6 薄れていく靄
本日も三話分投稿してます。お願いします。
一階の部屋へと案内されたそよい。緊張の糸は未だ張ったままで、見知らぬ場所にいるためかひとりの空間に居ても寛げる状態ではなかった。
言葉通りに驚いた。まさか同じバス停で降りた人物が三原綾人だったとは。それに加え辻褄が合った。どうして受験校が同じはずなのに、同じバス停で乗ることがなかったのか。
予想していなかっただけに、彼が家から出てきたときは驚きのあまり固まってしまった。だけど驚いたのは向こうも同じようで、受験といった気遣いから自身の事を伝えておらず困惑している姿が見てとれた。
それならよかったと思える。もし、昨日からここに泊まりに行っていたら彼を困惑させ、あまつさえ受験への影響も大きく左右させたのかもしれない。受験校が遠いことから茅島の叔父さんに誘われていた内容だった。けれど、ほっとしたため息は彼女の気持ちの表れであった。
事前に届けていたキャリーケースから物を出し終えると、スマホから着いた旨をメッセージにて送っておく。既読がすぐに付けば向こうからも返事が。それに対しても一言で返しておくと、そよいはキョロキョロと周りへと視線を移す。
大きな家、とは思ってはいたけれど案内された部屋も予想していたより広い部屋。泊まらせてもらう部屋にしては豪華であった。それに併せ、先ほどのダイニングと思わしき部屋と同じ広さと言ったことに関しては、少し心苦しいと思ってしまう。この部屋を使わせてもらって、本当にいいのだろうかと困惑してしまう。
一度部屋を出ると、廊下ではなく一階のリビングに顔を出すことになっては、目の前のテレビが視界に映る。
テレビを見ていいなんて言われたけれど、この時間帯に何かやっているのだろうか。そもそもの話、気が引ける。まずは綾人から手渡しされたチョコを口の中にパクリと入れてしまう。
最初に食べたとろけるような甘い味わいとは違い、少し苦味のあるチョコを口の中で転がしていく。しばらくして、ボール形状のチョコは口の中で割ってしまうと、中に敷き詰まったチョコソースが口の中で広がり心が満たされていく。
初めて食べたチョコにどこのだろうと気になっていると、モモがてくてくと足元にやってきてはこちらを見つめてきた。
毛並みがもふもふしていて可愛い。そんな印象と手触りからもう少し撫でたいとは思っていた。それに目の前のつぶらな瞳の前では触りたい欲求を抑えることはできず、さらにお座りまでされてしまっては無視をできるはずもない。そよいはやさしく撫でてあげると、モモは大人しく受け入れてくれる。
犬どころかペットは家で飼ったことがない。住んでいる家が禁止でもなければ、飼いたいと思ったことは、彼女でも一度くらいはある。
それに、こうして触れていると欲が出てしまうもの。
もし、合格しているなら。もし、ここで三年間本当に住むのなら。ちょっとした不安はモモがいることにより少しは解消されそうな気がした。
体勢が辛いため、一度カーペットに腰を下ろしてはモモを撫で直す。
頭や首元を撫でてあげると、たまに目を細めては気持ちよさそうにしている。
そんな表情を見てしまえばさらに撫でたくなり、今まで抱えていたものがほんの少し軽くなっては、心が浄化されていく。
『お前、まじで調子乗んなよ……!』
ふとした瞬間、思い出してしまっては、心が沈んでいく。
『宮代って全く笑わないよね。ほんと顔だけが取り柄でしょ』
『そう? 一応勉強できるほうじゃない?』
『って言っても、~君と比べたら全くできてないでしょ。あと、~ちゃんとかさ。平均より少し上なだけじゃんか』
『いや、そもそもの話、愛想悪すぎなんだわ。目も合せないし俯いてばっか』
『それなー、まじ陰キャ。顔整ってんのが余計ムカつく』
『羨ましい限りだよ、普通に座ってるだけでモテるとかさ。──あっ、だけど先輩にガチギレされてたよね』
『そうそう、あれはすごい騒ぎでしょ。カップル破局させる力あんのやばすぎ。まさしく魔性の女だわ』
『うわ、なんかピンとくる言葉。トラブルメーカーって感じてたけど、魔性の女はしっくりくる』
『やっぱ嫌われるけど、宮代になってみたいよねぇ』
『私もー。あとは上手く立ち回ればいいだけだしねー』
『それはそうでしょ』
『いやいやいや、三人ともまじ? 笑いもしないのに?』
『『『そこだけはいや』』』
皆が笑い、そのあとも仲の良い会話は続いていく。
思い出したくもない出来事に気持ちが沈むと、ここに居たい、そんな思いが募っていく。
逃げることができるのなら、どこでもよかった。そんなことから、ここに居たいは嘘かもしれないとそよいは顔を俯かせ、迷惑をかけてしまっているとより表情が曇っていく。
茅島家に三原家、それと、親にも同じことであった。
(……)
背中からやさしく包み込まれる。
そんな感覚に懐かしさを覚えると同時に違和感を覚えてしまう。
自分は何をしていたのか。
公立の受験を受けた。お世話になるだろう家に訪れた。そしてモモを撫でまわし、部屋に戻れば瞼を落とした。
最後の言葉を皮切りに──目覚める。
「お、おはよう」
慌てて起きあがるそよい。
すると、目の前には綾人が両手を挙げながら驚いた表情で立っていた。
どういった状況になっているか、それは肩に掛けてくれただろう毛布を手に取り理解する。
人様の家でやってしまった。内心落ち込んでしまいそうだが、彼がわざわざ膝を付けて目線を合わしてくると、そのような暇はなかった。
「神に誓って何もしてません」
「……ごめん、寝ちゃってて」
未だに手を挙げたまま弁明する綾人に対し、そよいも似たような返答。癖となってしまっている言葉はさておき、彼がどうして難しい顔をしているのかはわからない。
自身が悪いはずなのに。
「いいよ、俺も受験終わりで疲れてるし」
「……呼びに来てくれた?」
「そう。晩御飯できたけど先に食べる? それともお風呂にする?」
「……」
「それとも……それとも? ……いや、そういうあれで言ってない、絶対。……ごめん、忘れてほしい」
耐えられなくなったのか、顔を伏せる綾人を見ているとそよいも遅れて理解してしまう。
特にそういった話で黙っていたわけではない。どうしようかと考えていただけ。
しかし、その間が彼の気まずそうな表情へと変えてしまっては、そよいの頬までも赤く染まってしまう。そういった考えに至ったのは、彼が口にするからであった。
「ど、どうする? ご飯、食べる……?」
「……ご飯食べます……」
互いに視線を合わせられず、気恥ずかしい空気の中、どちらも立ち上がれずにいられる。
動き始めるのは、やはり彼から。
「モモを捕まえろー!」
すると、光差し込むリビング方面から突如としてモモが飛んでくる。それは、流れるように彩乃もこの部屋へと飛び込んでくると、綾人がゆっくりと立ち上がり、ため息を零しながら電気を点けた。
「おい、ここで遊ぶな」
「待てーい!」
柑橘系の香りを漂わせる彩乃からは、お風呂上りだろうと伺える。顔を火照らせ、青一色単の寝間着姿に着替えていては、楽しそうにモモを追いかけ回す。
広い部屋なだけにいい遊び場になっているよう。もしかしたら、そよいが来る以前はそう言った場になっていたのかもしれない。彩乃が捕まえることができたのは、ベッドの上にモモが乗ってから。滑り込むようにダイブすれば、撫でてあげ、そのまま捕まえていた。
倒れ込むように寝転んだ彩乃はそのままモモを撫で続ける。だらけ切った表情と体勢からは、彼女の疲労度を表しているよう。それでも、モモを胸元へと抱えながら二転三転と回転し、たまに抱き寄せて。頬が緩み切ったその顔は幸せそのものだった。
「よしよし、お前はかわいいなぁー」
「突撃ー!!」
「──おえっ!! お姉ちゃん潰れる……」
「お姉ちゃん、お腹ポンポン!」
「歩奈……ちょっと退いてあげようか。お姉ちゃんまじで死んじゃうから」
同じくお風呂に入っていたのだろう歩奈も参戦すると、騒がしい部屋に様変わり。三原三兄妹のやり取りを見るや否や、起きたばかりの脳では遠い目をするかのように見守ってしまう。
先ほどとは言えないが、振り払われるかのような、そんな光景に心が和らぐ。自身の家の静けさとは違った感覚であった。
「起きたの? そよいさん」
意識がぼんやりとする中、初めて聞くような声に後ろを振り返ると、この部屋をのぞき込むようにしてひとりの女性が顔を見せていた。
茅島の叔母さんであった。
「こ、こんばんは」
「こんばんは。お腹空いたでしょ、早く食べておいで。彩乃も歩奈もお兄ちゃんが怒っちゃうよ」
「「は~い」」
「お父さんも帰ってきてるから、あとで顔だけでも──」
「こんばんは」
茅島叔母さんから明るい声音を耳にすれば、素直なふたりは返事をしてはこの部屋を出ていく。
そんな彼女たちと入れ替わるように、今度は茅島の叔父さんが顔を出した。
「いらっしゃい。迷わず来れましたか?」
物腰が柔らかい印象を受ける茅島叔父さんに、明るい笑顔を見せる茅島叔母さん。このふたりとはすでに面識があったため、自己紹介は済んでいれば茅島叔父さんの言葉には「大丈夫でした」とそよいは頷きながら答える。
「それはよかった。どうぞゆっくりしていってください。それと綾人たちとモモとも仲良くしてあげてください」
「は、はい。お世話になります」
お辞儀をしながら感じるは、心の中の靄が少しは晴れていく感覚であった。嫌なことを思い出していたけれど、少し寝ていたこともあってか気持ちが楽になっている。
お腹が空いた、そう感じれば部屋に残っていた綾人に付いていく形で、二階へと上がった。




