ヒロインになる為に。
ある女生徒のお話です
あたしはヒロイン。
それはあたしが生まれる前から決まっていた事。
私がそれを思い出したのはつい最近だったけれどすごくしっくりきたの。
ストロベリーブロンドの髪も小動物みたいにうるうるの瞳もやけに豊満なスタイルも。
この世界は、前世で私が好きだった乙女ゲームの世界。
一般的には有名ではなかったけどとっても素敵な登場人物たちのキャラデザが大好きだった。
あたしは所謂“転生者“というやつなんだろう。
前世の記憶なんてこのゲームの事と好きだった攻略対象の事、私がヒロインって事以外覚えていないけれどあたしにとってそれだけで充分だった。
男爵家の庶子として引き取られ早5年。
必死に勉強して攻略対象であるアルベリク殿下と同じ学園に通えるぐらいまでの学力をつけた。
引き取られた男爵家は決して裕福ではなかったから特待生を狙うしかなかった。
頑張って、頑張って、頑張り続けたわ。
勉強は苦手だったけれど、アルベリクの為なら惜しまず努力した。
そしてついに迎えた入試試験。訪れた王立学園の校舎はゲームで見たあの校舎だった。
夢にまで見た乙女ゲーの世界。
無事、合格することのできたあたしはシナリオ通り攻略対象者たちとの距離を詰めた。
あたしが狙うはアルベリクルート一択。その為に他の攻略対象の好感度も一定に上げておく必要がある。
「(攻略対象者イケメンばっかりだし、逆ハーも悪くはないのだけどあたしの王子はアルベリク。ただ1人よ)」
イケメンたちからチヤホヤされるのは悪い気はしない。
嫉妬の眼差しで睨みつけられる事はあっても皆さんお育ちの良いお嬢さまばかり。
嫌がらせされても温いものばかり。
だからあたしはヤラレたら倍以上にして仕返しをした。
花瓶の水を頭からぶっかけられた時はその水浸しの床を拭いた雑巾を頭の上で絞ってやったし、虫が引き出しに入れられていた時には、ミミズを大量にその子の机にぶちまけた
さあ、次はどんな仕返しをしようか〜
…って!!ちっがーう!!!趣旨がだいぶ変わってしまったがあたしの目的はアルベリクをオトす事!!
なのにゲームのシナリオと違って全然彼に会えない。
あたしは焦れていた。もうとっくに運命的出会いを果たしていい頃だし、いじめられているあたしを助けてくれないと彼とあたしのストーリーは始まらない!!
なんとかしなければ。
ある日の中庭。遠目だけど学園内で初めてベンチにアルベリクを見つけた。
「(嗚呼、あたしのダーリン。)」
彼と今こうして出会えた奇跡に感激し震えた。瞳にいっぱい涙を溜めて私は駆け出した。
「(アルベリク!!・・・嗚呼、愛しい人!!やっと出会えた)
…っきゃーーー!!?」
彼に走り寄る途中、足を取られて彼の目の前で盛大に転んだ。痛い。
痛いし、恥ずかしいけどあたしは内心ほくそ笑んだ。
ほら、アルベリク。あたしにハンカチを差し出して、大丈夫と微笑んで。
このかわいいあたしに一目惚れなさって。
「・・・・・、」
「・・・・・・・・」
「・・・?」
いや、沈黙なげぇよ。
チラリと顔を上げれば涼しいお顔で本を読み耽るアルベリク。
あらま、本に夢中で気づかないなんてドジなアルベリク。そんな少しおドジなあなたも大好きよ。
「(しょうがないわね)・・・ぃ、いったぁぁぁい!!」
「ーーー、」
あれ?せっかくアピールしたのに無視?え?聞こえなかったのかしら?
「アイタタタタ、痛くて起き上がれなぁい!!」
「ーーーっせぇな」
「へ?」
パタン、アルベリクが持っていた本を閉じ、節目がちだった目がこちらを向く。
神秘的な紫色の瞳にあたしの間抜けな顔が映っている。
それだけで昇天しそうなぐらい心が歓喜で震える。
「五月蝿いんだよ。シャルが起きたら如何してくれんだよ」
その声は小さく、“シャル“という単語だけはすごく丁寧に気遣わしげに発声されていた。
「…、シャル?」
ふと彼の横には彼の肩にもたれかかる赤髪の女がうたた寝していた。
彼との出会いに喜んでいて隣の存在に気づかなかったのだ
「悪役令嬢じゃない!!!」
「あ?」
絶対零度かな?というほど冷たい視線に睨まれ混乱する。
ゲームのアルベリクはこの頃すでに婚約者である悪役令嬢と不仲だったはず。
肩を貸し、愛おしそうに髪を撫で邪魔者は許さないと言う風貌
「(…、て言うか、この人は誰)」
こんな言葉使いの荒い男はアルベリクではない。
彼はいつだって王子さまだったのに!!
「そ、その女のせいね!!そうなのね!!貴方がそうなってしまったのは!!」
「は?何言ってんの?」
「大丈夫!!大丈夫よ!!そんな女から離してあげるわ!そんな女じゃなくてあたしのようなヒロインと結ばれるべきよ!!」
「俺の唯一であるシャルを侮辱するとは不敬罪になりたいのか」
冷たい視線で静かに彼が告げる
違うこんなのは絶対違う。あたしはヒロインなの、結ばれるのはあたし、アルベリクはきっと何か悪い呪いにかけられて要るに違いないわ
「もういい、シャルが起きる。連れて行け」
「は!」
いつの間にか背後にアルベリクの近衛騎士が立っていてあたしは引きずられるように運ばれた。
✳︎✳︎✳︎
「今月に入ってもう6人目ですね」
「自称、私はヒロインと寄ってくるやたら見た目だけの女生徒な」
俺は側近の1人である侯爵子息と小声で話す。
シャルの話ではこの学園に入学後ヒロインの生徒と恋に落ちると言われていたので警戒していたが自称ヒロインがいっぱい発生した。
彼女たちの事は一種の精神的な病(ヒロイン症候群と名付けられた)だと考え、接触を図ってきたものたちを皆療養施設に送っている。
改善が見込めそうならば復学できるように配慮、病状によっては永久に療養施設で過ごしてもらう事となったり親元に返されたり様々だ。
「でも殿下はさすがですね。今まで何度もヒロイン症候群の女生徒たちにアタックされているのにそれをラビット公爵令嬢に一切気付かせず、彼女を守り続けているのですから」
「ただでさえ、悪役令嬢教育と言う名の王妃教育で疲労しているのに余計な心配をかけたくないだろう。
休める時はこうして俺の隣で穏やかな時間を過ごしてほしい」
「嗚呼、この殿下のお言葉を彼女にも聞かせて差し上げたかったです
ところで、なんです?悪役令嬢教育って」
「さあ?」
スヤスヤ隣で眠るシャルロットの顔を眺めつつ、アルベリクは微笑みながら首を傾げるのだった。
ブックマーク、評価ありがとうございます!!
もう少しだけ違う人物視点でお話続く予定ですのでゆるーくお付き合いください