午後三時3
クラリーチェを拉致したウィッチを追いかけた先は和風の豪邸だった。
門から建物まで続く玉砂利と飛び石の道を電球入りの石灯篭が照らしている。
「やはりあの人か……。こう言う言い方はしたくないが七荻の恥だな」
予想通りそこが見知った家であった事実に彼方は落胆し、大きくため息をつく。
一応身内の範疇に入るであろう源十郎が、誘拐という犯罪を主導したのは導したのは許し難く情けない。
毅然とした対応をすることを決意し、彼方は源十郎邸の門をくぐった。
「やあ、彼方。こんな夜遅くに呼び立ててしまってすまないね」
彼方が通された部屋では、七荻ビルの時と同様に源十郎がソファに我が物顔でふんぞり返っていた。
部屋には高級な調度品が所狭しと並んでいる。家も調度品も一流のものであるにも拘わらず、こうも下品に見えるのはコーディネートした人間の品性によるものだろう。
「呼び立てるなんて言い方は止めて欲しいですね。誘拐は立派な犯罪です」
余裕の笑みを浮かべている源十郎を睨みつけると、彼方は視線をその後ろに滑らせる。
麻袋から出されたクラリーチェは、横に立つ二人のウィッチに両手を拘束されていた。
「くっくっく、誘拐とは人聞きが悪い。私はただ交渉がしたいだけなんだがね」
「これで交渉? そこまで下劣な品性を持っていたとは思わなかったな。お前などと交渉することなんて何もない」
ソファに座らず立ったまま彼方は源十郎を睨みつける。
厄介者と言えど、彼方は叔父として源十郎に最低限の敬意を持っていた。しかし、それは今この瞬間までだ。この男には最低限の敬意を持つ必要すらない。
「ははは、若いね。だが急く前に少し落ち着いた方がいい、清濁併せ呑んでこそ一流と言うものだよ」
源十郎は愉快そうに笑って背後のウィッチに指示を出す。
それに合わせてウィッチの少女がクラリーチェの腕をひねり、クラリーチェが小さく声を漏らした。
「クラリーチェ!」
彼方は思わず一歩踏み出すが、そこに間髪入れず一人のウィッチが割って入って進路を塞ぐ。
「と、言う事だよ。まずは座ってくれたまえ。何、私も七荻の会長になろうと言う男だ、互いに利のある交渉をするつもりだよ」
彼方は座らずにクラリーチェを横目で確認する。
視線が向けられていることに気が付いたクラリーチェは小さく首を縦に振った。
「分かった。話だけは聞く」
彼方は渋々ソファに腰掛ける。
「そうとも、それでいい。話と言うのは他でもない共鳴機関のことだ。それを使ってロウフェラーが悪事を企んでいるそうじゃないか。秩序を重んじる私としてはそれが苦になって仕方ないんだ」
よく言う、と彼方は内心で呟く。それに加担しているのは他でもない源十郎だ。
「彼方も自分の失敗作である共鳴機関が人様に迷惑を掛けては困るだろう? そこで私達もロウフェラーの野望を挫く手伝いをしようと思うんだ」
「それで俺達に協力するつもりだと?」
「あくまでバックアップするだけだがね。彼方はファントムと懇意だそうじゃないか、直接的な戦闘は彼女に頼ればいい。私達はその間に共鳴機関を管理下に置く。その見返りに彼方には私が会長になる手伝いをして欲しい」
彼方は怒りを通り越して呆れてしまう。
あまりに程度の低い自作自演。これで漁夫の利を得ようとしているのだから笑えない。
そもそも源十郎は自分の利しか言っていないではないか、これは交渉でもなんでもない。
「話にならないな。そんなものに協力するつもりもない」
彼方は申し出を一刀両断する。
「そうかね、後ろでウィッチと戯れている彼女は協力して欲しそうだがね?」
その言葉に、再度ウィッチの少女がクラリーチェの腕をひねり、クラリーチェがさっきよりも大きく声を漏らした。
クラリーチェは痛みで少しだけ歪んだ顔を小さく横に振った。提案を受ける必要はないと言う意味だ。
「聞いてくれる気になったかね?」
「何度でも言う、断る。もしもこれが正当な交渉だったとしても、こんな態度をされて同意できる訳がない」
「ははは、何度でもと来たか。だが、そんな恐ろしいことはしないと私は信じているよ。そんなことをされたら明日の寝覚めが悪くなってしまう」
もはやその下劣な品性を隠そうともせず、源十郎は見るからに品のない笑みを浮かべて言う。
「悪癖のある人間だとは思っていたが、まさかここまで下劣だとは思わなかったな。その下劣な品性があるからお前は七荻の会長になれないんだ、七荻源十郎」
彼方が発した言葉に源十郎の表情が凍り付く。どうやらその言葉は源十郎の逆鱗に触れたらしい。
「私がこんなにも優しくしてやったと言うのに、あいつと血は争えないとでも言うのか……! レイナ君、因果調律鍵とやらで脅してあげたまえ! 何なら刺してもいい、世界から切り離されただけならまだ死にはしないんだろう!?」
「マジですかそーすい。いいんですかー?」
「いいとも、ウィッチがする事に口を出せる人間は居ないよ」
「え、ちょ、ちょっと!? 本気なの!?」
源十郎達の言葉に、ウィッチに捕まっているクラリーチェが思わず声をあげる。
庭園は全て例外なく自動防御、所有者であるウィッチに危機が迫れば有無を言わずに発動し、世界の理を書き換えてでもその身を守るのだ。
そして七荻ビルを揺らめかせていた彼女の庭園は有名も有名、発動すればファントムの正体が一発で露見してしまう。
「おお、君も可哀想に。これも全て彼が悪いのだよ。ははは、恨むなら彼方を恨んでくれたまえ!」
自らが優位者であると信じて疑わない源十郎は、クラリーチェの言葉を命乞いと受け取って満面の笑みを浮かべた。
一方、後ろのウィッチの少女達は流石に躊躇いがあるようで、どうするかひそひそと話し合っていたが、
「えへへ、私達も一回人に使ってみたかったんだー。こんなの日常生活で使う機会なんてないしー」
小動物を弄ぶ子供のような表情で自らの武器を構えた。
「君達、どうして悪影響受けちゃうかなぁ。人様に魔法も因果調律鍵も使っちゃダメでしょ。暴力はより強い暴力で返されるんだよ」
両手を拘束されているクラリーチェは、ぶんぶんと首を振ってウィッチを窘めようとする。
だがそれが逆に彼女達の嗜虐心をくすぐったのだろう。クラリーチェの腕を掴んだウィッチ二人が、それぞれ空いた手に持った剣をクラリーチェの喉元に突き付けた。
「強がっちゃってー。ほらほらー、あと十センチでこの世界からお別れできちゃうぞ~」
「大丈夫、多分痛くないからね~」
愉快そうに言う少女達。
突如圧倒的な力を手にしたのなら誰しもがこうなっても不思議はないのかもしれない。
彼女達の不幸は、本来それを窘める立場であるはずの源十郎がその増長を後押ししてしまったことだろう。
「ふぅん、そうですか……。お別れねぇ」
対するクラリーチェの視線は凍てつくように冷ややかで、その言葉にも背筋が凍り付くような威圧感が含まれ始めていた。
増長したウィッチのせいで種の幕引きを義務付けられていた彼女にしてみれば、この少女達の立ち振る舞いはその再現。不愉快以外の何物でもないだろう。
「……ここまでされたら交渉決裂、戦う他はないな」
それを察した彼方は戦う決意をする。
武器を突き付けられているクラリーチェの正体が露呈しないか否か、それは分の悪い賭けだろう。
だが、クラリーチェ本人の怒りも臨界点に達しようとしている。ならば彼方も動くほかはない。
彼方は深々とため息をついて立ち上がろうとする──
「そこまでじゃ。小娘共、命惜しくばその武器を引っ込めよ」
悠然とソフィアが現れたのはその時だった。
「ソフィア王女!?」
「大人しくしておけ七荻彼方。この期に及んであの男を擁護するつもりもなかろう? 思う所もあろうが今のワシは魔法騎士団の名を背負ってここにおる。この場でお主と交える気はない」
ソフィアは驚く彼方を手で制すると、肩にかけた魔法騎士団の制服をひらりと舞わせてソファに腰掛けた。
「どういうおつもりですかな。次世代種計画であれだけの技術協力を受けておきながら、今更私達と袂を分かつおつもりですか」
先程まで自らがその算段をしていたことを棚に上げ、源十郎は実に遺憾だと顔をしかめた。
「ミスター源十郎、お主達は商人の領分を超えた。ウィッチを用いて人々を脅かすのならばワシ等は見過ごせぬ」
「ははは、冗談がお上手だ。人々を脅かしてるのは貴方達、そもそもウィッチは法の外でしょう」
「前者は否定せぬ。が、後者は勘違いをしておる。法の外に在るのは国に所属したウィッチのみ、そして法の外に在るのはお主達のようなウィッチを用いた外道を断罪する為なのじゃよ」
威風凛然とソフィアが言い放つ。
その姿は真剣な時のエリスと同じく王たる威厳を感じさせた。
「だ、だがその権限を持つのはその国のウィッチ組織のみ! ウィズダリア魔法騎士団が我が国に干渉する権利はない!」
「くくく……まさに笑止。あるではないか、お主が己の利の為に寄こしたものが!」
ソフィアが懐から取り出したロッドを机の上に滑らせる。
一同が静かに固唾を飲む中、チクタクチクタクと規則的な針の音が聞こえ、ポーンポーンと柱時計のような音が響く。
風景が一度大きく揺らめき、机の上に白い怪異──ベルゼットが姿を現す。
「今これより、この件はファントム案件となった! 故にウィズダリア魔法騎士団はこの事態に対処すべく全ての権限を手に入れた!」
堂々と、凛然と、ソフィアが高らかに宣言する。
「ベルゼット……」
「小娘、動くでないぞ。さもなくば安全は保障しかねるでのう」
呟くクラリーチェに対してソフィアがそう言うと同時、ベルゼットが手にした鍵束を滑らせる。
「ひっ──!?」
鍵束はうねる大蛇の如く庭園を噛み砕く。瞬く間にクラリーチェの右隣のウィッチを貫くと、更にその背後から蠢き左隣のウィッチを刺し貫いた。
抵抗する間もなく貫かれた二人はずるりと力なく崩れるが、床に崩れ落ちるよりも早く世界から遮断されてその場に浮かんで停止した。
「な、な、なんてことをしてくれるんだ。この野蛮人め!」
恐怖に満ちた表情で源十郎が叫ぶ。
「お主達が無抵抗の相手にしようとしていたことじゃ。野蛮と罵るのならば悔い改めよ」
「れ、レイナ君! ユウリ君! 何とかしてくれたまえ、彼女達に負けたら私達は身の破滅だ!」
「ま、ま、ま、マジっすか!?」
「で、で、でも!」
残された二人のウィッチは、世界から遮断された仲間とベルゼットを交互に見て狼狽する。
「君達も選ばれしウィッチだろう。大丈夫、二対一なんだ!」
「素直に降参した方がいいんじゃないかな。あれは君達の手に負えるとは思えないもの」
一瞬の隙を見て駆け付けた彼方に手を引かれながらクラリーチェが言う。
クラリーチェにとっては身を案じた思いやりの言葉。
しかし、源十郎に思う存分増長させられてしまった二人のウィッチにとって、その言葉は闘争心に火がつくような侮辱だった。
「ムカつくー! 魔法の何も分かってない人類の癖に!」
「ならこいつボコってお前もボコってやるからー!」
レイナとユウリと呼ばれた二人のウィッチがそれぞれ武器を構える。その得物は弓と手甲。
「偽ファントム、しねよやーっ!」
吶喊の雄叫びと共にユウリが拳を振り上げてベルゼットに殴りかかる。
その隙を衝いてレイナは屋外へと飛び出した。弓を扱う彼女にとって屋内戦闘は不利、それ故のコンビネーションプレイなのだろう。
ユウリは密着するような距離まで踏み込んで、右から左から拳打を雨あられと浴びせていく。ただでさえ狭い室内、ここまで接近を許してしまえば長い得物である鍵束は容易に振るえない。
だが──
『お前は次世代種計画を甘く見ている』
ユウリの拳打を躱すことすらせず、ベルゼットは悠然と言い放つ。
彼女の手甲は紛れもなく因果調律鍵。されどベルゼットは微動だにしない。それは余りに圧倒的な能力差があることを意味していた。
「う、うああああああっ!?」
幾ら殴っても小動もしない相手に恐怖し、ユウリが飛び退こうとする。
しかし、飛び退く前にその顔面を鷲掴みされ、屋外へと放り投げられた。
勢いよくユウリが跳ね転がり、玉砂利がジャラジャラと音を立てる。魔法で物理法則を制御すれば受け身すら必要ないのだが、世界を改竄し合うウィッチ同士の抗争では魔法がいつも通り扱える保証はない。
「くっ、逃がさないしー! この庭園でハチの巣にしてやるー!」
足元に転がったユウリを跳んで躱すと同時、レイナが夜空の風景に溶け込んだ。
「ステルス! これが彼女が使う庭園の特性か!」
レイナは姿を消したまま、幾本もの矢を打ち出す。
矢の発射地点は上下左右前後ランダムで彼女の居場所を絞り込むことはできない。物理法則を超越できるウィッチならではの隠密戦法だ。
「クラリーチェ、俺の後ろに!」
流石に流れ矢が飛んでくると思い、彼方がクラリーチェを自らの後ろに隠す。
「あの程度のものが届くものか。お主を相手取ることを思えば取るにも足らぬわ」
ソファに腰掛けたままソフィアが悠然と言う。
その言葉に応えるように、ベルゼットが鍵束で迫り来る矢を薙ぎ払った。
「あああ、レイナの矢が──!」
無数に飛ぶ矢を一網打尽にされ、姿を消したレイナが悲痛な叫びをあげる。
だがそれだけでは終わらない、ベルゼットが振るった鍵束は紐解かれ夜空に浮かぶ無数の刃となる。それはさながら満点の星空のようだった。
『姿を消そうが逃げ場などない。鍵束──』
ベルゼットが呟きと共に右手をかざす。
同時、因果喰らう星々の銀河が降り注いだ。
「んあああああ! ママああああぁぁぁぁぁー!」
情けない叫びすら刃の雨に呑まれて消え去り、レイナは庭園を引き裂かれて無様な姿を晒し、そのまま世界から切り離されてしまった。




