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午後十一時4


 遥と共に支社長室を出た彼方達は注意深くビルの中を歩いていた。

 背後からウィッチが迫っている様子はなく、待ち構える人影もない。

 聞こえる音は自分達の足音、そして鈍く響く魔法機関の駆動音だけだ。


「この駆動音、さっきより魔法機関の出力が上がっている。何かの間違いだと思いたかったが……二人共気を付けるんだ。連中、今から仕掛けてくるぞ」


 そんな不気味な静けさの中、浮かない表情をした彼方は二人にそう言って自らの歩調を速めた。


「カナ君、仕掛けてくるってどういうこと? 魔法機関は魔法によって作り出したエネルギーを電気とかにして取り出す為のものだよね」


 彼方に追いつくため、小走りになりながらクラリーチェが尋ねる。


「剥き出しになっているこの配線に見覚えがあるんだ。俺の勘違いでなければ、あれは魔法機関をロッドの外部演算装置として利用する為の物だ」

「それはまさか、お兄様……!」


 エレベータが到着する気配のないホールを抜け、三人は階段を駆け下る。


「ああ、このビルの中心を突き抜けているのは……共鳴機関だ」

「共鳴機関! ロウフェラーはまだあんな物を利用していたのですか!?」


 スカートの裾をつまんで階段を駆け下りる遥が、彼方の後ろで驚きの声を漏らした。


「義妹さんたら驚いちゃってどうしたのさ。共鳴機関って言うのはそんなに厄介な代物なの?」


 そんな遥とは対照的に、クラリーチェはとんと見当がつかないといった風に小首を傾げる。


「少し前までロッドや魔法機関は性能第一の開発競争をしていてな。それ故にそれを運用する側、特に生身の人間がどうなるかまで考えてもいない代物が数多考案されていたんだ」

「お兄様!」

「構わない、必要なことだ。……複数の魔法機関を外付けの演算装置とし、その結果をハブとなる魔法機関で集めて子機のロッドに送る。そうすれば従来のロッドよりも数百倍強力な魔法の行使が可能となる。それが共鳴機関だ」


 三人が階段を駆け下りる度、それを追いかけるように駆動音はゴゥゴゥゴゥと早く激しくなっていく。


「そこに何か問題があったの? 私には特に問題があるようには聞こえないけれど」

「ウィッチなら魔法にしては物足りない程度にしか思わないだろう。だがロッドの場合、その計算結果を扱うのは人間なんだ。人間はウィッチと違ってその規模の魔法は扱いきれない、それはつまり肉体に強烈な反動を受けることを意味している。そして……そんな欠陥品である共鳴機関の設計者の名前は七荻彼方、つまり俺だ」


 共鳴機関は彼方にとって忌むべき失敗の記憶だ。

 超高出力のロッド設計と言う課題に対し、彼方は安全面を確保せず、ただ単に高出力を達成した段階でそれを完成としてしまった。


 その後、ロウフェラーの手で実際に作られた共鳴機関は、強烈な反動と言う欠陥をそのままに起動し、起動実験に参加した少女が危険な目に遭った。

 少女が運良くウィッチとして覚醒しなければ死んでいたかもしれないと伝え聞いている。


 だから二度とそんな欠陥品は作らない、ロッドの設計で手は抜かない。そう彼方は心に誓ったのだ。


「だと言うのに……ロウフェラーは再びこんな欠陥品を作りあげた。偽ファントムを抜きにしても、俺にとってはこれだけでも十分戦う理由になる」


 そう言うと、彼方は階段を下りるのを止めて最寄りの階へと飛び出す。

 同時、ゴゥゴゥとうなり声のように鳴っていた駆動音がキイィィィと甲高い共鳴音へと変化し──バツンと一際大きな音が鳴って全ての音が掻き消えた。


「音が止んだ。それは共鳴機関の演算完了を意味する……いよいよ来るぞ」


 完全に無音となった廊下で、彼方はロッドを構えて周囲の様子を窺う。


 チッチッチッ。


 チクタクチクタク。


 チクタクチクタク。


 無言で耳を澄すと、微かに、されど確実に、時計の針が時を刻む音が聞こえはじめた。

 天井、廊下、壁面、ビルの全てが仄かに青白く発光し──視界が歪む。


 視界が戻った時、彼方達の目の前には揺らめく影がひとつ。

 その風貌は白いタキシード、手には刃、その素顔はにやけた仮面によって隠され、姿は乱れた映像のように揺らめいている。


「出たな、偽物──! 遥、手を貸してくれ。恐らくこいつは魔法機関の代わりにウィッチを補助演算装置としてウィッチを強化した存在、言うなれば強化ウィッチだ!」


 ファントムの格好をしていない以上、正体を露呈させてしまうクラリーチェは戦えない。

 しかし、偽者とは言えファントムを名乗るその存在、果たして彼方と遥で対処できる相手なのだろうか。


「いいえ、フェイクの相手は私がします。ここは敵陣の真っ只中、相手が複数のウィッチを擁している以上、先に退路を確保するのが先決です」


 遥は自らの得物である刀を手にして彼方の一歩前へと進み出る。


「しかし……遥、お前はまだ本調子じゃないんだろう!?」


 彼方が小さく首を振る。

 遥は叡智の塔の依り代として自我を希釈されていた。故にその後遺症でウィッチとしての能力が低下しているのだ。

 今の遥は少し強いウィッチに過ぎない。


「ご心配ありがとうございます。しかしお兄様の手を煩わせるまでもありません、あんな輩など本調子でなくとも十分です」


 心配そうな顔をする彼方に、遥はぽんと胸に手を当ててそう意気込んだ。


「だが……」

「カナ君、ここは義妹さんに任せよう」


 クラリーチェが全断の剣(マスターキー)を握ろうとした彼方の手を掴んで引っ張る。

 わざわざ剣を握ろうとした手を掴んだのはここで戦うべきではないと言う意味なのだろう。


「俺の不始末を任せてすまない」

「何を仰いますか! 愛するお兄様の不始末ならばそれを処するは私の務め! 本物相手に溜まった鬱憤、見事あいつに押し付けてみせましょう!」


 言うと同時に遥は跳躍、天井を蹴りつけ急降下でフェイクへと斬りかかる。

 フェイクは手にした刃を逆手に構え、その一撃をを受け止めた。


「今です、お兄様!」

「義妹さん、気を付けて! 私の予想通りならあいつはウィッチとして規格外だから!」


 激しい鍔迫り合いをする遥とフェイク、その横を彼方とクラリーチェが一目散に走り抜ける。


「クラリーチェ、ここから飛び降りる! ロッドを使うならそっちの方が早い!」


 ガラス張りになっているビルの外周エリアまで走って彼方が言う。


「同感だね!」


 彼方はロッドによる魔法で壁を破壊。

 クラリーチェの腰に手を回して抱きかかえると、迷いなくそこから飛び降りる。


 見上げた夜空に浮かぶのは先程と同じ黄金の懐中時計。時計の時刻は十一時五十二分を指していた。

 夜風を切って二人が着地したのと、遥が窓ガラスを盛大に突き破って夜空へと飛び出したのは同時の出来事だった。


「遥!」

「義妹さん!?」

「……申し訳ありません、大言壮語を吐いておきながら早速不覚を取りました。フェイクの奴、庭園が異様に堅いのです」


 空中で体勢を変え、軽やかに受身を取って遥が言う。

 対するフェイクも窓から飛び出し、いつの間にか彼方達の進路を塞ぐ様に立っていた。逃がすつもりはないと言うことらしい。


「堅いんじゃない、多層型だ。演算装置代わりとなるウィッチ達が持つ庭園、それを全て身に纏っているんだ。そんなものを一刀両断するなら……全断の剣を使うしかないだろう」


 彼方は全断の剣を構え、遥を庇うように前に立った。

 本調子ではないとはいえ遥が不覚を取る相手、本来ならばクラリーチェに任せるべき相手だろう。

 だがそれは相手の思惑通りの展開であり、更にはクラリーチェの正体露呈をも意味する。ならば彼方が戦う他はない。


「口惜しいですがそのようです……。お兄様、お気を付けて」

「ああ……ここからは俺が相手だ。行くぞ、偽物」


 その言葉に、フェイクは両手を広げておぼろげな体を一層大きく揺らめかせる。

 それはまるで彼方の姿を見て歓喜しているかのようだった。


「戦意は十分、なら遠慮は要らんな──!」


 アスファルトを力強く蹴りつけて彼方が跳ねる。

 彼方は前傾姿勢のまま滑るようにフェイクとの間合いを詰め、そのままフェイクの脇目掛けて全断の剣をひらめかせた。

 戦闘慣れした者が放つ俊敏な一撃。

 対応が遅れたフェイクは、右手と腰を大きく捻った不自然な体制になりながらも平然とそれを受け止めた。


「ぐっ……!」 

『これが名高い全断の剣か──』


 真剣ならば上半身と下半身が分断されるような鋭利な一撃を完全に受け止め、抑揚のない機会音声でフェイクが言う。


『しかしまだ足りない。お前の持つ全断の剣は"フェイク"に過ぎない』


 フェイクは垂直に跳躍しながら鍔迫り合いをしていた自らの刃を引き抜くと、腰の捻りを利用して彼方に斬りかかった。


「ちいっ!」


 彼方はゆらりと体の軸をずらして右肩へと急襲する刃を躱し、返しに全断の剣を斬り上げる。


 フェイクは空中で態勢を制御し、バク転のように後ろに回転してそれを避けると、無造作に剣を構えなおした。


『強い、が……ただの人間である前を解析しても信仰時計には大した影響を与えない。早々に本物を引きずり出す』

「やはりファントムを解析するのが狙いか!」


 南通りでクラリーチェが推察していた通り、フェイクの狙いは解析。

 その口ぶりから察するに、ウィッチを解析することで信仰時計は更にその力を強めるのだろう。


「無論、そんなことは俺が許さない」


 彼方は地を滑るように駆けて、フェイクへの間合いを一気に詰める。

 フェイクは刃を大きく振りまわし、それを受け止めた彼方を全断の剣ごと弾き飛ばす。


『お前の許可は要らない、する! そして私は次世代種へと到達し、未来を得る──!』


 両手を広げて宣言するフェイクに応えるようにキィンキィンと高い金属音が響き渡り、ロウフェラービルが青白く発行する。


「共鳴機関の出力をさらに上げるか──! あんな物まで持ち出して次世代種とやらになりたいか!」

『あんな物とは酷い言い草だな、設計者」


 "設計者"。その言葉に、彼方は自らの表情を小さく歪める。


「そうだな、その設計者だから分かる。共鳴機関の負荷はまともじゃない、長くは耐えられないぞ」

『……いや耐えられる。人ならぬウィッチの身ならば』

「それは演算装置がロッドの場合だ。演算装置がウィッチになったのなら相応の負荷が掛かる、上手く行くとは到底思えない!」

『行く行かないではない、行かせる! それをここで証明してみせよう!』


 ジジジと映像が乱れるようだったフェイクの体が明確な輪郭線を描き、


『完全防御態勢から、攻撃態勢へ移行』


 カチリと時計の針が時を刻む音時計が響き、刃を持っていたフェイクの右腕が弾け飛んだ。


「何!?」


 予想だにしないフェイクの行動に、突き進んでいた彼方の足が止まる。


「カナ君、油断しちゃダメ! 懐中時計の見えるここ一帯は全部偽物の庭園内部だから!」


 それを咎めるように叫ぶクラリーチェの声。


『因果を斬られろ』


 直後、消失していたフェイクの右腕だけが本体を離れて彼方の眼前に出現した。


「なっ!?」


 突如眼前に出現した剣に彼方が驚きの声をあげる。

 声をあげると同時、彼方は頭で考える早く身を捻り、全断の剣の柄でフェイクの腕ごと刃を弾き飛ばした。


「くっ……ここ全域、あいつの射程内と言うことか!」


 彼方は態勢を崩しながらも、弾き飛ばしたフェイクの腕から視線を外さない。

 積み重ねたウィッチとの戦闘経験がなかったのなら、今頃彼方は正中線から真っ二つに斬り伏せられていたことだろう。


『攻撃態勢が防がれた。いとも容易く……』


 この一撃で勝負を決する心積もりだったのだろう、対するフェイクも呆然と彼方を見据えていた。

 互いに動揺を隠せないまま二人は立ち止まって睨みあう。どちらも相手の手の内が読み切れず迂闊に動けない。


「義妹さん、このまま睨みあいが続くようなら援護をお願いしてもいい?」

「必要ありません、その前にフェイクが動きます。あの庭園……信仰時計とやらは文字盤の時刻が十二時丁度になると消滅する仕組みなのです」


 遥が夜空に浮かぶ懐中時計を見上げる。時計の針は十一時五十八分を指していた。


「なるほど……。あれは残り時間を計っているんだ」

「ええ、常は実際の時刻と連動しているようですが、今日は既に午前零時を過ぎています。恐らく今回の交戦は向こうにとってもイレギュラー、ならば相応の負荷が掛かっても不思議はありません」

「だろうね。これをいつでもできるんなら、夜に紛れてこそこそ動く必要なんてないもの」


 クラリーチェは納得したように頷くと、視線をフェイクの方へと戻す。


 遥の読み通り、ほどなくして業を煮やしたフェイクが動く。

 バツンと言う音と共に、今度は腕だけでなくフェイクの全身が砕け散った。


「次は全身か!」


 周囲の様子を素早く確認する彼方の眼前。今度は揺らめくフェイク本人が出現する。

 その腕を大きく振りかぶるフェイク。


 だが、彼方は気が付いていた。

 その手首だけは未だ消失したままで、刃は別の場所から自らを狙っているだろうことを。


「それはフェイクだ!」


 彼方は素早く左右に目を滑らせると、ぐるりと向きを変えて右側に跳躍する。

 先程まで彼方の立っていた場所、その左斜め後ろからフェイクの右手と刃が振り下ろされた。


『これを読み切った……!』

「生憎、それよりも厄介な相手と何度も戦ってきた」


 彼方が幾度となく対峙した叡智の塔はウィッチの少女を使役し、複数のウィッチを自らの手足のように操っていた。それに比べればこの程度、ネタが割れてしまえば手品に過ぎない。


 跳躍していた彼方は空中で姿勢を制御、宙を蹴ってフェイクへと反転攻勢を仕掛ける。

 防御の態勢を取ろうとするフェイクだが、武器と自らを分断したのが災いし、全断の剣を受け止めることは叶わない。

 彼方が振り下ろした全断の剣はそのままフェイクの胸部へと吸い込まれ、揺らめく体が白日の下に晒される。


「…………!」

「手応えはあったが……!」


 捻った体を引き戻し、彼方は後ろに飛び退いて間合いを取りつつフェイクの様子を窺う。


 乱れていた姿フェイクの姿は鮮明となり、よろめいた拍子に胸ポケットから黄金の懐中時計が姿を見せる。信仰時計と全く同じ色形の懐中時計だ。


 世界に対する干渉権を奪われたフェイクは悶えながら宙に浮かびかけ──次の瞬間、元から居なかったかのように掻き消えた。


「十二時丁度……直前で魔法が解けて致命傷を避けたのでしょうか。なんて運のいい」


 遥がフンと鼻を鳴らす。


 空を見上げる二人に次いで、彼方も警戒を緩めぬまま夜空を見上げる。

 空で十二時を指し示していた信仰時計は、カッカッと時を刻む音を立てて時刻十時三十分を指し示した後、八時までその針を巻き戻して消失した。


「十時三十分は俺達が異常を感じ始めた時間……。それが八時になったということは解析が進んだと言うこと。結局、偽ファントムは半ば目的を達してしまったという事か」


 静かになった夜空を見上げたまま、彼方は全断の剣を強く握りしめるのだった。


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