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午後三時4

「…………馬鹿な! なんだ、なんだ、なんだこれは!? ずるいじゃないか! インチキだ、こんなものに勝てる訳がない!」


 力による圧倒的な蹂躙を目の当たりにし、自らを守るものが無くなった源十郎がわめき散らす。


「当然じゃろう? 魔女議会に成り代ろうと目論んでいた男が呆けたことを言う。それに立ち向かう義務があるからこそ、国に属するウィッチ達は多大な権利を持つのじゃ」


 目の前で頭を抱えて崩れ落ちる男を見下ろし、ソフィアはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「ええと、ソフィア王女にベルゼット……さん、助かりました。ありがとう」


 クラリーチェは外で佇むベルゼットを一瞥すると、ソフィアに感謝の言葉を告げる。


「いや、礼は言うでない。ワシ等がここで助けたこと、それはお主達にとって歓迎すべき事態ではないじゃろうからな」

「どういう意味だ? ここで今から決着をつけようなんて言い出すんじゃないだろうな」


 その言葉にソフィアは何かを言い返そうとしたが、渋い顔で開きかけた口をつぐんだ。


「……詳しくはベルゼットに聞け。今のワシは魔法騎士団の紋章を背負っておる。その名と正義を汚すような振る舞いはできぬ。代わりにこの男はワシが魔女議会に引き渡しておいてやおる」


 ソフィアは自らが羽織った制服の紋章を指さすと、源十郎の首根っこを掴んで立ち去ってしまう。

 残されたのは彼方とクラリーチェ、そしてベルゼットこと──プログラムファントムだ。


 彼方は全断の剣(マスターキー)を手に取ると、クラリーチェを自らの後ろに隠して外の庭へと歩み出る。

 クラリーチェは彼方の左手を掴み、彼方はベルゼットから視線を逸らさずその一挙手一投足を注視する。

 対するベルゼットも仮面をつけたまま彼方達を凝視していたが、


「…………ノーッ! お前は何を警戒してるでございますか! ベルゼットさん達はここでは争わないと言ってあるでございましょう! お前はどこの戦闘民族でございますか! 毎日が暴力の祭典(フェスティバル)でございますか!? 平和と言う単語を覚えろでございますよっ!」


 ファントムを模した幻影が消し飛んで、その中から現れたベルゼットが両腕で大きくバツの字を作ってぴょんこぴょんこと飛び跳ねた。


「じゃあちゃんと説明してよ。私、過酷な駆けっこしたのかなり根に持ってるからね」


 警戒を解こうと跳ね続けるベルゼットに対して、警戒感を露わにしたままのクラリーチェが言う。


「そこ、そこなのでございますよ! ベルゼットさんはそこのご用事なのでございます。あ、今からやれと言ってる訳ではないのでございますからね」


 初めて出会った時と同様、ベルゼットは底抜けに明るい調子で言う。

 しかし、その明るさは共鳴機関によって辛うじて維持されている偽りのもの、二人は既にそれを知っている。


「ええと、つまり……七荻彼方とファントムの甘さに絆されたとでも言うでございますかね。次世代種計画を最終段階に進める前に、ベルゼットも捨てて来たもしもに恥じない行いをしたかったのでございますよ」

「遠慮なく次世代種計画を行う為、助けられた借りをさっさと返したかったと言う事なんだな」


 彼女達が信仰時計の発動を止める気がないと知り、彼方は僅かに落胆する。

 だがそれは分かっていたこと、命と天秤にかけられていては止められる訳がない。


「はい、それが半分でございます。もう半分は……」


 ベルゼットは凛と澄ました表情をつくると、スカートの裾を持って軽く一礼した。


「そこのくーちゃん!」

「いや、くーちゃん、くーちゃんねぇ……」


 恥ずかしい呼び名にクラリーチェは照れるように視線を逸らした。


「ファントムだと疑って冤罪で酷い目に遭わせたでございますね。ベルゼットはごめんなさいが素直にできる子でございますから、自らの過失を認めて謝るでございますよ」

「いや、別に謝らなくてもいいけど」


 何しろファントムだというのは事実なのだ。クラリーチェの性格上、それで謝られては逆に罪悪感に苛まれてしまうことだろう。


「いいえ、謝るでございます。そして、これはお詫びの品なのでございます」


 言って、ベルゼットはクラリーチェの手に小さな懐中時計を握らせる。


「これ……!」


 クラリーチェが言葉に詰まり、警戒しながら一部始終を見守っていた彼方も目を見開く。

 その信仰時計と瓜二つの懐中時計は、クラリーチェが持っている形見の懐中時計と同じものに間違いない。


「遠慮なく受け取って欲しいでございます。これはロウフェラーの者が誇り高く刻んだ時間を託す証。これから先のベルゼットは間違いなくロウフェラーの恥さらし、だからこれを手渡す権利を失うのでございます」

「でも君……どうしてそんな大事なものを私にくれるのさ」


 驚きを隠せない声音でクラリーチェが言う。

 その価値を知っている彼方も同様に驚きを隠せない。


「実はそこがベルゼットさん的にも不思議なのでございますが……無意識に因果を計算しているウィッチの勘、なのでございますかねぇ。貴方ならこの時計の針が刻んだものを引き継いでくれる、何故かそんな気になるのでございますよ」

「ベルゼット……」


 ベルゼットは慈しむような笑みをクラリーチェに向ける。それはまるで我が子を愛する母親のようでもあった。

 現実的に解釈をするのなら、七荻ビルにあった叡智の塔(パラレルヒストリー)、その残滓の残滓が与えた微々たる影響。だがロマンティックに解釈をするのなら、遺伝子と言う見えざる絆がもたらした運命の悪戯、なのかもしれない。


「かつて自分がお母様から頂いたように、本当はまだ見ぬ我が子に渡したかったのでございますが、それは叶わぬ夢でございましょうから」


 ベルゼットは寂しげな表情で信仰時計を見つめる。


「叶わぬ夢ってさ、君まだ死ぬ訳じゃないでしょ?」

「ロウフェラーの名に恥じないベルゼットは死ぬのでございます。自分が生き残るために大勢の未来を犠牲にして、どうしてまだ見ぬ我が子にロウフェラーの誇りを渡せるでございましょうか」


 ベルゼットが生き残るには多数のウィッチと数千万人規模の人間を信仰時計に取り込まなければならない。

 それはつまり大勢の思考を無意識下で制御して演算装置とすること。

 与えられた命令を延々とこなすだけの演算装置は自らの未来を描けない。命を奪わずとも、ベルゼットは間違いなく他者の未来を奪いつくすのだ。

 その重さは彼女も分かっているということなのだろう。


「だから……ベルゼットが大切にしていたこの懐中時計だけは、事前に託しておきたかったのでございます」


 遠い目をしてベルゼットが言う。

 だから彼女は源十郎を打ち倒しクラリーチェを助けた。懐中時計を手渡すに足る自らで在るために。


「ベルゼット、そこまで後悔するのなら別の答えを選べばいいだろう。俺に案がある、もしかしたら……」


 ベルゼットの言葉に彼方が堪らず横から口を挟む。


「"もしかしたら"……でございますか。ベルゼット達は"もしも"に期待するのは諦めているのでございます。最新の医療なら、共鳴機関を使えば、ウィッチとなれば……"もしも"と言う名の希望は、それに選ばれず零れ落ちた者達にとってあまりに残酷なものなのでございますよ」


 ベルゼットは寂しげな表情で星空を見上げると、


「それでもベルゼットはまだ生きたい。ですからベルゼットとソフィアは……お前達と、捨て去ったもしもと、かつて夢見ていた未来の自分、その全てに対して決別宣言を行うでございます!」


 強い意志を秘めた眼差しを彼方に向けてそう言葉を繋げた。


「……そう、それが君の答えなんだね」


 大勢を犠牲にしても"もしも"に選ばれる必要のない救済。

 その心情を慮れば否定などできる訳がない。彼女達も恐らく足掻き足掻いて足掻き抜いた上で遂に心折れ、この答えを選ぶことになったのだろうから。


「勿論、もうベルゼット達は選ばれない。ベルゼット達自らが運命を選ぶのでございます。それを邪魔すると言うのなら……力ずくで止めるまで」


 世界から切り離されていたウィッチの少女達がいずこかへと飛び去り、彼方達を寄せ付けないように紐解かれた鍵束の刃がベルゼットの周囲で渦を巻く。

 刃が空間を刻み、周囲の風景が桜吹雪のように舞い散ると、信仰時計と共にベルゼットの姿は消え去っていた。


「……ベルゼット、その答えは誰も幸せになれない答えじゃないかな。君が選ばなかった"もしも"よりも」


 静かな夜空を見上げてクラリーチェが呟く。


「クラリーチェ、攫われる前に言いそびれた言葉なんだが……」


 クラリーチェは小さく首を振って彼方の言葉を遮る。


「カナ君、君の言いたいことは大体分かっているつもり。だから……その言葉は私に言わせて? そうじゃなきゃ、私は前を向いて進んでいく君達と一緒に並んで歩けなくなるから」

「……分かった」


 頷く彼方。

 クラリーチェは少しだけ表情を緩めた後、その表情を真剣なものに戻す。その眼差しは先程のベルゼットとよく似ていた。


「私、クラリーチェは……クラリーチェ・ロウフェラーはベルゼットにこの懐中時計を返したい。だって私には私が受け継いだ懐中時計があるのだもの。私は彼女が捨てた"もしも"が刻んでいるこの時計を未来に繋げないといけない。だからカナ君、君の……君達の力を貸して」


 ベルゼットに懐中時計を返す。それは誰も犠牲にしない結末を迎えると言うこと、信仰時計を止めた上でベルゼットを助けるという意味に他ならない。


「ああ、任せてくれ」

「ありがとう」


 クラリーチェが屈託のない笑顔で手を差し出し、彼方がその手を取った。


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