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第二都市開発空域4


 第二都市開発空域。

 都心部から百メートルほど離れた海上に浮かぶそこは、魔法によって建造可能になった浮遊建造物が並び立つ新しい都市モデルのテスト区域であり、空中に浮かんだ五棟の高層ビルを多くの橋と十二の小型ビルで結んだ立体的建造物群の総称である。


 夜間こそ安全のため立ち入り禁止とされているが、日中は専用モノレールによって都心部と接続され、空に浮かぶと言う他では見ることのできない景観から若者に人気のスポットとなっている。


「盛況だな。建築基準どころか物理法則すら捻じ曲げるなんて、と建造時には大いに騒がれたものだったんだが、人は慣れるものだな」


 モノレール発着ビルからメインストリート代わりの巨大橋へと足を踏み出した彼方は、目の前にある高層ビルを眺めて言う。

 巨大橋の先、目の前にある高層ビルの外周はガラス張りとなっていて、そこを行き交う人々が橋の上からもよく見えた。


「ここ作ったのも七荻グループなんだっけね」


 彼方の横で同じようにビルを見上げながらクラリーチェが言う。


「ああ、俺もロッド技術者の一員として建築に参加していた」

「参加? ここができたのって、カナ君が小学校卒業するかどうかぐらいの話じゃなかった?」


 クラリーチェは驚きの声を上げて、ビルを見上げていた顔を彼方に向け直す。


「よりにもよってお前が言うか。ロッドを用いた魔法に年齢は関係ない。必要なのは想像力と集中力だけだろう? 十にも満たない年齢で、国相手に戦争紛いの事を仕掛けて勝って見せたウィッチだって居るんだ」

「うわぁ、怖い怖い、とんだ野蛮人が居るもんだねぇ。どんな顔してるか見てみたいよ」


 クラリーチェはわざとらしくおどけてみせる。


「それでどう回る? 叡智の塔が保存されているのは……つまるところウィッチの中なんだろう?」

「うん、庭園として展開されているのなら、今の七荻ビルみたいに一発で分かる状態になってるよ。間違いなく誰かの中だね」

「当然怪しいのは魔女議会本部がある下層なんだが、流石に一般公開されていないからな。勝手に入れば下見どころか一触即発になりかねない」


 第二都市開発空域は三層に分けられている。

 都市のエネルギーを賄う上層、商業観光区域として一般公開されている中層、そして国所属のウィッチである魔女議会が管理する下層だ。

 幾ら下層がウィッチの管理区域と言えど七荻グループの管理物件でもある。ビルの保守点検を受け持つ社員が立ち入ることも当然あるのだが、残念ながらその時期は明確に定められていることも彼方は知っていた。


「別に無理やり下層に行かなくても問題ないよ。自分で言うのもなんだけど、全断の剣はインチキ極まりないからね。本調子じゃなくたって大雑把な場所さえ分かれば中層から絨毯爆撃できるよ」

「全断の剣で絨毯爆撃か、想像しただけで圧倒的な脅威だな」

「うん。と、言うことで中層をしっかり回りましょう。魔女議会なんて行ってもなにも面白くないもんね」


 クラリーチェは可愛らしい笑みを浮かべ、事細かに経路が書かれたパンフレットを彼方に手渡す。

 ちなみに彼女は本一冊程度の情報なら一瞬で記憶できる。

 これは遠まわしにエスコートして欲しいと言っているのだ。


「クラリーチェ、お前の主張通りだとワンフロアを見て回ればそれで事足りるんじゃないか?」

「おやおや、カナ君は何を言ってるのかな? メインはデートに決まってるじゃない。目の前のビルを見てみなよ、どこに視線を向けてもカップルばかり、こっちも負けてられませんよ。えっへっへ」


 言って、クラリーチェは抱きかかえるように彼方の腕を掴んだ。

 腕に当たる柔らかい感触。今朝彼方の顔を包んだ双丘と白い肌を思い出し、彼方はバツが悪そうに赤面する。


「……腕を掴むのは止めておかないか。お前はこう特に見栄えがいいから人の注目を集めやすい」

「えー、いいじゃない、愛を見せつけてやろうよ。自分の持ち物には名前を書くでしょ? それと一緒だよ」


 クラリーチェが強気な笑みを彼方に向ける。


「だがな、もし知っている誰かに見られたら言い逃れが効かん」

「それで何が困るの。望む所じゃない」


 望む所だと言うように、腕を掴む力を強くするクラリーチェ。

 自らの腕にくっつく見目麗しい少女に、彼方は困った表情を向けるだけだ。戦闘や交渉なら適切な対処ができる自信はあるが、どうにも色恋沙汰となると勝手が分からなかった。


「……むぅ、まあ、この人混みの中で知り合いに会う事はまずないだろうが」


 彼方はゆっくりと視線を落としてクラリーチェの顔を見る。

 クラリーチェは彼方の腕を掴んで幸せそうな表情をしている。これを払いのける勇気も彼方にはなかった。


「仕方ない」


 結局、彼方はクラリーチェをそのままにして、今日の目的を果たすことを選択する。


 と、彼方は視線を前に戻し──そこで自らを見つめる視線に気がついてしまった。

 いや、順序を言えばその視線の主の存在に気がつき、その視線の主が彼方達を見ていたが正しい。

 視線の主であるその少女は、クラリーチェ同様、人混みの中でも人々の視線を一身に集められるだけの美貌を持っていた。


「……な、嘘だろ。どうしてここに居る」


 遠方から彼方を観察していた少女──エリスは目の前の存在が彼方であると確信し、彼方の方へとやって来る。

 モーゼの海割りのように人混みが割れ、つかつかつかと慌しい様子でエリスが突き進む。


「クラリーチェ、頼むから離れてくれ。知り合いが居た」

「あ、エリス……」


 そう呟き、クラリーチェが驚くほどあっさりと彼方の腕を放す。驚きのあまり手が緩んだと表現する方が正しいかもしれない。


「彼方さん、彼方さんじゃないの!? 奇遇ね! どうしたのこんな所で!?」


 主人を見つけた飼い犬のように、エリスは目をまん丸にして落ち着き無く彼方に詰め寄ってくる。

 その豊かな胸が彼方に当たりそうになるまで無警戒に近づくエリス。

 クラリーチェは少し対抗意識を燃やしたらしく、さりげなく彼方のシャツの背中を引っ張ってエリスとの距離を取らせた。


「い、いや、知り合いがここを案内をして欲しいと言うからしていたんだ。なあ、クラリーチェ」


 たじろぎながら、彼方はクラリーチェに同意を求めた。


「うん、私はカナ君のお友達でクラリーチェっていうの、よろしくね。カナ君がここの立ち上げの時に参加していたって聞いたから、あちこち説明して貰いながら回る予定なんだよ」


 一拍の間の後、クラリーチェは笑顔を作って手を差し出す。

 クラリーチェの冷静な対応に彼方は感謝した。


「あらそうなの? はじめまして、私はエリス。彼方さんの幼馴染みたいなものね」


 エリスは二人の言葉を疑いもせずにそう言うと、優雅な笑みを浮かべてクラリーチェの手を取った。


「珍しいな、お前が従者も連れずに一人歩きだなんて」

「あら、彼方さんったら甘く見てもらっては困るわね。私だって社会見学位しているのよ。従者は都心の駅に置いて来ているわ」


 エリスは腰に手を当ててむふんと胸を張る。

 エリスは末席ながら王位継承権を持つやんごとない身の上。

 故に常は身辺警護を兼ねた数人の従者がついているのだが、今日は珍しいことにその従者が居なかった。


「ふむ、確かにここの広さは手頃だな。常に警備員だけでなくウィッチも巡回しているから治安もいい」


 そもそもエリス自体がウィッチなのだが、本人もそのことは忘れていることだろう。彼方はそう判断して会話を進めていく。


「ええ、そう言うこと。そう言う訳で私も案内を手伝うわね。美味しいお店は既に調べてもらってあるの、彼方さんそう言う所無頓着でしょ?」


 凛とした立ち姿でエリスが言う。ファッションなどではなく食べ物に限定している辺りが彼女らしい点だ。


「はいっ?」


 対するクラリーチェは、ぽかんとした顔で小首を傾げる。

 デート気分なクラリーチェにしてみれば、ありがた迷惑極まりない話なのだから無理もない。


「えっと、社会見学はいいの?」

「人助けだって社会見学だもの、遠慮しなくていいのよ。困ったときはお互い様だって彼方さんもよく言ってるわ。それに遥からも彼方さんをよろしくって言われてるし」


 ね、と同意を求めるエリス。

 彼方は曖昧な苦笑いで返答した。


「あー、そう言う性格だもんね。やっぱり変わらないんだこっちでも」


 クラリーチェは少し困った顔で思案した後、小声でそう呟くと、


「うん、分かった。よろしくね」


 彼方の想像よりも大分あっさりとエリスの提案を承諾した。


「ええ、任せて。それじゃあ行きましょう。屋上フードコートってと言う所に食べ物のお店が沢山あるらしいの」


 言って、彼方とクラリーチェを先導すべく、張りきった様子のエリスがずんずんと目の前を突き進んでいく。


「すまん、クラリーチェ。あいつは頭自体は悪くないんだが、見ての通り世間知らずでな」


 小声で彼方が謝る。


「んもう、決めたのは私なんだから謝るのは私の方でしょ?」

「俺の方は迷惑じゃないからな」


 率直な所、エリスの提案は彼方にとっても渡りに船だった。エリスが居れば一日中クラリーチェに主導権を握られ続けると言うことはないはずだ。


「えー、それは逆にあっさりし過ぎじゃない? そこはもう少し名残惜しそうにして欲しかったなぁ」

「それはお互い様だろう。お前も随分とあっさりと決めたように見えたが」

「あ、もしかしてカナ君ったらそれで少し怒った? 嫉妬ですか。いいよ、いいよ、どんどんしちゃって」


 口元を押さえて悪戯っぽく笑ってみせるクラリーチェ。


「まさか、エリスはもう一人の妹みたいなものだ。仲良くしてくれるなら安堵こそすれ怒る訳がない」

「そこは私も分かっててからかってます。……私にとってのエリスもそれと似たようなものかな。この場合は並行世界(むこう)のエリスなんだけど」

「確か今朝もそう言っていたな」

「カナ君を知っていたのも、七荻ビルで君の妹さんを助けたのも、エリスの友人だったからだしね。それ位お世話になってたの。それに私が果たすべき義務を肩代わりしてくれた」


 言って、クラリーチェは少し寂しげな表情をする。


「義務?」

「そう、私は最後の魔女。独り残された私の死を持ってウィッチという種は終焉を迎える運命だった。けれど私はこの世界で生きている。それはね、エリスが私を送り出してくれたからなんだよ。だから私はこの世界でその分を返さないといけないの」

「……すまん。無遠慮に聞きすぎた」


 彼方はバツが悪そうに言う。


 ファントムとしての仮面を被っていなくても見え隠れする真面目で義理堅い彼女の本質。

 そして、そんな彼女と不可分である過酷な宿命。

 彼女はこの可愛らしい素顔をどれだけ仮面に隠して生きてきたのだろうか。


「あー、もう、暗い話にするつもりはなかったんだけどなぁ。ええと、ほら、そう言う暗い理由だけじゃなくって、そんなエリスとこっちでも仲良くなるチャンスだなって、君には言えない打算もあった訳ですよ」


 申し訳なさそうにする彼方に、クラリーチェは慌てていつも通りの明るい調子に戻って言う。


「そこは言えないなんて言わず、ちゃんと俺に言ってくれ。そんなことならお安い御用だろう」

「むー、簡単難しいじゃなくって、私がカナ君とのデートよりエリスとの友情を取ったみたいになるじゃない。そこは恋愛的にマイナス評価でしょ」


 クラリーチェは彼方の腕を抱きかかえ、ぐいっと引っ張った。


「それは考え過ぎだ。少なくとも俺は気にしない」


 クラリーチェに引っ張られながら、彼方は苦笑いする。


「いやいや、そっちの方が大問題……って、あれ? エリスは?」


 と、クラリーチェが彼方を引っ張る手を止めて周囲を見回す。

 その様子に彼方もようやく異変に気が付いて周囲を見回すが、あれだけの存在感を持つエリスの姿が影も形も見当たらなかった。


「意気揚々とナビゲーター気取りをしていたが、あいつ自身もこういう場所は不慣れだからな……」


 迷子センターから彼方を呼ぶアナウンスが有ったのは、それから十分後のことだった。


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