事がある。こんなたとえは出したくないが、9.11の時もそうかもしれない。
今もそうだろうか? そうなのかもしれない。だけど、それを信じれなくなった時、私たちは死に絶えるんだろうか……。
人狼の脛を足で蹴り払い、硬い大腿筋に包丁を突き刺す。まるでココナッツに棒切れを刺しているような硬さだったが、目一杯刺さった包丁の柄を私は自分のほうに引っ張った。足が引っ張られた人狼はバランスを崩し、背中から倒れたのと同時に私は包丁を引き抜いた。そして、左胸に刺す。
自信があった。日本刀じゃなくても目の前の敵を滅ぼせる。そんな気がしてた。素手で相手を殴り倒したいとも思ってる。自分の血が流れても痛くもかゆくもない。私にはそういう余裕が出来ていた。
倒れた人狼の頚骨を蹴り飛ばす。その光景ははたから見れば、絵的におかしなものだろう。非人道的かもしれない。だけど、そんな事を論じる暇なんてない。居眠り国会だってそんな暇はなくなるだろう。
予想だにしない事が起きた。
別の場所からタイヤが軋む低い音が聞こえてくる。別の誰かが逃げているのだと思ったが、白いワゴン車が校門から入ってくる。人狼を数匹跳ね飛ばし、ドリフトしながら運動場に停止する。映画のワンシーンでも見ているかのようだった。
車内から影が出てきた。遠くに見えた影は私が知っている人物である事がわかる。それも複数。リサさんを先頭に上別府と美穂が降りてきて、容赦なく銃撃を開始する。リサさんは咲羅のように日本では見ないライフルを抱えてる。上別府は両手に一丁ずつ持ちながら、発砲する。美穂は恐怖からか銃を出来るだけ体に近づけないように持っていたが、その手だけはしっかり握り締めていた。
嬉しい事だったが、戻ってきた事には抗議したかった。人狼の魔窟になるのはわかっているのにそこに飛び込んでくるなんて!
一瞬、こちら側三人は時が止まったかのように一時停止した。人狼から吐かれる生臭い白い息に意識を戻され、私は人狼の丸太のような腕を掻い潜り、背後から包丁を突き刺し、出来るだけ滑らせながら引き抜く。
( )
赤色に近い血を見たためか、メンタル面がグラッと傾いたかのように気を失いかけた。思い出し笑いみたいに笑いではないが、吐き気がこみ上げてくる。
身をかがめて、アキレス腱あたりに刃を押し込む。人狼は不安定になりながらも、私の腕を噛み千切ろうと黄ばんだ歯が並んだ顎を大きく開けて飛び掛ってくる。その口に包丁を向けて、柄を両手で握った。私の手を切り裂きながら、小さい子が割り箸を持って走り回った後の悲惨な結果みたいに人狼は盆の窪から切っ先を出していた。自分の血の所為で滑りながらも包丁を引き抜いた。人狼はゴボゴボとあわ立つショッキングピンク色の血を流して倒れた。
「助っ人の登場だぜ!」
上別府は高らかに言うが咲羅は馬鹿だと叫んだ。私も叫ぶつもりだったが、手が離せなかった。
「早くココから出ヨ!」
数が増えてきた人狼に向かってリサは銃を乱射する。




