ヒロ 2
僕はとても卑怯な人間だ。そんな事は分かりきっていたが、それを磨夜ちゃんに知られたくはなかった。彼女の前では彼女が離れていかない様に、純粋そうな顔で近づいて、離れられなくした。
「それで、君はどうするつもり?」
「貴方の望むままに」
そんな適当な返事で僕が満足すると思っているんだろうか。お前のそれは、僕の大切な人の身体なのだと知っているのか?
「だいたい、君は何故僕の手伝いをするんだ?」
「それは、貴方が私の主だからです」
何度聞いてもこうとしか答えてくれない彼女に、苛立ちだけが募る。
そりゃ、磨夜ちゃんに辛い想いをさせたくないよ。でも、でもさ。僕の大切な磨夜ちゃんの中に生息しているかと思うと、なんて羨ましいんだって思うじゃないか!
「僕は磨夜ちゃんとずっと一緒に居たい。彼女と離れるくらいなら死んでも良いくらいに思っている」
「ならば、貴方様のお力で原を『魅了』すればいいのではないですか?」
実は、ずっとそれを考えていた。
僕と磨夜ちゃんの邪魔になる人間を全て『魅了』してしまえば、邪魔できなくなるはずだから。しかし、僕の力がどれだけの間効果があるのか不明であったし、僕と磨夜ちゃんが離れた時に『魅了』された馬鹿たちが磨夜ちゃんを襲う可能性も考えられた。
それに何より、気持ち悪い。僕は磨夜ちゃん以外に好かれたいと思った事がないのだ。
『魅了』された人間は、僕に対して文字通り、心酔する。その人間が人間ではなくなる気持ち悪さったら、耐えられる物ではない。
「やはり、原を消すのが一番手っ取り早いかと」
「それって、誰がやるの? 僕がそんなことしたら、磨夜ちゃんに嫌われてしまうし、磨夜ちゃんがそんな事で手を汚すなんて、絶対駄目だ。許さない」
もし、自分の知らぬ間に犯罪を犯したと磨夜ちゃんが知ったら、彼女は一生後悔して過ごす事になるだろう。ただでさえ、僕の様な普通ではない人間の傍に居るのだ。彼女に負担をかけたいとは思えなかった。
「磨夜も貴方がそれを望めば、喜んでするのに……」
まるでそれが当然の様に発言する彼女には呆れを通り越して、怒りすら湧いてくる。
「馬鹿な事言わないでくれるか?」
「馬鹿なことではありません。磨夜は貴方のために存在し、貴方の喜びが磨夜の喜びなのです。それを何故拒否するのです」
彼女は僕が磨夜ちゃんを拒否していると言う。
「僕はずっと拒否され続けてきたからね。僕が近付くと、彼女は逃げる。僕の事なんか疎遠の人の様に振る舞う。でも、それでも彼女を手放したくない」
「貴方は分かっていないのです、我が君。それは、磨夜が少しだけ特別だったから。最初から傍にいたから。それだけのこと。つまり、刷り込みです」
「ちがう!」
いきなり分かった風な口を聞く彼女に怒りがわいてきた。
お前に何が分かるんだ?
ずっと、ずっと好きだって言い続けてきたのに。思いが通じたかと思えば、それは無かった事になり。彼女には曖昧な記憶しかない。僕という存在が、彼女の中に存在するはずなのに、薄くなっていく。
それが痛くて痛くてたまらないのに。
「僕を苦しめているのは、君の呪いか?」
僕がそう聞けば、今まで表情をあまり変えなかった彼女が、一瞬だけ悲しげな顔をした。
彼女は、何がしたいんだ?
僕にはそれが全く分からなかった。僕の前に居て、味方の様な言動をし、かつ僕の大切な人を人質に取る。
「呪いではありません。これは血。繋がり続けるための、守り続けるための、盟約なのです」
「呪いじゃないか。僕が魔王という存在なのも」
「それは……っ!」
彼女は、どこか迷っているようだった。
漠然と彼女は全て知っているのかもしれないと思った。
「貴方と、共に在りたいと思う気持ちを……否定しないで下さい」
「僕は磨夜ちゃんさえいれば、それでいいんだ。魔王とか、寄ってくる周りの人間とか、どうでもいいんだ。磨夜ちゃんが笑っていられるために存在するものは許容できる。それ以外は要らない」
「王……」
ああ、そうだ。こういう考えを持っているから、僕が魔王なんだ。藤沢ではなく、僕が魔王なんだ……。
気づいてしまった事実は重く僕にのしかかる。こんな薄汚れた僕が磨夜ちゃんの隣りに立ち、磨夜ちゃんを汚してしまうんだろう。それは何て悲しく、なんて――。
「貴方は……私の王です。ただ、それだけのことです」
「言っている意味が分からない」
「……まだ、心が落ち着かない内には言えません。どうか、お許しを」
「いいよ。分かった。それより、もう時間がない様だ。とりあえず、君が原とかいう女と話をしてくれる? 馬鹿な事はしない事。約束して」
「お心のままに」
本当に僕の事を考えて行動できるのかいささか疑問が残るものの、僕にはそうするしか道がなかった。