信仰時計3
もはや疑う余地はない。彼女はウィッチとして覚醒したのだ。
「ふっ、ふふふふふっ……。運命の奴め、あれだけワシ等を弄び、裏切っておきながら、最後の最後で味方をするか」
焦点の定まり切らない眼差しのまま、ソフィアがよろよろと立ちあがる。
「くっ、よりにもよって、こんなタイミングで!」
忌々しげに彼方が吐き捨てる。
共鳴機関にウィッチの覚醒を促進させる作用はない。しかし、ソフィアはエリスの親戚でありウィッチを祖とするウィズダリア王家の一員、素質は十分だったのだ。
素質持つものが極限まで追い詰められ、ウィッチとして覚醒した。恐らくはただそれだけのこと。
そして、そのそれだけのことで彼方の優位は一瞬にして吹き飛び、削った自らの体力の分だけ圧倒的な不利を押し付けられたのだ。
「ベルゼット達には世界はこのように映っていたのじゃな。いや……ベルゼットの瞳はこのように世界を見られておるのじゃろうか」
ソフィアは目を閉じてふうと小さく息を吐く。
そしていつも通りの視線で彼方を射抜いた。
「さあ、七荻彼方……だまし討ちのようで悪いが、運命に打ち勝つつもりのお主じゃ、不平は言うまいな?」
悠然と彼方との距離を詰めるソフィア。その周りには彼女を守るように金色の鎖が幾重にも張り巡らされていた。
その庭園と因果調律鍵の特性が全く分からない以上、迂闊な行動は即座に彼方の敗北へと繋がる。
ソフィアが一歩近づく度、彼方は一歩下がって間合いを取る。
一歩、また一歩。ゆっくりと間合いを取りつつ、彼方は乱れた呼吸を整えながら動向を注視する。
「何じゃ、先程までの威勢はどうしたのじゃ?」
「見くびってくれるなよ、これでもそれぐらいの思慮はある」
彼方はちらりと後ろを確認すると、ガラスを突き破って窓の外へと飛び出した。
落下と同時に重力のベクトル制御、彼方がビルの壁面に立つ。
それを追い駆けてソフィアもビルの壁面に降り立った。
「主はロッド技術者としては一流じゃのう。ロッドでここまで魔法を扱える者は居るまいて、しかしそれが本職であるウィッチに通ずるかな?」
「分かっているさ、それぐらい」
これは苦肉の策だ。金色の鎖が広く空間を制圧している以上、この部屋の中で戦闘を続行することはできない。
「ほう、では見せてもらおう! ウィッチになろうともワシのすべきことは変わらぬのじゃからな!」
ソフィアがビルの壁を駆け降りる。
「分かっているさ、だから……俺はお前を倒す!」
応えて彼方もビルの壁を駆け上がる。
狙うは短期決戦。長期戦では魔法を使いこなすソフィアが圧倒的有利だ。
彼方が全断の剣を振り抜く。
全断の剣は黄金の鎖を一本切り裂いた後、交差するように動いた黄金の鎖に受け止められた。
「やはりか!」
次いで黄金の鎖が全断の剣を絡め取ろうとするが、彼方は素早く全断の剣を引き抜いてそれを阻止した。
「驚いたのう、主は初見で庭園の特性を察することができるのか」
「似たような庭園を見たことがあってな」
落下するように飛び退いて、彼方はビルの壁面へと再び着地する。
黄金の鎖は紐解いたエリスの庭園に近い形状だ。故に彼方は因果調律鍵を拘束する性質を持つ可能性をある程度予測していた。
もっとも、ソフィアがエリス程のウィッチではないと言う前提の上でだ。エリスやクラリーチェ並みのウィッチだったならば瞬く間に彼方は負けていただろう。
「さて、もう一度行くぞ……!」
言って、彼方は再びソフィアとの間合いを詰めて斬りかかる。
再び黄金の鎖を一本二本と切り裂き、三本目が全断の剣を受け止める。
「学ばぬのう、お主も……!」
全断の剣を引き抜くと同時、鎖の合間を滑るようにソフィアの突剣が突き出される。
「ちっ!」
彼方は全断の剣で繰り出される刺突を受け流し、同時に飛び退いて間合いを取った。
今のソフィアは自前の武器となったことで因果調律鍵は弱体化したと言ってもいい。しかし、その代わりにそれ以外の全てが圧倒的に強化されている。
特に彼女の庭園、多層展開される黄金の鎖を掻い潜ることが非常に難しい。
存分に体力を消耗する前ならばまだ掻い潜る算段はあった。しかし、体力と言うリソースを山ほど吐き出した後では強引に攻めることもできない。
「ワシとて手をこまねく暇はない。ベルゼットに加勢してやりたいのでのう……さて、早々に決着をつけようぞ」
ソフィアが刺突を繰り出し、周囲を渦巻く鎖も彼方を搦め捕ろうとしゅるりしゅるりと迫り来る。
「魔法でも勝てず、体力もない、なら何がある……?」
彼方は迫り来る刺突と鎖を受け流しながら起死回生の一手を探る。幾ら全断の剣を持っていようとも、単純に魔法と言う土俵で勝負しては本職のウィッチに勝てる訳がない。
ならばどうすればソフィアを対等の土俵に降ろすことができるのだろうか。
苦し紛れに彼方が周囲を見渡す。しかし、ここは青白く発行するビルの壁面、残りは全て空中で他に何もない。だが──
「あった……!」
一つの策を思いついた彼方は再びビルの内部へと飛び込む。
「また逃げ回る算段でもしたか!」
ソフィアがビルに黄金の鎖を突き刺し、次いで自分も彼方の後を追う。
重力を通常のものへと戻した彼方は、天井や壁面から襲い来る鎖を掻い潜りながらビルの中央へと向けて走っていく。
彼方はそのまま共鳴機関をぐるりと囲むように作られてた廊下を駆ける。その前方に黄金の鎖が張り巡らされ、彼方の進路を塞いだ。
「……っ!」
慌てて足を止め、彼方が振り返る。
「こうも泥臭い戦法ができるとは、お主と言う男を甘く見ておったようじゃ。主は思ったよりも骨がある、それは認めよう……が、それもここで終わりじゃな」
後方にはソフィアの姿があった。
「の、ようだな。これ以上は逃げられそうもない」
後方にある黄金の鎖をチラチラと確認しながら、彼方はソフィアに刃を向ける。
「つまりは年貢の納め時と言うことじゃな?」
「いいや、まだ負けた訳じゃない。俺は諦めない」
「ならばその見果てぬ夢物語、ワシが引導をくれてやろう!」
睨みあう両者。
僅かな間。
彼方が駆け出し、突剣を構えたソフィアも迎え撃つように宙を駆ける。
「終いじゃ!」
黄金の鎖の隙間を縫って、飛び出したソフィアが突剣を突き出す。
「そこまでは読んでいる!」
彼方が斜めに飛び込んで壁を蹴る。ここまでは彼方の読み通り。
しかし、ここから先は半ば賭けだ。──ソフィアがどれだけ自らの庭園を制御できているかどうか。
「愚かな、それで隙など生じるものか、ワシの庭園に搦め捕られるがよいッ!」
突剣を突き出したままの態勢でソフィアが吼える。
ソフィアの隙を消すべく、黄金の鎖が直ちにソフィアを守るように展開する──が、それはソフィアを庭園の奥深くに隠す前に動きを止めた。
「……やっぱりそうなると思ったよ。だから共鳴機関の横を選んだ」
「お主ッ──!」
彼方の言葉にソフィアが臍を噛む。
ソフィアが自らの庭園を制御できるのならば躊躇うことは分かっていた。
彼方の着地している壁の向こうは共鳴機関。
ソフィアは共鳴機関の繊細さを知っている。故に即座に調整を開始できない状態で、庭園などと言う強力な因果の塊を接触させられるはずがないのだ。
ましてや彼女はベルゼットの生存を全てに優先している。彼方を倒すために共鳴機関を危機に晒すのは本末転倒と言うものだ。
「大丈夫だ、不幸な結末は用意しない。俺も約束をしているんだ」
もはやソフィアは間に合わない。彼方は壁を蹴って一気に間合いを詰める。
彼方は勢いそのままに全断の剣でソフィアを一刀両断した。
世界への干渉権を奪われたソフィアはビクンと体を仰け反らせ、世界から切り離され空中に浮かんだ。
彼方はそれを見て大きく息を吐く。
「だから……後は俺達に任せてくれ」
ひとまずの決着はついた。
しかし、まだ止まっている暇はない。今からが本当の闘い、彼方はコントロールパネルがある屋上へと再び駆けだすのだった。




