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1 現状


改稿作品です。題名、あらすじの変更も行っての投稿となります。

マイペースな投稿頻度となってしまいますが、よろしくお願いいたします。




「各自鉛筆を置いてください。答案用紙を回収するまで席を立たないでください」


 チャイムの鐘の音が鳴ると、教壇に立つ女性教師が柔らかい声音で言った。


 一面雪景色のなか行われた高校受験。この日のためにと挑んだ問題に対し、悪戦苦闘を強いられた受験生たちは、頭の中の靄を吐き出すかのように小さなため息を漏らしていた。


 そんななか、颯爽と教師たちが答案用紙を回収していけば、不安ながらも視線で追いかける。中には念じていたり、落ち着かないかのように机を見つめたり、天井を見上げたり、問題用紙を確認していたり。

 様々な心境が伺えるのはこれまでの過程が垣間見え、教科書に問題集と向き合ってきた証。全ての教科が終わった今でも、変わらない緊張した面持ちであった。


 回収し終えた教師たちは、そんな子どもたちの姿に笑顔でいる。

 それをどう受け止めるかは、人それぞれであった。


「──はい、皆さんお疲れさまでした。この教室から退出しますので、忘れ物はせず気をつけて帰ってください」

「終わったー!!!」


 労いの言葉と共に、ひとりの受験生が今までのストレスを発散させるかのように叫んでみせた。

 気持ちは理解できよう。ただ、目立ってしまえば教室内には静寂が訪れる。


 周囲の視線を集める受験生は、掲げていた拳を静かに下ろす。

 見つめる他生徒は呆気に取られる。


 このまま、誰もが無視する形で帰るのだろうか。そう思われるも束の間、クスクスとひとりが笑ってしまえば次々と伝染。張りつめていた教室の空気が解れていくこととなっていた。


 今更ではあるが、各々が生き生きしていた。ようやくと言った思いで、受験という名の檻から抜け出すことができたから。


 そんな他教室の状況の中、ひとりの少女は席に座ったまま、外の景色だけを見つめている。廊下から響く朗らかな声が耳に届いているものの、目に映るは真逆の感情。遠くを見るかのように、想いを馳せていた。


 現状の出来事と照らし合わせれば、心は苦しむ。積もりつつある雪は、冷え切った気持ちを表すかのように圧し掛かる。溶けてしまえば定着してしまい、抱えてしまう。

 目にする灰色の空は希望と不安がないまぜに映し出され、行き先が見えない周囲は、踏み込む勇気が存在するのか試されているよう。


 笑顔で佇んでいる遠くの人物。望んでいたものは現実にて失っている。


「帰れますか?」


 優しい声音を聞き取れば、我に返り、周囲へと視線を移す。


 閑散とした教室の中、ひとりだけ居座っている。それは声を掛けられるであろう。様子を窺っている教師に対し、視線を逸らして頷けば、少し急ぎ教室を後にする。


 靴を履き、マフラーを巻き、手袋を身につける。

 昇降口にて佇めば、目の前の景色を見上げては願う。


(合格していてください)


 足取りは重く、孤独な背中。

 託す思いは苦しい悩みであった。



 ────────────────────────────────



 中学三年、二月。宮代(みやしろ)そよい、十五歳は、人生初となる高校受験を今しがた受け終えていた。


 春へと切り替わっていく日にちにて迎えた降り積もる雪の中、教室でカリカリと鉛筆を走らせ、問題文と解答を見直し、チャイムの鐘の音が鳴ると担当の先生等が答案用紙を回収。

 誰もが肩を降ろしたり、背もたれに背を預けたりと息を吐き、張りつめた空気の中からようやくの思いで解放されていた。


 そんな誰もがストレスを発散させるかのように下校する中、彼女は足取り重く歩んでいる。舞い落ちる雪は彼女の孤独を際立たせる。続いていく雪道を辿るたび、これまでの痛みが心を刺していく。

 自然と後ろを振り返るは、先ほど受験した高校。それは、自身の家からだと通うことが難しい、遠方の距離にて存在する公立校であった。


 目の光が薄く、張り付いた顔、棒線を引いた口元に、俯いた視線。見るからに話しかけづらいと、第一印象を持たせてしまう、そんな彼女は決して無愛想な子ではなかった。


 小学生の頃は仲の良い友達と笑い合えば、中学の滑り出しでは学年内で注目される人物でもあった。女子からはよく話しかけられる。美容やお洒落、見ているドラマやSNSの内容と、最初は笑顔で話しかけてくれていた。男子からは遠巻きではあるが、視線を感じていれば、好意的な意味で耳にすることも屡々あった。


 そんな周りにも恵まれているような子は、とある日をきっかけに笑顔が消え去っていた。


 無邪気な小学校時代。その中学年となる時期から亀裂が走る。いつもと違う朝を迎えれば、ひとりで学校に向かい、正門を潜り抜ける。教室へと入れば一部のクラスメイトから視線を感じ取り、身の回りで起きた噂を訊かれてしまえば、ゆっくりと心を締め付け、笑顔を消し去っていく。

 自身の心中も整理できていないのに、周りからの無意識なる言葉に心が傷つけられる。


 その噂は一時で終わりはした。それでも、進級していくにつれ、悪化の一途をたどっていくことになる。


 教室の隅で耳にした、刺さるような陰口。思い返す帰り道の中、そよいは笑って切り替えようとするも、頬が強張っていることに違和感を覚える。


 どうしてだろうか。その疑問に対し、真実を目にしたくはないと、どこかで答えを知っている自分もいたのは彼女自身よく覚えている。

 家に帰宅すると、洗面所に向かい、手を洗う。恐怖心を抱えながら向き合うと、鏡に映る自分から目を逸らした。無表情だった顔に嫌気が差せば、笑えないといった現実を突き付けられた。


 それ以降、クラスでの会話はぎこちないものとなってしまう。ほかの子たちが笑って聞いている話に、顔はピクリとも動かない。同級生の話に愛想笑いすらできない。


 面白くない? そう問われると、面白い、と思ったまま口にするも誰も信じてはくれなかった。相手からしては、聞いていない、面白くないのだと、抑揚がないように感じられる声音からも悪い方向へと受け取られ、いつしか突き放される。

 それは異性から告白されてしまえば、とばっちりも受けるようになってしまい、感情までもが蝕んでくる。


 笑顔を失った彼女には、周囲の声が遠く響き、居場所を見失っていく。そのたびに、誰かの視線や小さな噂話が心に重くのしかかってくる。


 家では親を助け、家事や勉強を淡々とこなし続けた。本当は弱音を吐きたかったが、それすらも許されないと、自身で歯止めを掛けることになっている。


 色艶のある藍色の髪に端整の取れた顔立ち。何事もそつなくこなし、気遣いのできるやさしい性格。そんな外見や振る舞いが、かえって彼女を孤立させていく。


 周りは呟いていく。容姿がいいから、なんでもできるから。


 なら、人間として悪口ぐらい言われるのは当たり前だよね?

 それほどのものを貰っているんだったら、少し我慢すればいいもんね?


 その言葉の一部が脳の片隅に残ってしまえば、もう逃げてしまえばと踏み込んでいた。


 このような経緯から、遠方の高校を受験していたのは、同級生と顔を合わせたくなかった、それが理由のひとつでもあった。


 雪道を進みながら、そよいは歩幅を少し大きくする。


 この行動が正しかったなんてわからない。もっとうまく立ち回れていたら、こんなことにはなっていない。愛想よくできていれば、ここまでの痛みを負わずに済んだだろう。


 ……そんなこと、自分自身が一番理解している。


 だからこそ、自身が変わるきっかけにもなればと微かに思い、この一歩を踏み出したのが今の彼女の現状であった。



本日三話分投稿予定です。お願いします。

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