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午後八時3


「全くもって嘆かわしい! あの凡愚は下品な性根を隠すような知恵すらないのですか!?」


 源十郎との会談を終え、ティータイムを楽しむいつもの部屋で遥が憤る。


「相変わらず困った人だ。しかし、前はあそこまで酷くはなかったと思うんだがな」


 言いながら、彼方は遥にハーブティーを手渡す。

 精神安定の効能を持つこの銘柄は遥のお気に入り、憤る遥をなだめるには持ってこいなのだ。


「人は力を持った時に本性が現れると言います。ウィッチと言う力を得たことで自らの領分を見失ったのでしょう」


 遥はハーブティーに口を付けて息を吐くと、着席しながら彼方に同意する。

 七荻源十郎は野心家でもあるが小心者でもある。故に今までは顰蹙こそ買えども大それた行動を起こす事はなかった。しかし、ウィッチと言う力を得たことで彼の心境にも変化が生じたのかもしれない。


「だが裏に居る人間が分かってやりやすくはなったのは事実だ。御巫彩華のような人間が裏に居ないと分かったのは大きい」


 遠景にそびえるロウフェラービルを横目に彼方が言う。

 狂気と才覚を兼ね備えていた御巫彩華と違い、残念ながら源十郎は権力に執着心を持つ凡夫に過ぎない。

 無論、ウィッチを擁している以上は気を抜くことはできないが、世界を滅ぼしかねない悪行などできるはずもない男だろう。


「そもそもさ、ウィッチで対抗って言っても数人じゃどうしようもないと思うんだけれど。だって魔女議会は総勢三百でしょ、源十郎って人はその辺りの計算もできない人なの?」


 彼方達の話を横で聞いていたクラリーチェが至極当然の疑問を口にする。


「だから魔法騎士団に協力を仰いだのでしょう。お兄様達は次世代種計画なるものを知っていますか?」

「ううん、知らない」

「俺も聞いたことがない」


 彼方とクラリーチェが揃って首を横に振る。

 遥は頷いて自らの万能端末をスクリーンモードに切り替える。そして後ろの白壁に次世代種計画の資料を映し出した。


「簡潔に述べればファントムに近しい実力のウィッチを作り出す計画の総称です。ここ数か月、各国は様々なアプローチで競うようにそれを進めているのです」

「ここ数か月……あー、原因は私かぁ」


 クラリーチェはバツが悪そうな顔でハーブティーに口づける。


「その通り、蜃気楼の如く揺らめいた七荻ビルは実に衝撃的。その上、結局誰一人としてファントムの庭園を打ち破ることは叶いませんでした。故に人々もウィッチも気が付いてしまったのです。世界中のウィッチを総動員しても本気になったファントムを止めることはできないのだと」

「だから数を圧倒する強烈な個を求めるという訳だな。そこで共鳴機関を利用する……筋書きが読めてきたな」


 彼方の読み通りならば偽ファントムはウィッチの能力を束ねた強化ウィッチ。今回は全断の剣(マスターキー)を用いたから対抗できたものの、遥ですらまともに攻撃を通せないような相手だ。

 並みのウィッチが大挙して挑みかかった所で偽ファントムには勝てず、まとめて返り討ちに遭うだけだろう。つまり、偽ファントムを安定して運用することが可能になれば僅か数名でも十分魔女議会に対抗できる戦力と言えるのだ。そしてそれは魔女議会の対抗組織として十分な発言力を手に入れることができる事を意味している。


「御巫彩華の功罪なのかもしれませんね。あの女の前では小物は野心ではなく恐怖を抱く。結果として七荻源十郎の如き人間は封じられていたという訳です」


 遥は腕組みをするとつまらなそうに鼻を鳴らした。


「かと言ってお前が御巫彩華のようになって貰っては困るぞ」

「当然です。私の不出来はお兄様の評価を貶めます、そんなことは絶対に致しません」


 自らの胸にぽんと手を当てて遥が断言する。


「となると、源十郎さんの暴走を止めるには偽ファントムを倒して次世代種計画を頓挫させるのが一番手っ取り早そうだね」

「ああ、共鳴機関は繊細極まる装置だ。偽ファントムを倒して負荷をかけてやればいとも容易く壊れてくれるはずだ」


 クラリーチェの言葉に彼方が頷く。

 魔法機関の建造許可はそう簡単には降りない。今回はロウフェラーの魔法機関を改装して利用しているが、それを完全に壊してしまえば次に建造するまでには数年の歳月が必要となることだろう。


「とすれば、問題はより力をつけたであろう偽ファントムをどう倒すかになりますが……」

「それは私がやらないといけないだろうね」

「クラリーチェが? だが向こうはファントムのデータを狙ってる。お前が直接戦うのはハイリスクだと思うが……」

「んー、それは分かってるんだけどね。偽ファントムの正体的に私かエリスじゃないと勝てる確証はないかなぁって」


 クラリーチェはどことなくそわそわと落ち着きない様子で言う。


「お前かエリス? それは買い被り過ぎだろう。確かに昨夜で信仰時計は大きく針を戻したが、共鳴機関でウィッチを連結したとしても結局はロッドとしての性能限界に縛られる。それでウィッチの頂点であるお前に届くとは到底思えない」


 そういう彼方の横、クラリーチェは寂しげに目を細めると、小さくため息をついて自らの胸元に手を当てた。


「それが彼女だけはあるんだよ、困ったことに」

「そう言えば偽ファントムの正体に心当たりがあると言っていたな。その正体は誰なんだ?」

「正体はベルゼット・ロウフェラー、彼女は並行世界でファントムを産んだウィッチなの。だから彼女だけはファントムに届くことができるかもしれない」

「ファントムを産んだ?」


 ファントムを産んだの意味をはかりかね、彼方が小首を傾げる。


「うん、変な比喩じゃなくってそのままの意味」


 クラリーチェはどこか遠くを見るような視線をしたまま、胸元から取り出した懐中時計を見つめた。


「そのままの意味……」


 彼方は顎に手を当てて再考し──ぴしりと凍り付いた。


「いや、クラリーチェ……。まさか、まさかのまさかだが」


 産んだが比喩でないとしたら、そのまま母親と言う意味だろう。そしてファントムの正体は言うまでもなくクラリーチェだ。

 つまりそれはファントム誕生に携わった所でない大問題を意味してしまう。


「うん、並行世界のベルゼットが私の母親だよ」


 そして、そのまさかをあっさりと肯定するクラリーチェ。

 彼方と遥はあんぐりと口を開いたまま揃って顔を見合わせる。


 そして、二人は唖然としたままゆっくりとクラリーチェの方へと向き直り、


「ぶ、ぶふぁあっ!? は、は、は、母親!? あの女が貴方の母親なのですか!?」

「クラリーチェ!? それは本当なのか!? ロウフェラービルであんな顔をしていたのはそう言う意味だったのか!?」


 二人で競うようにクラリーチェへと詰め寄った。


「いやいやいやいや、二人とも落ち着こうか。あくまで並行世界の話だからね? こっちのベルゼットとは生物学上は親子になるだけなんであって」


 ここまで激しい反応をされると思っていなかったのか、目を丸くしたクラリーチェは小さく両手をあげて仰け反った。


「だけじゃないだろう。だけじゃ」

「そうです! 証拠、証拠を見せなさい! 証拠がなければ俄には信じられません!」

「おんやぁ、証拠と来ましたか。んー、パッと出せるのはこれ位しか思いつかないなぁ」


 言いながら、クラリーチェは手にしていた懐中時計をテーブルの上に置く。

 それは昨日の昼、エリスに見せていた懐中時計だった。


「この懐中時計はね、ロウフェラーが代々と伝ていく一点物なんだって。さっきフェイクの胸から零れた懐中時計と同じものであり、夜空に浮かぶ信仰時計と同じもの」


 ウィッチの庭園は自らの深層心理を反映した形状と性質を形作ると言われている。

 更にこの世界で一点物の懐中時計を持つ人物だと言うのなら、偽ファントムがクラリーチェと縁の深い者である所までは間違いないだろう。


「それで不服ならDNA鑑定でもなんでもどうぞ。ベルゼットと確実に親子扱いされちゃうから」

「うむむ、なんという……」


 クラリーチェの言葉に嘘偽りがないだろうことを理解し、遥が押し黙る。


「それで、並行世界のベルゼットは私の母親だけあって能力の高いウィッチだったみたい。……彼女の場合はそれが仇になったんだけれど」

「仇?」

「並行世界のベルゼットは自分の能力を制御できなかったの。そして自らの内で吹き荒れる魔法はベルゼット自身を無秩序に傷つけ、私の命と引き換えに自らの命を失った」


 淡々と語るクラリーチェ。

 種の終焉を背負っていた彼女の身の上話はことごとく重い。


「……クラリーチェ。本当に偽ファントムの正体がベルゼットだったとしたら、お前はベルゼットと戦えるのか?」


 彼方は正体の露呈と共に生じた疑問を口にする。

 クラリーチェは一人この世界に来た事に負い目を感じるような性格だ。並行世界とは言え自らの母親を打ち倒すようなことができるとは思えない。


「んもう、心配しなくても大丈夫です。あくまで私の母親であるベルゼットは並行世界のベルゼットなの。そもそも、異なる未来を歩んでるこっちのベルゼットはぴんぴんしてるし」

「それは確かにそうではあるんだが……」


 ハイテンションなベルゼットを思い出して彼方が苦笑いする。

 制御を失った魔法が彼女を傷つけていたのなら、あんなハイテンションでは居られないだろう。


「更に念を押しておくけれど、私とこっちのベルゼットはあくまで他人だからね。そもそも並行世界のベルゼットだって私にとっては伝え聞いた話なんだし。それこそ君達がおじさんをやっつけられるかの方が心配なぐらいだよ」


 不安気な表情をしたままの彼方に対し、クラリーチェはけろっとした顔で笑ってみせる。

 だが、その笑顔を見た彼方は逆にどことない不安を覚えるのだった。


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