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午後十一時3


 それからかれこれ数十分、一行は都心部から少し離れ、七荻ビルとは丁度逆方向にある工業地帯へとやって来ていた。

 如何にも工場と言った平たい建物が立ち並ぶ中、一つだけ周囲とは不釣合いな超高層ビルの前でソフィアがおもむろに立ち止まる。


「ここじゃ、お主達の言い訳はここで聞く」

「ここは……噂に聞くロウフェラーの新社屋か。魔法騎士団が関与してるなら有り得る展開だとは思ったが」


 七荻ビルと競うような超高層ビルを見上げて彼方が呟く。


 ロウフェラーとはウィズダリアに本社を置く超巨大企業。

 社名と同じ名を持つ創業者一族は各国と太いパイプを持ち、一昔前まで世界経済の黒幕とまで呼ばれていた。

 だが近年は競合業種、特にロッド関連において七荻グループの後塵を拝しており、社員は七荻を強くライバル視しているとも伝え聞いている。


「ロウフェラーかぁ……。黄金の懐中時計を模した庭園を見せられた後で、ここだけは止めて欲しかったんだけどなぁ……」

「クラリーチェ、大丈夫か?」


 真新しいビルを見上げたまま、困ったように言うクラリーチェ。

 演技にしてはどことなく精彩を欠いたその様子に、少し心配になった彼方が尋ねる。


「ああ、うん、大丈夫大丈夫。ささっと行こう」


 クラリーチェはハッとした顔をすると、自らの顔の前でぱたぱたと小さく手を振ってビルへと入っていく。

 彼方はその後ろ姿を少しだけ不思議そうに眺めていたが、自らもロウフェラービルへと続いた。


 ロウフェラービル内部は無骨と言う表現が似合っていた。

 普通のオフィスビルである七荻ビルとは違い、むき出しの壁面にはダクトやケーブルが幾重にも張り巡らされ、ビル中央部を貫いている魔法機関へと接続されている。


 ゴゥンゴゥンと規則正しい魔法機関の音はまるで心音のようで、まるでビル自体が一つの巨大な機械、あるいは生物の体内であるようだった。


「まだ完成前のようだが大したものだな。ビルひとつ丸ごと魔法機関の為の構成と言うわけか」


 彼方は感嘆すると同時にオフィス街に建てられない訳だと納得する。

 安全性はほぼ証明されているとはいえ魔法のエネルギーを用いる魔法機関は未だ研究段階。海上に建てられた特別区域以外での実用許可は基本的に下りない。

 恐らくこの工業地帯に建てるのでさえ、ロウフェラーの威光が遺憾なく発揮されたはずだ。


「七荻の小倅は流石に目敏いのう。お前には見せたくはなかったのじゃが、見せねば目的地まで連れて行けぬ」

「すまない、職業病みたいなものだ。しかしこの魔法機関の構成は……まさかここ以外に複数の魔法機関があるんじゃないだろうな?」


 魔法機関に対しての考察を止めない彼方の様子に、ソフィアは深々とため息をついて立ち止まると、


「うがっ!?」


 邪悪な笑みを浮かべて彼方の顔を鷲掴みにした。


「くくく、そうじゃ、こうすれば解決であったわ。目的の最上階まで距離幾許もない、このまま歩け」

「すまん、流石に痛い。俺に見せたくないのならせめて目隠しにでもしてくれないか?」


 ソフィアの小さい手では彼方の顔を掴むにも難儀するのだろう。

 レースの手袋をつけたその手はギリギリと思い切りの力が込められていた。


「そうそう、一つ言い忘れておったが……ワシはお主が嫌いじゃ。よくもまあエリスもこんな男を選んだものじゃと常々思うておる」


 顔を掴むソフィアの手に一層の力が入る。

 不条理を感じざるを得ないが、過剰に込められた力が故意である以上、それが中止されることはないだろう。


「か、カナ君!?」

「安心せよ、小娘。この男は大丈夫じゃ。ほれ、そうじゃと頷いておる」


 ソフィアが彼方の顔を鷲掴みにしたまま上下させる。


「いやいや、それ明らかに君が動かしてるでしょ」

「だ、大丈夫だ、クラリーチェ。痛いだけだ、先を急ごう」


 彼方は心配させないように少しだけ虚勢を張ると、クラリーチェの誘導を受けながらビルを進んでいく。


「ここが目的地じゃ。この件に関してはもう一人話に入れると決まっておる」


 ソフィアは彼方を鷲掴みにしていた手を離すと、レースのハンカチで念入りに手袋ごと手を拭きながら言う。


 彼方の目の前にあったのはいかにも高級そうなダークブラウンの扉。

 脇のプレートには格式ばった書体で支社長室と刻まれている。


「ロウフェラーの支社長室。確かここの支社長は……」


 彼方がその名を出す前にソフィアが扉を開けてその名を呼んだ。


「ベルゼット、奴等を連れてきた。入るぞ」

「はーい、おっかえりさなさいましでございますよ。お供の方もご苦労様でございます。……おっと居たのでございますか、七荻彼方。悔しいでございましょうねえ、悔しいでございましょうねえ。ライバル企業に犯罪者として連行でございますよ。近年稀に見る転落ストーリーでございますねえ。ベルゼットさん的には傍目にドン引きでございます」


 トンとステッキで床をひと鳴らし、開口一番炸裂するマシンガントーク。

 社長室で待っていたのは一人の少女。レタス色の髪をチョコレート色のリボンで結び、色白の肌にはクラリーチェの片目と同じ色をした真紅の瞳がよく映えている。

 滅多にいない美少女なのだろう、ちゃんと黙ってさえ居れば。


 唖然としながら彼方が横に目をやれば、クラリーチェは何とも形容しがたい表情でベルゼットを凝視していた。

 こんな複雑怪奇な表情をしているクラリーチェは、彼方ですら今までに見たことはない。


「そちらの方も七荻彼方の巻き添えとはご愁傷様でございますねぇ」

「え、ああ、うん、まあいいんだけどさ。はじめまして」


 早くもベルゼットにうんざりとしているのか、ジトっとした視線を向けつつクラリーチェが挨拶を返す。


「はい、はじめまして。私こそがここの支社長を務めるベルゼット・ロウフェラーでございますよ。ベルゼットさんは気さくでございますからね、気軽にベルゼットと呼んでくれて構わないでございますよ」


 スカートの裾をつまみ上げ、ぺこりとベルゼットがお辞儀をする。

 その動きは優雅かつ華麗、口上さえ無視すれば名門のご令嬢に相応しいものだった。


「さて、七荻彼方。お前にはファントムと共謀して殺人を行った嫌疑が掛けられているのでございます」


 ベルゼットはしゃなりしゃなりと彼方に近づくと、びしっと指を突きつけた。


「あれは俺がファントムと共謀してやった、そう言うんだな」

「そうでございます。何しろ人間業ではない徹底的な解体っぷりだったとか。そして、お前がファントムの剣を借りることができるのは既に知っているのでございますよ」

「……それは魔女議会経由の情報なのか?」

「まさか! 七荻子飼いの魔女議会はロウフェラーの敵! エネミーでございますからね、一切合財接点なんてないでござますよっ!」

「接点がない? それはおかしいな、ならウィッチ案件の事件に対する逮捕権も何もないだろう。俺の身柄はこの国の組織である魔女議会に引き渡すのが筋のはずだ」


 魔法騎士団がウィッチが関与した事件に対応するための組織だとしても、それはウィズダリアで起こった事件の話。

 この国で起こった事件の管轄はあくまで魔女議会であり、魔女議会が協力を要請しない限り、国内の事件に関与する権利は当然ない


「おおっと、そう言って逃げようとしても無駄でございますよ。何しろこちらにも権限があるのでございますからね。ばっちりこの国から頂いた物が」

「うええっ!? そんな馬鹿なことってあるの!?」


 彼方の横でクラリーチェが驚きの声を上げ、それを聞いたベルゼットが待ってましたとばかりに会心の笑みを浮かべる。

 クラリーチェが驚くのも無理なからぬこと。ウィッチはたった一人で軍隊以上の脅威となる。だからこそ国はウィッチを味方につけるために様々な特権を与えてウィッチを囲うのだ。

 それなのに他国のウィッチに権限を与えるなど、町中に完全装備の軍隊を招き入れるようなもの。正気の沙汰とは思えない。


「少し想像力を働かせれば分かる話でございますよ。超巨大グループである七荻の総帥が半ば治外法権である魔女議会の大臣となる、それは見方によれば七荻がこの国の支配者となったようなもの。ですが対抗組織を作ろうにもウィッチなどおいそれと見つかる訳がないでございましょう?」

「そういうことか……」

「そう! そこで白羽の矢が立ったのがロウフェラーなのでございます。泣きつかれたロウフェラーは魔法騎士団の間を取り持ち、試験期間と言う名目で魔女議会に匹敵する権限を得ているのでございます」


 叡智の塔(パラレルヒストリー)にまつわる一件を落着させる為、遥は魔女担当大臣となった。

 それは経済界でも有数の力を持つ七荻総帥がウィッチを自在に操れる立場を得たと言うことでもある。

 彼方は遥の人となりを知っているから不安はない。だが、知らない人間から見ればそれはとてつもない脅威に違いない。

 ただし、それを差し引いたとしても、国家の安全を脅かすハイリスクな行為であることも間違いないのだが。


 もしかすると、今までは御巫彩華の狂気によって抑え込まれていたものが反動で勢いよく噴出してしまった。そんな側面も含まれているのかもしれない。


「つまり、もはやお前が真に犯人だろうと関係なし。ベルゼットさんがウィッチ案件だと言い張って決めてしまえば、その決定は誰も覆せないという寸法でございますよ」

「ああ、確かに脅威だな、これは」


 最悪の職権乱用を堂々と行うベルゼットに彼方は呆れた顔で納得する。

 確かにこれを危惧すれば、対抗組織を早急に用意したくもなるだろう。


「……ですがベルゼットさんは仏か聖母かと言うほど慈悲深いでございますからね。お前がファントムをここに呼ぶのなら、今回だけは不問にしてあげるでございますよ?」


 ベルゼットが含みのある笑顔を浮かべ、話を聞いているだけだったソフィアが小さく頷く。

 恐らく彼女達にとってこれが本来の目的だ。彼方はそう直感し、自らの表情を引き締めると、ベルゼット達の表情を再確認する。


 彼女達の狙いは最初から彼方ではなくファントム。

 彼方を追い詰めることによってファントムを誘き出そうとしていたのだ。


「なるほどな、だが彼女とは一時の協力関係に過ぎない。俺の窮地だからと言って、彼女を呼び出せるなんて言うのは買い被り過ぎだよ」


 その言葉にクラリーチェが彼方のわき腹をぴしぴしと小突いて抗議する。

 どうやら偽ファントムよりもこの嘘の方が余程大問題だと主張しているらしい。

 だがクラリーチェには申し訳ないが、彼方としてはこの状況下ではそうしらを切る他はない。


「ならばお前は拘束される他はないでございますよ。因果調律鍵(コード)を振り回す輩に動き回られては安全保障の一大事でございますからね」

「それは困るな、ならばせめて目的を教えて欲しい。俺から伝えれば彼女の方が接触してくる可能性もあるだろう?」

「逮捕する以外にないでございましょう? 他に何の目的があると言うのでございますか」

「ふむ、やはり悪巧みの目的はそう簡単に教えてくれんか」

「……っ! だからベルゼットさんは悪巧みなんてしていないでございますよ! おっまえは妄想癖があるんでございますか!?」


 わざと口に出して挑発した彼方に、ベルゼットが大袈裟にぐわーっと威嚇して反論する。

 しかし反論前の僅かな間を見るに、やはり逮捕以外の目的があるのは間違いはなさそうだ。


「本当に七荻は陰険でございますね! 明朗快活なベルゼットさんはお前を拘束しておくと心に誓ったでございますよ! ソフィア!」


 彼方を指さして吼えるベルゼットに、ソフィアがやれやれと言った風に肩を竦めてみせる。


「やれやれ……じゃが確かに野放しにしておくにはいささか面倒な男のようじゃ」


 ソフィアの言葉に呼応し、ウィッチの少女達が各々の武器を構える。

 彼方はここで戦っていいものかと思案し、視線をクラリーチェの方へと向ける。クラリーチェは大して動じる様子もなく、ベルゼットに視線を向け続けてていた。


「さあ、覚悟するでございますよ。ベルゼットさん達は正統な手続きでお前をボコボコにできるのでございますからね! 抵抗は罪が重くなるんでございますよ!」

「ふぅん……じゃあ、その正当な手続き同士がぶつかり合ったら一大事だね」


 クラリーチェはおもむろに万能端末を取り出して言う。


「はい?」

「実は偽ファントムが出てきてからずっと通話中なんだよ、これ」

「……そ、その通話相手はだれでございますか」


 うろたえるベルゼットの問いに、クラリーチェは無言でベルゼットの後ろを指差す。

 それにつられて振り返るベルゼット。

 都市の夜景を一望できる窓の向こう、遠方より急接近する飛翔体があった。


「な、何でございますかあれ、ヘリコプターとかでございますかね?」


 一歩後ずさるベルゼット。

 飛翔体の正体はヘリでも飛行機でも無く、ヘッドランプを輝かせた大型トラック。

 猛スピードで飛行するトラックが、夜空を突っ切り支社長室目掛けて一直線に突き進んで来ているのだ。


「の、ノオオオオオーーーーッ!? 何故トラックがお空を飛んでるでございますかっ!? 交通ルール! 交通ルールを守って欲しいでございます! マナーを守って交通安全っ! でございますよ!?」


 交通標語を絶叫して逃げ惑うベルゼット。


 スピードがまるで緩まないトラック。


 トラックがこのまま支社長室に衝突することを察した彼方は、クラリーチェを守るように抱きかかえる。

 案の定、トラックはミサイルのような勢いのまま支社長室のガラスを突き破り、頭部分が突っ込んだ所で魔法騎士団のウィッチ達によって停止させられた。


 一瞬で阿鼻叫喚の様相を呈した支社長室に、トラックの運転席から一人の少女が優雅に舞い降りてくる。


「ああ、お兄様、よくぞご無事で……」


 散りばめられたガラス片が部屋中で輝く中、阿鼻叫喚の元凶である遥は待ち合わせた恋人と出会ったかのように頬を赤らめ、小走りで彼方の所へと近づいていく。


「ぷぎゅっ!」


 途中、進路上に倒れていたベルゼットが踏みつけられて泣き声を漏らし、ソフィアが大慌ててベルゼットへと駆け寄る。

 遥はそんな些事は一切気に留めず、彼方へ向かって一直線。


「この遥、お兄様の窮地と聞いて、全てを投げ打って馳せ参じました。もうご安心ください、相手が魔法騎士団だろうと、万年二番手の負け犬企業だろうと、この遥がお兄様から万難排してみせましょう」


 そして、遥はくっついていたクラリーチェを無理やり押しのけ、ぴとりと彼方に寄り添った。


「いや遥、気持ちはありがたいんだがな……」

「あのさぁ、義妹さん。助けに来てくれたのはいいけどさ、君には非暴力的解決って選択肢はないの? とてもとても大切なことだよ」


 どう窘めるか迷っていた彼方に代わり、クラリーチェが呆れ顔で苦言を呈する。


「は? 貴方は意味不明なことを言いますね。お兄様に仇なす愚物の群れに掛ける慈悲など一体どの世界にあるというのですか?」


 遥は心の底から言っている意味が分からないと言った表情を作ると、彼方の手を引っ張って部屋から連れ出していく。


「さあ、お兄様このような場所に長居は無用です。愛の巣へと帰りましょう」

「どうする、クラリーチェ。状況だけを見れば帰った方がいいんだが……」


 彼方はぐいぐいと手を引っ張られながらもクラリーチェの方を見て判断を仰ぐ。


「うーん、カナ君の言う通り帰ろうか。ここで帰らないと本当に抗争が始まっちゃいそうだし」


 床に伸びているベルゼットを見て小さくため息をつくと、クラリーチェはそう言って彼方の後ろに続いた。

 その最中、遥は廊下で一度だけ部屋の方へと振り返ると、


「今後、お兄様に対する無礼な行為は全て私に、魔女議会に対する敵対行為と見なします。世界初のウィッチ抗争の元凶として教科書に載る覚悟がある者だけかかってきなさい」


 そう言い残して勢いよく扉を閉めるのだった。


 暫し呆気に取られていたベルゼットだが、正気に返って立ち上がると怒りで肩をわなわなと震わせた。


「な、な、な、何でございますかあれはっ!? やべえ奴にも限度があるでございましょうっ!? 支社ビルが完成前に潰されたでございますよ! こんな無礼許されていい筈がないでございます! こうなったら意地でもファントムを引きずり出してやるでございますよ! ソフィア!」

「そうじゃな。七荻遥も優秀なウィッチと聞く、次世代種計画の段階を進めるにはこの機を逃す手はなかろう」


 言って、ソフィアが手にしたロッドを壁面の端末へと差し込む。

 ロッドの差し込まれた壁面を起点として、壁面を走る幾本ものケーブルが血管のように光輝き、それがビル全体へと伝播していく。


「起動、共鳴開始……。分かっておるな、ベルゼット。今夜は既に信仰時計を起動しておる。言うなればロスタイム、残り時間は短いぞ」

「勿論承知でございます。今、ベルゼット・ロウフェラーの名の下に次世代種計画……プログラムファントムの起動を宣言するでございます! これより先は征界戦のはじまりでございますよ!」


 ベルゼットは力強く頷くと、胸元から取り出した黄金の懐中時計を天高く掲げた。


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