7 温もりのある食卓
二階に上がり、灯りの付いた部屋へと入ると、その部屋はお腹を空かせるいい匂いが漂っていた。
食卓にはすでに、眼鏡を掛けた彩乃が椅子に座ってスマホを見ていては、歩奈が何を見ているのかと口をポカーンと開けながら覗いている。
ふたりの目の前には晩御飯の用意がされている。歩奈はお箸を持ち、たまに目の前の食卓へと視線を向けては、早く食べたそうにしていた。
「宮代さん、ここ座ってください」
おたま片手に背を向けている綾人が視界に入ると、彩乃から声を掛けられる。
言われるがまま席に座ると、彼女はスマホを手放し、早速しゃもじを手にご飯をよそおうとしてくれていた。
「自分で──」
「大丈夫です、私がします」
行動する前に手で制止させられる。
そよいはそれでもと、動くことはなかった。どこかうれしそうな彼女の姿に、甘えさせてもらうことになる。
座って待つとなれば、点いたテレビを見るか、自然と用意するふたりを追いかける。
彩乃と綾人からは自分たちで用意するのが当たり前のように動いていては、たまに小突いたり意地悪したりと仲の良さが窺える。
周りのクラスの人は悪態を吐く人が多い。邪魔だのなんだの耳にすることがあった。
嫌いというのも好きのうち。そうかもしれないが、そよいの家庭では見られない光景ではある。一人っ子だから。
「宮代さん、これくらいでいい?」
「大丈夫」
「おはしです」
「ありがとう……」
綾人と彩乃によって目の前に料理が並ぶと、歩奈も手伝いたかったのかお箸を手渡ししてくれる。感謝の言葉を送れば、歩奈ははにかんだ笑みを浮かべ逃げるように席に戻る。
食卓には、綾人が言っていたように肉じゃがが出てきた。そちらを主菜に、白米と、豆腐と油揚げの味噌汁。副菜には金平牛蒡とプチトマトが小皿で用意される。
「おかあさんはいつ帰ってくるの?」
「今帰ってる途中だから、先に食べるぞ」
「じゃあいただきまーす」
向かい側に歩奈が座り、その隣には彩乃。そよいの隣には綾人が座ると、三人は手を合わせいただきますと口にした。それを見て、自分も手を合わせ小声でいただきますと言えば、味噌汁から手を付けることにする。
他人の家で、そして他人が作った料理。味の合う合わないがあるかと思ったそよいだが、すんなりと喉を通っていく。
自身と同じで味は薄め、使っている味噌は違うと感じるも、こちらも口に合う。
肉じゃがなんて、作った覚えがないと振り返る。じゃがいも、人参と口にするとしっかり味が染みているのを感じる。白米もいっしょに口にすればご飯が進み、金平牛蒡も塩梅の効いた甘辛さ。いつもより手が進んでいるようだった。
目の前の料理に手を付けていると、ふと綾人と目が合った。
なぜか見られている。そよいは恥ずかしいため料理だけを見ていると、彼から投げかけられる。
「味、大丈夫そう?」
その言葉には素直に頷く。
豆腐を口にしながら少し盗み見るように視線を向けると、再び目が合った。と思いきや、彼が逸らし、何とも言えない顔を浮かべていた。
「……美味しいです」
「……それはよかった」
言葉にしたほうが伝わりやすいか。そう口にしてみるも、今度は戸惑ったような顔をされてしまう。
難しい。伝え方が下手だと自覚しているため、あまり良くない印象を与えているかもしれない。
だからこそ、彩乃の言葉にはドキリとしてしまい、一瞬、身体が硬直してしまう。
「なんかキモい」
「なにがだよ。お前だって自分が作ったら気になるだろ」
「違う、デレデレしててキモイ」
「どこがデレデレだよ。そもそも可愛い女の子に言われて照れない人間がどこにいるんだよ」
「……それもそうか」
「だろ」
ドキリとしたのは二度。お箸を持っている右手が少しぎこちなく動いてしまう。
さらっと口にした彼はというと、何も気にしていない様子であった。
「? おにいちゃんはキモいでいいの?」
「よくできました。お姉ちゃんは歩奈に花丸をあげましょう。国語の読解力満点!」
「歩奈、お姉ちゃんの悪い言葉を使うな。お兄ちゃんはうれしくない。あ、行儀悪い」
歩奈はにっこりと笑い、彩乃は意地悪そうな笑顔を返す。
その時、お箸で掴んでいた人参が、ころん、と机に落ちてしまうと、歩奈は手で掴んでしまい口の中に放り込む。綾人が目で、ダメでしょうが、と訴えるも、満面の笑みを返されては呆れていた。
「宮代さんって、ここに住んでくれるんだよね」
生暖かい視線と言うべきか、今度は彩乃からじーっと視線を向けられる。
「お前の面倒を見るために住んでくれるんじゃないからな?」
「わかってるし。でも、私的には宮代さんに住んでほしい。絶対に受かっててほしい」
期待するかのような表情を見せる彩乃が、そう口にした。
住んでほしい。そのような言葉を聞くことができると、どういった理由で好意的に受け取られているのか気にはなるそよい。住まわせていただくからには、耳にしたかったが、
「理由は?」
「お兄ちゃんよりお姉ちゃんが欲しかったから」
かなりあっさりとした回答であった。
唐突にお姉ちゃんなんて言われても、何とも言えない感情ではある。そんな大層な人になれるとも思えないのが、今の心の内だから。
迷いもなく言った彩乃は、本当に兄よりも姉が欲しかったらしい。そよいに向ける笑顔は柔らかく、ジト目を送っている兄を無視していたから。
兄はと言うと、もういいやと諦めたのか自然な笑顔で末っ子に訊いた。
「歩奈はお姉ちゃんふたりより、お兄ちゃんがいいよな?」
「どっちでもいい」
味方を付けたかったのだろうが返り討ちにあっている。歩奈の率直な言葉に彩乃は吹き出し、綾人は真顔で歩奈にこう答えるんだと指摘している。
失礼ながら、そよいは小さく笑ってしまったような気がした。
「まぁ、シスコンお兄ちゃんは置いといて試験どうだったの? 合格できんの?」
「誰がシスコンだ。……どうだろうな。筆記良かったとしても内申点がな」
「あぁ、内申点がねぇ。公立受からないとお金がパラパラ、しくしく。お母さん泣いちゃう」
「不合格だったらマジで胸が痛くなるからやめろ。宮代さんはどうだった?」
「あんまり、自信はない」
ここで自信があるとは流石に言えない。ただスムーズに解けていた気はしている。
国語に関しては、漢字はもちろん間違えるわけにはいかないし、文章問題は得意な方。数学も計算問題に証明、確率と。理科や社会の暗記は少し躓くところもあったけれど、英語は一番詰めて勉強してきたので出来ていると信じたい。
しいて言えば、スペルミスが悲惨なことになっていなければ、おそらく大丈夫である。あくまで模試ではあるが、判定も良いほうであった。
あとは、願うだけ。
「でも受かってるといいですね。てか受かっててください、お願いします!」
「受かっててください!」
三原姉妹がお箸を持ちながら手を合わせ、願っている。
その姿を見ては、綾人はにっこりと笑った。
「受かってたら、お母さんが内緒で買ってきてるマカロンでも買ってきてやろう」
「マカローン!」
「受かんなかったら潰す」
おかしいだろ。彩乃の圧ある言葉にそう綾人が突っ込むと、皆が笑っていては、会話は一度終えて料理に手を付ける。
点いていたテレビから流れる音声に、耳を傾けながら食事をしていると、歩奈が気にするかのようにこちらを見ていたので、どうしたのかとそよいは目を合わせる。
すると──
「そよいお姉ちゃんも受かってますように」
「……ありがとう」
祈るように両手を組んだ歩奈から、真っ直ぐな目を送られては自然と口にする。あまりの可愛さに、送られた視線は、途中で逸らすことになってしまった。
長男、長女に見られているのが少しばかり恥ずかしい。それでも、幸運が訪れそうな天使の言葉には、うれしかったそよいであった。




