9-11.安定性
戦闘が明けての翌朝、クホート地方に派遣されたカザック騎士団のうち、騎士団第一小隊に所属する者たちは高原の朝特有の冷たい風を凌ごうと、炎の近くに身を寄せ合う。
「メッセン小隊長、夏だし荼毘に付して連れ帰るそうですよ」
「奥方は余計悲しまれるな……」
「あの状態で遺体があっただけ奇跡だろう……」
「フィルだろう? もう駄目だと本人が言っても置いていかなかったって」
「ポトマック副団長には叱られていたがな、一緒に死ぬつもりだったのか、と」
「『自信があったからやった』 そう言って余計怒られていましたね」
「いい奴だけど……危なっかしいよなあ、相変わらず」
オッズの呆れを含んだ溜め息に、全員が苦笑と共に頷いた。
壊れた砦の瓦礫の向こう、北側諸国との国境になっている山脈が、朝日に照らされてオレンジに輝き始めた。
周辺には兵士たちのテントが張られていて、そこかしこから賑やかな話し声と朝餉の匂いが漂ってくる。
合間からフィルが姿を現した。小隊全員分のパンを両手に抱えてこちらに向かってくる。アレックスはスープ鍋を持ってその横に並んでいる。
「アレックス、戻ったな……」
ボソリとヘルセンが呟き、イオニアが顔を顰めた。
「あいつ、なんかやらしたのか」
「いや、指揮は相変わらず見事だった。奇襲を受けて退却したのに一瞬で立て直して、その後の平地での白兵戦で四倍の兵を相手に快勝した。あれ以上の戦術なんて他の誰にも考えつかない」
応じながらヘルセンは眉根を寄せた。
「そうじゃなくて、空気がおかしかったというか、以前に戻ったというか……俺たちですらおいそれと話しかけられる雰囲気じゃなくて、味方の兵士にいたっては完全にビビってましたね」
ザルクの言葉にヘルセンも頷いた。
「補佐から伝令が来て、メッセン小隊長の話を聞いてからは一段と酷くなってな。明らかに空気がおかしいのに表情にも指揮にも一切変化が出ないから、痛々しいことこの上なかった」
「でも、あれ、俺たちの気のせいじゃなきゃ崩れる寸前でしたよ。砦に敵が入っていくのを見た瞬間とか、特にひどかった気が……」
第一小隊員たちが見つめる先では、二人がチラパ峠の警備隊員に話しかけられて立ち止まり、パンとスープを分け与えながら何事かを話して笑っている。
「……あれで結構危ういんだよなあ。よく忘れそうになるけど、よくよく考えりゃまだ十九なんだし……」
顔の片側を歪ませて呟いた後、オッズが「アレックス、腹減ったっ、スープが冷めるっ」と叫んだ。
「すぐ行く」
アレックスがこちらへと顔を向け、表情を緩める。穏やかな声と柔らかい微笑に、四人の間に沈黙が落ちた。
「……考えてみりゃ、すげえ変化だよなあ」
気分はすっかり親、というような顔でイオニアがぼやいた。俺と組んでた時は考えられなかった、と。
「ガキのくせにいつだって冷静沈着。怒ることどころか、笑うことだってあんまなかったのに」
「本人はなんにも言わないけど、どう見たってフィルの影響、ベタ惚れもベタ惚れだもんなあ。最近は以前にも増して、だし。ほんとわかりやすい」
オッズが苦笑する。
「女で変わるとはよく言いますけど、あのフィルが女に見えるアレックスも相当いい神経してますよね」
ザルクの言葉にヘルセンが笑った。
「アレックスには見えるだろうさ。瓦礫の中で合流した時、フィルの動きも硬くておかしかったのに、アレックスの姿を見た途端のびのびとし出した」
「つまり……いつもどおり? いや、以上?」
「強いなんてもんじゃなかったぞ。アレックスもフィルとだと途端に動きが大胆になるからな。昨日だって二人だけで戦線を押し返していた」
「フィルも普段はともかく、戦闘中は上手くアレックスのフォローするもんなあ」
「普段はともかくな」
「普段はあれだからな」
抱えた腕の中からパンが一つ転げ落ちた。フィルは「よっ」と言いながらそれを足で蹴り上げ、腕のパン山の中に戻す。そして得意そうにアレックスを見上げ、それでアレックスが吹き出した。
「くくくく、ほんっとに色気がねえ。可愛いとは思うけどさ、どう考えたって手のかかる弟、一万歩譲っても妹だよなあ、あれ」
オッズが肩を震わせて笑い、それに他の三人も笑いながら同意を示す。
「十七だったか。確かに色気は見事にない」
「付き合ってるとか、まだないでしょうねえ」
「あってあれだったらアレックスの先行きが不憫すぎてさらに笑えるけどな」
アレックスは遠目ながら、騎士たちの様子に気付いたらしい。顔を微妙に引きつらせる。
「二人ともお使い、ご苦労さん、朝飯にしよう」
「お、ヤギの燻製肉のスープだ」
気にしないでわらわらと二人に近寄っていく他の三人を眺めてから、イオニアは「それにしてもウェズにどう報告したもんかなあ……」と一人ごちた。
「あいつ、結構過保護なんだよなあ、あれでいて」
もう長い付き合いになる、自隊の小隊長を思って、イオニアは頬をかく。滅んだ少数民族出身ということもあるのだろう、彼は身内とみなす人間にものすごく情が篤い。アレックスのこともフィルのことも、全力でからかう一方で、陰では『不安定だ』とひどく気に掛けている。
「……」
(まあ、かくいう俺も人のことは言えないか……)
仲間から数歩遅れて彼らに近寄れば、イオニアと目をあわせてフィルがにこりと笑った。思わず片眉を跳ね上げる。
(こいつ、たった一日前に死にかけてたってのに、もういつも通りか……)
「フィル、今蹴ったパンは責任持ってお前が食え」
「い゛っ」
呆れと諦めの混ざった息を吐きながら、小さな拳骨を自分よりはさすがに低い位置にある金色の頭に落としてみる。
「って、別にいいですけど、それ、そんな大した問題ですか……? 地面に落ちたわけでもないのに」
(まあ、この通りフィルは図太そうだし、多分大丈夫なんだけど)
焚火に降ろした鍋にレードルを入れ、アレックスがスープを皿によそう。
「補佐」
怜悧な表情で湯気の立つそれを差し出してきたアレックスを、イオニアはじっと見つめた。五年前、彼の入団と共に相方になった日以降、毎日のように見てきた顔に微妙に怪訝な色が混ざった。
(フィルに引きずられてアレックスもそのうち大丈夫になる……かな?)
「っ」
小さく笑いを零すイオニアの目の前。
撫でられて髪をぐしゃぐしゃにされたアレックスが、皿とレードルを持ったまま目を丸くし、フィルがオッズと共にその顔に笑い声を上げている。




