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第二都市開発空域3

「ははあ、このロッドがカナ君の寝起きが悪かった原因だね」


 食べ過ぎによる吐き気が去ってお腹がこなれ始めた頃、気だるげな様子でソファに寝転ぶクラリーチェがロッドを見つけて言う。


「ああ、昨晩アイデアが思い浮かんだんだ。これならお前の要求する水準を満たせる。これで俺も戦闘参加できるな」


 クラリーチェ曰く、現在普及しているロッドを用いて強いウィッチと戦闘行為を行った場合、因果調律鍵を用いるまでもなく通常の魔法でも世界改竄の影響を受けてしまうのだという。

 強いウィッチと対峙しても因果調律鍵抜きならば逃げる時間を稼げる性能。それが彼方がこの二ヶ月の大半を費やした課題であり、クラリーチェから今後も戦闘に参加するための前提と言い渡されていたものであった。


「むー、本当にやっちゃうか……。流石にできないんじゃないかと思ってたんだけど」

「ロッドに関しては七荻グループでも第一人者的な扱いでな、俺と大本の設計者とはどうやら思考が似ているらしい」

「思考が似てるって言うか、ロッドを作ったのって平行世界のカナ君じゃないかと思うんだよね。確証はまるでないけど、出所的に」

「平行世界の俺かもしれない出所? それはどんな所なんだ」

「並行世界のエリス」

「エリスか、確かにあいつがこの手の機器を持っているのなら、俺が手渡した可能性が一番大きいだろうが……」


 彼方は幼馴染であるエリスの姿を思い出す。彼女がロッドで魔法を自在に使いこなす姿はまるで想像できなかった。


「あいつがこんな物を使う姿は想像できないな。いや、そもそもこっちの世界でのあいつはウィッチなんだ」

「人類が滅んでる向こうでも当然ウィッチだよ。幼かった私はエリスの手助けを受けてこっちに来たんだし」

「なら、どうしてあいつがロッドを持っていたんだ」


 彼方の言葉に、クラリーチェは少し思案する素振りを見せた後、寝転がっていた体をむくりと起こすと、


「……形見、なんだと思うよ」


 少しだけ悲しげな表情でそう言った。


「ああ、そうか……。向こうでは人類は絶滅していたんだったな」


 彼方はロッドを見つめて平行世界に思いを馳せる。これを作ったのが本当に彼方であったのかは分からない。

 だが、製作者がこのロッドを使って人とウィッチを共存させようと思っていたこと、それだけははっきりと分かる。ならば、こちらでそれを成すのが滅んだその人物に報いることになるのだろう。


「向こうでは間に合わなかった分、こっちでは俺が志を継がないといけないな。そう言う訳だクラリーチェ、ちゃんと約束は守ってくれるな?」

「はぁ、カナ君はどうしてそこまでして危ない所に行こうとするかねぇ。私としては傍に居てくれるだけで幸せで申し訳ないぐらいなのに」

「俺が危険な場所に行かなくてもお前は行くんだろう? なら、俺はそれを黙って見送るだけという訳にはいかない」


 クラリーチェ本来の性格は御覧の通り。

 本来なら彼女と言う華は、怪異の頂点として宵闇に君臨するのではなく、日の当たる場所こそが相応しいはずだ。


 だがそれでも滅びの未来を退ける為、彼女はその素顔を仮面に隠して夜に舞う。それがクラリーチェと言う少女が持つ望まぬ二面性。


 唯一ファントムの正体を知る彼方はそれをもどかしく思い、心の内に決意するのだ。

 自らが剣となり盾となり、彼女が仮面を被らなくて済むようにしようと。


「むー、カナ君、それってわざと? 惚れ直すような言葉で私をその気にさせておいて、私が覚悟を決めてアタックしてもするりと逃げるんだもんね。ズルくない?」


 拗ねたような顔をしてクラリーチェが言う。


「……いや、すまん。今度からは言葉を選ぶ。だから覚悟を決めてアタックしてくれなくても大丈夫だ」

「いいえ、やめません。私だってそんなはしたないことしたくないけど、カナ君は奥ゆかしいままじゃ埒が明かないもん」

「まあ、なんだ、それはまた今度でお願いしたい。それよりも今は今後の方針が大切だろう」


 ついさっきと同じ話題が繰り替えされてしまうと察し、彼方は話題の修正を図る。

 彼女を助ける覚悟は二か月も前から決めてはいるが、彼女の猛アタックを受け止める覚悟の方は性格上決め難い。


「んもう、こっちも前途多難だねぇ……」


 クラリーチェは相変わらずな彼方に苦笑いすると、叡智の塔の現状について語り始める。


「持ち出された叡智の塔の一部があるだろう場所の見当はついてるの。二ヶ月前から魔女担当大臣が足繁く通ってる場所があるから」

「魔女担当大臣……御巫彩華か。御巫魔女担当大臣はウィッチではないと聞いて言るが、それでもウィッチが星の支配者になる手助けをするものだろうか?」

「十分に有り得ると私は思ってる、向こうだって平行世界の歴史自体はなぞりたいけれど、人類自体を滅ぼす結果は避けたいはずだから」

「それならウィッチと何らかの取引をしたと考えれば十分有り得るな」


 思えば彼方が家を追い出された日、由愛と言う少女は魔女担当大臣の名を出していた。

 御巫大臣は目的のためなら手段を選ばないともっぱらの評判だ。ならばウィッチ達の目的を知ってもなお手を貸すことは十分に考えられるだろう。


「それで、その場所は?」

「第二都市開発空域」

「魔女議会の本拠地にして魔法のテスト区域か……。如何にも本命、無策で突っ込むよりも一度下見に行っておいた方がよさそうだな」

「うんうん」


 彼方の呟きに、にんまりと笑って相槌を打つクラリーチェ。


「……? やけに嬉しそうだな」

「だって、第二都市開発空域って言えば若者に人気のデートスポットだよ? そこに下見って、つまりデートのお誘いだもの」

「む、そう言う意図は無かったんだが、他人の目にはそう見えるんだろうな……」


 嬉々とした様子でガイドブックに書き込みをはじめたクラリーチェを見て、彼方は急に照れくさくなって髪をかく。


 ──と、そこで彼方は気が付いてしまう。既に第二都市開発空域のガイドブックがあると言う不自然な事実に。


「なあ、クラリーチェ。どうして既に第二都市開発空域のパンフレットがあるんだ? 俺が昨晩ロッドを完成させたことは知らなかっただろうに」

「どうしてって今日は休日だよ? デートのひとつやふたつはしてみたいじゃない、これを置いておけば察してくれるかなって。えへへ、私から露骨なアピールをしなくてすみました」


 言って、クラリーチェは悪戯っぽく笑ってみせる。

 そのしたたかさに彼方は苦笑いするのだった。


   ***


 都心から少し離れたオフィス街の中、ビルの谷間に埋もれた小さな神社がある。

 古くは神降ろしによって国の行く末を占ったとも言われる由緒正しき神社であるが、今はもう参拝客は訪れず、昼時のビジネスマンも近づかない。


 何故ならばそこに住まうは魔女達の首魁。即ちこの国のウィッチ達を束ねる者だからだ。

 彼女の意思はウィッチの意思に等しく、その怒りはウィッチの怒りに等しい。人の一人や二人などあっという間に消え去ってしまう。人々はそう考える。だからその神社を訪れるのはウィッチや一部の政治家だけだ。


「御巫君! なんてことをしようとしているんだね!?」


 議員バッジを着けた小太りの男が石畳の階段を駆け上がってくる。彼もまた、この神社を訪れる数少ない人間の一人だった。


「まあ、小平さんたらお若いですこと。この階段を駆け上ってくる方は久々に見ましたわ」


 境内に散らばった落ち葉を箒で掃きながら、緋袴の巫女装束を身に着けた少女がのんびりとした調子で言葉を返す。


 赤いクセっ毛の髪にとび色のたれ目。甘くふんわりとした雰囲気を持ちつつも、その中に遅効性の毒気を合わせ持つような少女。

 被選挙権どころか選挙権すら持たない彼女こそが御巫彩華。ウィッチ達の大きな後押しを受け特例に次ぐ特例で国政をウィッチの為に作り変えた張本人であり、ウィッチの特権を濫用し半ば治外法権とした仕掛け人だ。


「何を悠長なことを言っているんだね!? 聞いたよ、第二都市開発空域を壊すつもりだと!」


 余程急いで来たのだろう、息を切らせたまま前かがみになって男が言う。


「まあ、心外ですわ。ついでに落ちてしまうだけの話であって、壊すつもりなんてありませんの。ほら、第二都市開発空域は名前の通り魔法で浮いていますでしょう?」

「それを壊すと言うんだよ! ウィッチ達に何とか思いとどまるよう言ってくれたまえ、魔女担当大臣である君ならできるだろう!?」


 のんびりとした調子で言う彩華に、男はすがるように食い下がる。


 そう、この少女が持つ魔女担当大臣と言う肩書きは飾りではない。

 魔女議会のウィッチ達が半ば国の枠から逸脱しているのも、彼女が大臣と言う肩書きを得ているのも、彼女がウィッチに対して強い影響力を持ち、ウィッチが彼女の後ろ盾となっているからなのだ。

 だから彼女は彼女の思うがまま、信ずるままにに振舞えている。


「そう言われても……困りましたわ。この件は大きな歴史の修正点だそうですから、わたくしとしても見逃せないイベントですの」


 彩華は頬に手を当て、わざとらしく悩むような素振りをしてみせる。思いとどまらせるつもりがないのは明白だった。


「本当に頼むよ。今は他国に負けないよう一刻も早く魔法を普及させなければいけない時期なのは知っているだろう!?」


 魔法は今まであった様々なものを塗り替えた。

 ウィッチを前に従来の軍事力は無意味であり、魔法を用いたエネルギーは確実に次世代の主役となるだろう。

 宇宙へだって魔法を使えばロケットも何もなしに生身のまま辿り着ける。その恩恵は枚挙にいとまがない。


 だが、その恩恵全てを受けるには、ウィッチもロッドを使える人間もまるで人数が足りていない。

 だからこそ一刻も早く一般レベルにまで魔法を普及させ、魔法について深く理解した人間を増やそうと各国は躍起になっているのだ。無論、この国だってその例に漏れない。


「ああもう、ただでさえあの七荻ビルだけで厄介なのに、万が一落下で犠牲者がでたらどんな悪影響がでることか……!」


 男は焦燥した表情で都心の方を指差す。視線の先には青空に揺らめく七荻グループ本社ビルがあった。


「まあ、小平さんはそんなことを心配していましたのね。そこはご安心くださいまし、この御巫彩華の名にかけて人命を損なうことは絶対にさせませんわ」


 そんな男の様子を見て、彩華は合点がいったと言う風に両手をぽんと合わせて微笑んだ。

 男は一瞬安堵しかけたが、彩華の目を見てそれが誤りであるのだと気づく。


「だって、全ての命は美しく華やかに散って歴史を彩るべきですもの。それを一山いくらの有象無象として消費する行為など、如何なる時、如何なる相手だろうと許せるはずがありませんわ」


 一見すればそれは可愛らしい少女の微笑み、だがその瞳の内にはなみなみと湛えられた無明の闇。

 長年政界を渡り歩いたこの男ですら、この少女の中に潜む何かの正体を看破することはできない。


 故に男は恐れる。この少女の美学と信念が選ぶ道行きが人々が進むべき道筋と違ってしまうことを。もし道を違えれば彼女の存在はそれだけで人にとって大いなる災いとなるだろう。


「それでは失礼致しますわ。わたくしも第二都市開発空域に行くよう言われておりますの」


 慄く男なぞどこ吹く風。彩華は慣れた手つきで箒を片付け、男に会釈をして階段を下っていく。

 男はそれをただ無言で見送ることしかできなかった。


「……誰かが止めてくれれば、そんな他人任せの言葉が脳裏をよぎるとはワシも老いたな」


 彩華の姿が完全に消えた後、男は遠景に浮かぶ第二都市開発空域を見つめて深々とため息をつくのだった。


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