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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第8章 魔物退治
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8-16.終幕

 一行は、『ザルアの悪魔』をすべて始末し、捕らえた魔物使いを護送して、タンタール要塞に戻った。

 今はフェルドリックと、ウェズ第一小隊長をはじめとする上位の騎士たちによって、魔物使いの尋問が行われている。とはいえ、捕らえられた時点で魔物使いの精神はボロボロだったから、特に抵抗することもないだろう。魔物使いと悪魔――誰にも言えないが、フェルドリックのことだ、もちろん――なら、悪魔の方が圧倒的に強いらしい、と新たな発見にドキドキしている。


 フィルのほうはというと、あてがわれた部屋で入念に入浴を済まし、同じくこざっぱりしたアレックスと共に、白岩村の生き残りの少女たち、マリーとニッカの元に向かっていた。

「……」

「……」

 二人とも無言で、一歩足を踏み出すごとに緊張が増していく。

 要塞の低い天井の、暗い廊下の向こうに、長い、長い三日間の終わりが迫っている。



 昨日の昼前、白岩村でハフトリー辺境伯の陰謀を知らせる信号弾をあげた後、フィルとアレックスはタンタール要塞へと急いだ。

 家畜小屋の隅で息を殺していた馬を見つけて拝借したが、元々の質がさほど良くない上にアレックスはマリーを、フィルはニッカを抱えていたので通常より時間がかかってしまい、結局要塞に着いたのは真っ暗になってから。


 不安がって自分たちから離れようとしない少女たちを仕方なく連れたまま、二人はフェルドリックの元に向かった。

「遅い」

 扉を開いた直後、フェルドリックからかけられた言葉はそんなのだったけれど、まあ、彼は昔からそんなふうだ。


 それから彼は、フィルたちにしがみついているマリーたちの存在に気付いた。

 この状況で二人が小さい子供を連れてきた理由を察したのだろう、彼は顔をこわばらせる。だが、それも一瞬。

「……僕はリックという」 

 一呼吸置いたのち、彼は少女たちに柔らかく、優しく微笑みかける。

「君たちは白岩村の子かな? 名を教えてくれるかい?」

「…………お兄ちゃん、本当に綺麗、王子さまみたい」

「うん、絵本で見たの、王子さまだ……」

「じゃあ、君たちはお姫さまだね。そう、マリーとニッカというの。お腹はすいていないかい? マリー姫にニッカ姫、お菓子をどうぞ」

 そうして彼女たちの緊張をあっさり解いてしまうあたりは、なんというか……まあ、その辺も昔からだ。気が急いているだろうに、彼女たちを邪魔者扱いして無理やり引き離さないのも、彼女たちを怯えさせないために、魔物や襲撃を想起する言葉を避けて会話するのも。

 彼の気遣いに感謝しつつ、万、いや億分の一でいいから、私にも少し気を使ってくれないかな、とフィルが思ったのは、切実な余談だ。


 そのフェルドリックはアレックスの目論見どおり、信号弾が暗号だと察し、ハフトリー辺境伯が凶悪な魔物を改良して育て、フェルドリックを狙っているときっちり理解していた。

 伝書隼を使って王都など必要箇所に連絡、様々な情報を着々と揃えつつあり、矢継ぎ早に指示を飛ばす傍ら、アレックスから話を聞き出す。

「鎖が落ちていた時点で、ハフトリーにとっては不測の事態だと見ていい。焦って行動を起こすはずだ。おそらく道中待ち伏せてくる」

「なら、自軍は動かさないな。不始末の責任を取らせるのと、いざという時に尻尾切りをかねて、使い手ごと改良種を差し向けてくるはずだ。問題は数……僕を仕留めた後差し向けられるだろう国軍と立ち向かえると確信するだけの数はいたわけだ。さて、どれぐらいか」

 フェルドリックは明日の天気について話すように、淡々と自分の死について口にする。ショックを受けた様子どころか、憤りすらない。そういう立場にいるのだ、と実感してフィルは顔を曇らせる。

「プレビカの城からさほど離れておらず、かつあのサイズのものを集団で維持できる空間となれば、住民に聞けばすぐにでもわかるだろう。場所がわかれば、数の見当もつく」

 部屋の中には近衛のロンデール副団長も、騎士団のウェズ小隊長も、この要塞の長もいるというのに、彼らすらも置き去りに従兄弟同士、以心伝心に話は進んでいった。

(短時間であれだけの短い文章に、それとわからない内容をたくさん組み込んだアレックスも尊敬したけど……そんなアレックスの信号をちゃんと読んで、ちゃんと動くんだ、フェルドリック。私は説明してもらわないとさっぱりわからなかったのに……)

「……」

 取り残されたみたいで、ちょっと寂しかった。


 そうこうしている間に、ニッカが「お姉ちゃん、眠い」と言い出した。

 まずい、と思った瞬間に、斜め前にいたロンデール副団長と目が合い、真っ青になった。

 ここで彼に正面から「女なのかと」と訊ねられれば、みなに女だとばれるか疑われるかで、騎士団にいられなくなるかもしれない。

 しかも、彼の場合はそれだけではすまない。彼は既にフィルの素性を疑っているのだ。この上性別までばれれば、決定打を渡すことになってしまう。

 彼はアレックスを好いている。つまりはフィルのライバルだ。そんな彼に弱みを握られるのは避けたい。いい所の貴族だという彼から、父にフィルが騎士団にいると知られる可能性だってある。

「――ディラン、君はもういい。二人を連れて休んできなさい」

「え、あ、はい」

 助け船なのか、『お前の話はどうせ役に立たない』なのか、もしくは『体力馬鹿なんだから今は休んでこの先働け』という意図――過去に何度となく言われた――か。

 いずれにせよ、助けられたことには違いない。フィルはフェルドリックに感謝しつつ、少女たちを連れ、慌てて部屋を飛び出した。


 扉の向こうには、フィルとアレックスが無事戻ったと聞いた騎士団の同僚たちが待っていてくれた。頭をワシワシしたり小突いてきたりしながら、口々に「良く戻った」「無事でよかった」とか喜んでくれる。

(……やっぱり『騎士』っていいよなあ。祖父さまが誇りにしてたはずだ)

 彼らは普段はあんなふうだけど、ちゃんと優しい。

 フィルたちを心配してくれていたことだけじゃない。彼らはマリーとニッカの身に起きたことを知るなり、彼女たちのためにひどい怒りを見せた。

 それからすぐに優しい顔を作って、一生懸命二人に話しかけ始める。みな大柄で、厳つい顔をしているのに。

 彼らの気遣いがわかったのだろう、最初フィルにしがみ付いていた二人は、しばらくして少しだけ笑った。その瞬間、屈強な騎士たちが泣きそうな顔を見せる。それで二人がますます笑って……。

 そうしてみなは二人を受け取ると、フィルに「休め」と言ってくれた。

 彼らがいなくなった向こうにはミレイヌもいて、「ふん、悪運が強いな」とか言っていたけど、あれは喜んでいたと思っていいのだろう。


 それからフィルは、国境警備隊が用意してくれた部屋に入った。

 シャワーを浴びようと服に手をかけて、ふと身体についた赤い斑点に気付く。

 「あ。……うぅ」

 色々あって忘れていたことを思い出し、フィルは真っ赤になった。

(けっこうとんでもないことのような……いや、後悔しているとかじゃないけど、あれって……)

 そんなことをつらつらと考えて、逆上せる寸前までシャワーにあたり、ふらふらになってそこを出る。

 考えまいと思うのに、その時のアレックスとか感覚とかが勝手に蘇ってきて、その後も一人赤くなって、ベッドの中でのた打ち回っていた。


 そんなやましいことを考えていたせいだろう。

「ぎゃあっ」

 ノックの音が響いた時は、文字通りベッドの上で飛び上がった。

「なんだあ? まったなんか妙な……って、んな場合じゃねえ。フィル、悪いが来てくれ、『ザルアの悪魔』が来た」

「……す、すぐ行きます」

(心臓が止まるかと思った……)

 ヘンリックの相方でもあるフォトンの声になんとか我を取り戻すと、フィルは慌てて剣を手にした。あの凶暴で狡猾なグリフィスを色々な意味で『悪魔』の名に相応しい、と思ったのは正しいと思う。


 予備の制服をもらって建物の外に出ると、要塞外郭の門に人が集まっていて、木戸を必死に押さえているのが目に入った。その上では弓兵が外に向かって矢を放っている。ドォン、と大きな音を立て、定期的にその門扉が揺れる。

「まさに悪魔だな。構造上門扉を破る方がたやすいと見ているんだろう」

 横に立つフォトンが嫌気を露わに呟いた。

「やっぱりかなり知能が高いんですね。あの二頭も仲間がやられる様子を見て学習していたようでした」

「つまりはなるべく同時に片付けなきゃなんないってわけか」

「でかいわ、炎は効かないわ、集団で襲ってくるわ、しつこいわ、挙げ句の果てに学習かよ」

「ただのグリフィスじゃないって言ったって限度があるだろうに」

 他の騎士たちも眉をひそめる。


「さて、仕事だ、騎士諸君」

 そんな中やってきたウェズ小隊長の声は、普段通り緊迫感がまったくない。後ろには、アレックスはともかく、フェルドリックとタンタール国境警備隊長、ロンデール近衛副団長もいるのに。

「聞けば、あれは『ザルアの悪魔』というグリフィスの変種らしい。弱点はアレックスとフィルが知っているので、彼らに倣うこと」

 しかも相変わらずかなり適当。

「ウェズ殿、しかしたった十名で……」

「十名全員でたった五体を仕留めればいいだけです。今回は守るべき者もなし、好きにやってよし」

 そして自信家だ。不安そうな国境警備隊長にウェズが自信満々に返せば、騎士たちは騎士たちでにやりと笑った。

 アレックスは、と見ると苦笑している。フィルと目が合うと、いつものように微かに笑って側に来てくれた。

「少しは休めたか?」

「えと、はい」

 まさかベッドで一人のたうち回ってましたとは言えない……とまた真っ赤になったけど、暗くてわからなかったはずだと思いたい。

「あの、アレックスこそ平気ですか? まったく休んでないでしょう?」

「俺は大丈夫だ」

 見上げれば、いつもみたいに微笑んで、頭を優しく撫でてくれてほっとした。

 そうして無敵な気分にしてもらって――その夜は五体の『ザルアの悪魔』を相手に更けていった。


 行動や習性、弱点を探り、いくつかの戦闘パターンを試しつつ、五体すべてを始末し、どろどろに疲れて部屋に戻ったのが、夜明けの二時間前。

 それからちゃちゃっとシャワーを浴びて泥のように寝て、すっかり日が上った頃にマリーとニッカに容赦なく起こされた。

 急いで食事を済ませて、少女たちに「すぐに戻るから」と告げ、身支度を整えるなり馬に乗る。

 ハフトリー辺境伯の居城方向、街道を東に進み、昼過ぎに予測通り『ザルアの悪魔』十五体と魔物使いに遭遇。

 慣れと怒りゆえに、これまでとは比較にならないほどの短時間で決着を付けて……。


 最後にすべきことのために、二人は今、滅んだ村の生き残りの少女たちの元に向かっている。


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