表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/50

信仰時計4



 同時刻、クラリーチェとベルゼットは夜空を切り裂いて戦い続けていた。

 ベルゼットが無数の鍵束(ファントムソード)を打ち出し、その全てを舞い踊る様な全断の剣(マスターキー)が切り裂いていく。


「っう──! ばっけものにも限度があるでございましょう!? あれ一本が鍵束数千と同等以上でございますか! あんなの次世代種どころの騒ぎではないでございますよっ! その全能感溢れる魔法はさぞ楽しいでございましょうねぇ!」


 ベルゼットが忌々しげに叫ぶ。


 クラリーチェが展開している全断の剣の数は多くない。

 しかし、意思を持つように夜空を巡る全断の剣は、それ一つで無数の鍵束を蹂躙する。

 如何なる世界の法則も、因果調律鍵(コード)と言う概念による世界改竄も、ただの一振りで全てを超越する。正に全断。


「全能感なんてもの、ただの一度も感じたことがないね。世界を自由自在に書き換えてたとしても、自分の感情一つ自分一人ではカタを付けられない。そんなものだよ、ウィッチも」

「それは強者の理屈でございます! 持たざる者の気持ちなんて、未来を持たない者の気持ちなんて、お前には一生分からないでございましょうね!」

「分かるよ。未来なんてもの、私には産まれた時から無かった。私を待っていたのは種の終焉だけ」


 言って、クラリーチェが手にした全断の剣を振るう。七百二十度全方位から襲い来る鍵束が全て雲散霧消した。


「──ッ!?」


 それと同時、地上から一筋の光が打ち上がる。彼方が共鳴機関へのアクセスを開始したと言う知らせだ。


「けれど今は違う。友が私を送り出し、彼が未来へと手を引いてくれる。だから、母に託された時計の針も今は未来を刻んでいる。だから……ベルゼット、君も未来を求めると言うのなら、私がその可能性になろう」


 クラリーチェは全断の剣を構えると夜空を駆ける。


「可能性なんてもう信じないでございます! 私は確実な未来を求めると決めたのでござますから!」


 ベルゼットが鍵束を束ねて迎え撃つ。


「違う、君が求めた確実なそれは未来じゃない!」


 全断の剣が鍵束を両断し、そのままベルゼットを包む複合庭園を切り裂く。


「複合庭園が! これでは魔法の制御ができなく──!」


 苦悶の表情をしたベルゼットが悲痛な叫びをあげる。


「さあ、始めようか。君が選ばなかった"もしも"が選んだ未来の先を──!」


 クラリーチェは急降下していくベルゼットの手を捕まえると、そのままロウフェラービルの屋上へと着地した。





 ロウフェラービルの廊下、電灯の明かりが僅かに照らす中、世界へと復帰したソフィアが意識を取り戻す。


「む……ここは、ワシはあの男に斬られ……。──ベルゼットは!? あれからどうなった!?」


 ソフィアは跳ね起きて窓の外を確認する。まだ外は宵闇に包まれたまま、恐らくそう時間は経っていない。


「まだ間に合うかもしれぬ、あの男を止めねば!」

「待って、ソフィア!」


 思わぬ声にソフィアが立ち止まって振り返る。

 声の主はエリス。その姿は何を思ったのかポンチョのようなものを羽織っていた。


「何じゃ、お主その恰好は。家出娘と言えどウィズダリアに相応しい恰好を心掛けたらどうなのじゃ?」


 思わぬ人物の思わぬ格好に毒気を抜かれ、引き締めていた表情を緩めてソフィアが言う。


「え、ええ、色々あって中のお洋服を見せたくないのよ。それで、ソフィアは彼方さんの所へ行ってはダメよ。邪魔はさせないと言う約束で助けたのだもの」

「つまり魔法騎士団のウィッチ達も負けたのじゃな」


 ソフィアは落胆のため息をつく。

 ロッドでは因果調律鍵により世界から切り離された人間を復帰させることはできない。つまりここは既に魔女議会の手に落ちているのだろう、そう考えた。


「ウィッチとなってもワシは無力じゃな。また運否天賦にベルゼットを任せねばならぬのか……」


 ソフィアは力なくその場にへたり込むと、自嘲するように笑った。


「あら、運否天賦なんて言うのは失礼よ。だって、今のこの状況は彼方さん達が自力で掴み取ったものなのだもの」

「あの男ではなく、ファントムじゃろう? あの男はウィッチですらないのじゃからな」

「ソフィア、貴方何も分かっていないのね。それとも忘れてしまったのかしら」

「何をじゃ」


 エリスの言葉に、ソフィアが眉間に皺を寄せた。


「昔はよく私のお家に遊びに来て色んな本を読んだこと。貴方の好きな本は全部ハッピーエンドだったって覚えているわ」

「勿論覚えておる。誇らず、驕らず、ただ他者の為に全力を尽くせる、ワシはそんな物語の主役達に憧れたのじゃから」


 ソフィアは遠くを見るような目で夜空を見上げる。

 あの頃読んだ物語の主役のように自らもベルゼットに手を差し伸べてやりたかった。

 だが、自分が呼び込んだのは最悪の結果だった。


「……じゃが、ワシはあんな風にはなれんかった。ウィッチとなろうとも、所詮ワシは選ばれし者ではなかったのじゃ」


 目に涙を湛えてソフィアはそう言葉を続けた。

 誰かを救う英雄にもなれず、ウィッチにもなれず、助けたいと願った友に重い業を背負わせただけ。

 そして、足掻いた果てになったウィッチとしての自分も、ただの人間である彼方に瞬く間に踏みにじられてしまった。


「私思うのだけれど……貴方の好きな本の主役だって、自分が選ばれた人間だから頑張っていた訳じゃないと思うの。ただ皆が幸せになれるように必死だったんじゃないかなって」


 エリスはソフィアの横に並んで同じように夜空を見上げる。

 無数の因果調律鍵が煌めいていた夜空は、今はいつも通り星々が静かに瞬くだけだ。


「どんな壁に突き当たっても諦めず妥協せず、皆の為に最良だと思う答えを選んで選んで選び続ける。その為には辛くても何度も何度もしぶとく挑戦する。物語の主役ってそんな人だと思うの。……だから、私はそれができる彼方さんが好きなのよ」

「ああ、そうか……。じゃからワシはあの男が心底嫌いじゃったのか」


 自らの内に芽生えた敵愾心の正体、つまりソフィアは彼方に嫉妬していたのだ。

 失敗に心折れて手の届きそうなベターを選んでしまった自分と違い、同じ過ちを犯しても心折れず最良を目指し続ける彼方の姿に。


「じゃが、それも答えが出る前の今だからこそ言えること。それが最悪の結果になったとしたらその言葉全てが空しい。違うかエリス?」

「あら、ソフィアは知っているかしら、私の好きな物語も全部ハッピーエンドなのよ? そして、私の好きな物語の主役よりも彼方さんは素敵よ。だから私は失敗するなんて少しも思ってないわ」


 僅かも彼方を疑わず、にっこりと笑うエリス。彼女のその姿もソフィアにとっては耐えがたく眩しかった。

 そしてソフィアは思うのだ。昔、無心で物語を読み耽っていた頃の自分もあんな顔をしていたのだろうか、と。


「やはり……行かねばならんな、あ奴の所に」

「ソフィア、彼方さんの邪魔をするんじゃないでしょうね」

「せぬよ。ワシも思い出しただけじゃ、あの頃夢中で憧れた物語の主人公が魅せた生き様を。じゃから……もう一度、もう一度だけ"もしも"を信じたくなった」


 ソフィアはまだ時を刻み続けている信仰時計に祈る。

 もしも、もしも全てが上手く行ったのなら、ベルゼットの時計が針を刻み続けるのなら、久しぶりに本を手にとって物語を読んでみよう、とびきりハッピーエンドの物語を。

 自らは歪めてしまったが、本来信仰とは皆の願いを集めて奇跡を起こすもの。


 ならば皆が信じ続け、諦めなければ、その願いはきっと──




 ロウフェラービルの屋上、彼方は万能端末を使って共鳴機関の改竄を進めていた。

 ビルから突き出たアンテナの下にあるボックスのカバーを開くと、電子ロック部分の空間をロッドによる魔法で無理やり広げて無力化する。

 露出したコントロールパネルに万能端末を接続、共鳴機関の接続先を変更すべくプログラムを書き換える。


「さあ、後はクラリーチェが来るのを待つだけだ」


 できることは全てやった。

 後はクラリーチェが接続先となった後に調整をしていく他はない。


「彼方君!」


 彼方のつぶやきと示し合わせたようにクラリーチェが屋上へと舞い降りる。

 無論、息も絶え絶えのベルゼットも一緒だ。


「こっちの準備はできている。時間がなくて細かい空間調整はできない、今お前が立っている場所に共鳴機関の演算結果を飛ばす。上手く捕まえてくれ」

「分かった」


 クラリーチェは小さく頷くと、ベルゼットを慎重に横たえた。


「うっく……! お、お前達は何をするつもりでございますか……!?」


 自然とのたうつ体を押し止めながら、ベルゼットが絞り出すような声で尋ねる。

 その声音には死への恐怖が滲んていた。


「共鳴機関に蓄積されたデータを使って、君の因果を制御し、更に健康な状態に組み替える。多分、その代償で君は魔法を使うことはできなくなるだろうけれどね」

「そんなこと、そんなこと、できる訳が……ない!」


 胸を押さえ、体を小さく丸め、苦痛に顔を歪めながらベルゼットが言う。


「できる」


 言って、クラリーチェが全断の剣をベルゼットに突き刺す。

 ベルゼットの体が糸を解かれた人形のように紐解かれ、深紅の奔流となってクラリーチェの周りを渦巻いていく。


「だって……私は君が出したかもしれない答えの一つ。"もしも"が紡いだ帰結なんだから──! カナ君、共鳴機関の出力を上げて! 彼女が持つ因果の全てを紐解き、私が正しい形に組み上げる!」

「任せてくれ!」


 彼方が共鳴機関を操作し、慎重にその出力を上昇させていく。

 青白く発光していたロウフェラービルが眩く白く発行し、軋むような音は響くような甲高い金属音へと変化していく。


「今から出力を全開にする。共鳴機関が壊れる前に全ての情報を拾い上げてくれ!」

「うん!」


 クラリーチェの周囲は蜃気楼のように揺らめき、ベルゼットの体を形作っていた深紅がその中を螺旋を描いて荒れ狂う。

 凄惨であるはずのその光景は限りなく純化され、ある種の神秘を感じさせるだけだ。


「まだ少し足りない……彼女の情報が! カナ君、後僅かでいいの! 共鳴機関を持たせて!」

「とは言うが……! これ以上出力を上げる要素がない!」


 既に共鳴機関の作動率は百パーセントを超えている。彼方がこの場で調整して性能限界を更新したとしても、根本的にウィッチの人数が足りていない。

 かと言って他のウィッチを呼ぶ暇もなく、エリスや遥レベルのウィッチを足せば共鳴機関など即座に壊れてしまう。


「くそっ、ここまで来て打つ手がない……いや、居る!」


 彼方の脳裏に先程まで激闘を繰り広げた相手の顔が浮かぶ。

 ソフィアを共鳴機関に取り込めば出力を更に上げることができるはずだ。だが、果たして彼女がそれを首肯するだろうか。


「いや、迷ってる時間はない……! ファントム後少しだけ凌いでくれ、ソフィア王女を連れてくる!」


 彼方はコントロールパネルから離れ、階下に繋がる非常階段を駆け下りようと走り出す。


「その必要はない、ワシはここに居る」

「ソフィア王女!」


 彼方は慌てて足を止め、全断の剣を構える。


「ふん、もうその必要はない。ワシが必要と言うことは、共鳴機関の出力が足りぬのじゃろう? 使え、ワシを」

「……どういう心変わりだ」


 疑いの眼差しを向け、彼方はソフィアの狙いを推し量る。


「他意はない。ワシは元よりベルゼットを助けたいのじゃからな。……だから後一度だけ、一度だけ信じてやる。ベルゼットに必ず未来を与えてやってくれ」


 ソフィアは彼方に向けて微笑むと──共鳴機関に自らの因果調律鍵を突き刺した。


「急げ、七荻彼方! 直ちに調整を始めねばこれが原因で壊れるぞ!」

「分かってる!」


 彼方はコントロールパネルまで駆け戻ると、表示されている作動率を固唾を飲んで見守る。

 共鳴機関がさらに甲高い音を発し、既に百パーセントを超えていた作動率が百パーセントを僅かに下回った。


「出力が上がった……これでいける!」


 彼方はすかさず共鳴機関を調整して再度限界を突破させる。

 崩壊寸前の共鳴機関が揺れ動き、ロウフェラービル自体が大きく軋む。


「まだだ、まだ伸びろ!」


 彼方は更に限界点を上昇させる。もはやこの共鳴機関の後先を考える必要ない、とにかく少しでも多くクラリーチェに情報を送り届けることだけでいい。


「ファントム、届くか!?」

「うん……今、全ての欠片は繋がった!」


 クラリーチェが全断の剣をベルゼットに突き刺す。

 同時、バツンと大きな音を立てた後、共鳴機関の音が掻き消え、発光していたロウフェラービルが闇に溶けていく。

 クラリーチェの周りで渦巻く深紅の螺旋が逆回転をはじめる。


 ゆっくりゆっくりと深紅の螺旋が収束し、やがてベルゼットの姿へと戻っていく。──最初と違う点はただ一つ、横たわるベルゼットの吐息が穏やかなものであることだけ。


「並行世界の君はここまでボロボロの体で私に未来を託していたんだね」


 ベルゼットが完全に元の姿に戻ったことを確認すると、クラリーチェは小声でそう呟いて全断の剣を引き抜く。


「これは返すよ。君はここから先の未来を歩く権利を得た……だから君の時計は私じゃない誰かに渡してあげて」


 クラリーチェはベルゼットを見下ろすと、その胸元にそっと懐中時計を返す、


「さようなら。お母さん」


 そして僅かばかり寂しげにそう呟くとベルゼットから離れていく。


「ソフィア王女、ベルゼットを頼んだよ。大丈夫であるはずだけれど暫くは慎重に観察して欲しい」

「うむ、心得た」


 クラリーチェはベルゼットへと駆け寄っていくソフィアを見届け、心配そうな顔で見守っている彼方へと歩いていく。


「……いいのか? もう少しベルゼットの所に居てもいいんだぞ」

「大丈夫、私には私の時計があるように、彼女には彼女の時計があるもの。それに、私が託された物もちゃんと分かったから。……だからこれからもちゃんと君と、君達と一緒に未来を向けるよ」

「そうか……。すまん、気の利いたことを言えればいいんだが……その、頑張ったな」


 彼方がそうに言うと、クラリーチェはそっと仮面を外して晴れやかな笑顔を見せるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ