7-6 最後の最後までいい性格のアイツ
アンジェロが出て行ったのを見送って、ヴィンセント達はまた顔を突き合わせる。
「さて、アンジェロはどう動くか」
アンジェロについては本当に埒が明かなかったので、これで埒があくはずだ。
「アンジェロはミナがジュリアスの恋人だと思ってたわけだもんな。ジュリアスにウソ吐かれてたって、不信感でも抱いてくれたらありがてーな」
クライドの言葉にボニーは唸る。
「そりゃそーなればラッキーだけど、アンジェロはどーせイタリアに帰るよね? アタシ達の居場所とか喋るに決まってるよ」
「そうよね。帰りがけに殺してしまいましょう」
メリッサはどれだけアンジェロを殺したいのかと一同はやや怯える。
「まぁ奴は放っておいて構わん。ここからイタリアまでどれだけ急いでも、人間には一日かかる。その間にまた引っ越してしまえば良い」
ヴィンセントがそう言うと、北都が口を挟んだ。
「また引っ越しか。お姉ちゃん、アンジェロと離れ離れになると思って淋しがるんだろうな。それ考えると、正直ちょっとウザい……」
うんざりした様子の北都にヴィンセントは苦笑して「放っておけ」と言った。
「どうせ奴はミナに媚びてご機嫌取りをしていただけだし、どの道敵方の人間だ。これ以上深入りせずに済むならそれで良い。私達にとってもな」
ヴィンセントの言葉を聞きながら、憂う様に考え込んで北都もオーロラを見つめる。
「アンジェロは、お義兄さんの話を聞いて、お姉ちゃんの事どう思ったかな?」
何も気付かずのうのうと暮らしているバカな女だと思ったのか、何も知らされずに悲劇に見舞われている女だと思ったのか。弟としては少し気になる所だ。
「どう思おうが奴には関係ない。それよりも、アンジェロがミナの記憶の話を伝えて、ジュリアスがどう動くかだな」
「うん、そうだね」
アンジェロはミナの記憶の事をジュリアスに伝えるだろう。ジュリアスは折角苦労して成りすましていたのに、それをパァにされたのだ。一層怒り狂う事だろう。
確かにアンジェロがミナをどう思おうが関係ないが、アンジェロは上司の恋人だと思っていた。だが違った。しかしそれでもジュリアスがミナを求めているのは事実だ。ならばアンジェロは、再びジュリアスと共にミナを奪いに来るだろう。結局アンジェロとも敵対する事になる。姉想いな弟としては、ミナを思うと悲しくなるのだった。
(とかなんとか、今頃伯爵たちは思ってんだろうな)
翌日の夕方、アンジェロはせっせと荷物を詰めていた。吸血鬼たちが自分をどう思おうが知ったことではない。自分の役割は果たした。しかも生きている。ならば後はさっさとおサラバすればそれで良いのだ。ふと、視界に紫色のモノが映る。
(おっと、これはいらねーな)
手に取ってぽいっと床に放り投げ、スーツケースの蓋をしめた。スーツケースを持って居間に降りて、いつも通りの営業スマイルでご挨拶だ。
「短い間でしたがお世話になりました。このご恩はいつかお返しいたします」
その挨拶にヴィンセントはロクに見もせずに「さっさと出て行け」とヒラヒラと手を振り、メリッサは「仇で返さないで頂戴ね」とジト目で見ている。二人の随分なご挨拶に、アンジェロは爽やかに笑い返して別れを告げ、物置からスノーモービルを引っ張り出してスーツケースを乗せ、さっさと出て行った。
時折荷物の様子を確認しながらスノーモービルを走らせる。雪深く標高の高い山の風は、肌を切りつけるほどに冷たい。それでもアンジェロの気分は高揚していた。
ミナはクリシュナの記憶はないし、ジュリアスの恋人ではないから気を使う必要もない。つまり、さっさとここから離れればそれで勝ったも同然である。
(やっと解放された! 俺は俺の好きにする! 俺は自由だ!)
のヒャッハー状態である。
それを見送って、全員でつく溜息は安堵の溜息だ。厄介者がやっと消えてくれた。悩みの種が、しかも巨大な種が消えてくれたのだ。有難いことである。
アンジェロがどんなに急いでもローマまでは1日以上かかる。何しろこの山の標高はかなり高く、スノーモービルを使ったとしても麓まで数時間かかるほどだ。ジュリアスは何かしらの準備を整えているかもしれないが、それでも猶予はある。ヴィンセント達はゆっくりと荷造りをすることにした。
「起きてきたたら、ミナはアンジェロがいなくて淋しがるかもね」
「そうね。でも、悪い男に引っかかったと思えばいいのよ。いい薬になるわ」
メリッサとボニーがそんな話をしてから数時間後、クライドがキョロキョロウロウロしている。
「クライド?」
「なぁ、ミナ見てねぇ? さっきからずっと探してんだけど、いないんだよなぁ」
そう言われて、ヴィンセントはミナの所在を探ってみる。
「……」
「どこにいるんだ?」
「……意識がないと所在はわからない」
「つまり?」
覗き込んだメリッサに、ヴィンセントはイライラした様子で尋ねる。
「私はよく見ていなかったのだが、アンジェロは出る時荷物を持っていたか?」
言われて思い出すと、荷物を持っていた。ここにきてまだ4日で、麓で買い物をしたとはいえ、手ぶらでやってきたアンジェロに、大して荷物などあるはずがない。
「あのスーツケース!」
思わずメリッサが叫んで、ヴィンセントは苦渋の表情を浮かべている。小柄なミナなら、スーツケースに入ることもできるだろう。上司が吸血鬼のジュリアスなら、吸血鬼が薬品に弱いことも知っていたはずだ。そうしてまんまとミナを連れ去ってしまった。
「早速恩を仇で返したわね!」
「最後の最後まで……あの野郎」
最後まで仕事熱心でいい性格だったアンジェロ。今頃伯爵はまた頭を抱えているのだろう、と想像して、アンジェロは一人ほくそ笑むのであった。




