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午後十一時2


 同日午後十時。

 エリスを自宅に送り届けた彼方は、噂を探るべく夜の街を歩いていた。

 帰り道を利用して少し噂を調べてみようと言う算段だ。


 勿論、噂の出所などそう簡単には分からないことなど承知している。ただ、自分を納得させるために形だけでも動いておきたかったのだ。

 そして、そんな彼方の傍らには何故かクラリーチェの姿もあった。


「何も言っていなかったんだが、お前にはお見通しだったな」


 自らの横を並んで歩くクラリーチェを見て、バツが悪そうに彼方が言う。


「お見通しって言うかさ、カナ君が露骨なだけだからね? 帰り際なのにここからが本番だって顔してたら誰でも分かるよ」


 言って、呆れ顔をしたクラリーチェは万能端末の画面に写ったチャットツールの文字を見せた。


『彼方さんは偽ファントムを探しに行くと思うの。私はこの前の一件で凄く怒られたから暫く夜のお散歩には参加できないわ。彼方さんをよろしくね』

「と、エリスも申しております」

「ううむ、そうか、俺はそんなに露骨だったのか」

「そうだよ。だからちゃんと独断専行せずに私達と協力して動くこと。いいね?」


 ぴっと人差し指を立ててクラリーチェが言う。


「すまん、肝に銘じる。だが言い訳をさせてもらうと、今回は噂について調べるだけのつもりだったんだ。偽ファントムが現実の脅威だったのならちゃんと相談をしたさ」

「うーん、確かに噂を調べて即日荒事ってのは考えにくくはあるけれどねぇ。……いやいや、それだと結局カナ君と同じ結論になっちゃうね」

「同じ結論でいいじゃないか。ここは俺もお前も同類だとしておいて、帰りがてら夜の散歩をすれば。どうせちっとやそっとじゃ手掛かりなんて見つからない」


 彼方は笑いながらそう言うと、念のためにロッドを起動して夜の街を散策し始める。

 そして二人の見立ては実にあっさりと崩れた。


「ねえ、君たち知ってる? 午後十一時、南通りの袋小路で血を求めたファントムが手にした剣で少女を見るも無残に解体するだろう。って噂」


 路上でビラ配りをしていた女性が、ビラを手渡しながらそう彼方達に声を掛ける。


「その噂、自分達の知っている噂とは少し違いますね。その噂はどこで聞いたんですか?」


 彼方の問いかけに、ビラ配りをしていた女性の動きが一瞬止まり、


「ねえ、君たち知ってる? 午後十一時、南通りの袋小路で血を求めたファントムが手にした剣で少女を見るも無残に解体するだろう。って噂」


 先程と一言一句同じ言葉と動作で再びビラを手渡してきた。


「そうではなくて……その噂の出所を教えて欲しいんですが」


 彼方の言葉に女性の動きがまた止まり、


「ねえ、君たち知ってる? 午後十一時、南通りの袋小路で血を求めたファントムが手にした剣で少女を見るも無残に解体するだろう。って噂」


 まるでそういうプログラムであるかのように、全く同じ動きと言葉でビラを手渡してきた。

 その様子に、彼方とクラリーチェが揃って小首を傾げる。

 流石にこの反応は普通でない。


「すみません、一枚は受け取りますが、流石にこんなに沢山のビラは受け取れません」


 彼方は手渡されたビラを女性に突き返す。今度はアプローチを変えて試してみようという訳だ。


「あれっ、ごめんねー。私ったらどうしてこんなに配っちゃったんだろ?」


 女性は突き返されたビラを不思議そうな顔で受け取ると、


「ねえ、君たち知ってる? 午後十一時、南通りの袋小路で血を求めたファントムが手にした剣で少女を見るも無残に解体するだろう。って噂」


 やはり一言一句同じ言葉と共に再びビラを手渡してきた。


「うーん……行こう、カナ君。多分ここで相手をしていても埒が明かないよ」

「そうだな。噂の文言にある南通りに行ってみよう、噂の時間にはまだ間に合うはずだ」


 苦笑いするクラリーチェに同意し、二人は南通りへと早足で歩き出す。

 異常事態が起こっているのは確かだが、この場に留まっても何も得られないだろう。

 ならば噂が指し示している場所に行ってみる他はない。


 南通りへ向かう途中で見かけた人々も、先程の女性同様に噂を繰り返し喧伝していた。

 噂の文言をうわ言のように繰り返す酔っ払い、愛の言葉と共に噂を囁きあうカップル。想像以上に街は噂に侵食されている。


「いよいよ雲行きが怪しくなってきたねぇ」

「ああ、残念ながら荒事も覚悟しないといけないかもしれないな」


 そんな人々を見かける度、二人の表情はより真剣なものになっていく。

 そうして辿り着いた南通りはまるでゴーストタウン。噂に出てきたファントムの姿も、少女の姿も、道行く人々の姿すらもなかった。


「くどい程に喧伝していたと思えば次は無人か。この時間に誰も居ないのは初めてだな……。クラリーチェ、この一連の異常事態もウィッチの仕業なのか?」


 彼方が周囲を見回して言う。

 夜遅くまでやっているような店はないが、この通りはメインストリートにほど近い。

 この曜日この時間に全くの無人と言うことは通常あり得ない。


「それ以外にできる手段なんて考えられないよ。更に言えば、こんな広範囲かつ長時間の干渉をするのなら庭園以外にないね」


 クラリーチェはそう断じて周囲を見回す。

 庭園は可視化されている。この異常事態の原因が本当に庭園ならば、どこかにそれがあるはずなのだ。


「あった……! カナ君、空を見て。庭園だよ」


 クラリーチェが空を指差し、彼方も夜空に浮かんだ黄金の懐中時計の存在を確認する。

 少女の悲鳴が聞こえたのはその時だった。


「きゃあああっ!」

「しまった! もう午後十一時か!」


 彼方は万能端末をポケットから半分だけ出して時間を確認すると、悲鳴のした方へと一目散に駆け出す。


 悲鳴を聞いて駆けつけた先、そこは街灯の光も届かぬ路地の奥深く。

 僅かに届く月明かりが照らしていたのは刃持つ白い怪異、そしてその下に花開いた鮮血の紅。


「くそ、遅かったか! よくもまあこんなことをしてくれたな……!」


 もはや原型すら分からない血溜まりを見た彼方は、こみあげる怒りを言葉にして吐き捨て、惨劇の主犯を睨みつける。


 その風貌は白いタキシード、手には刃、その素顔はにやけた仮面によって隠され、姿は乱れた映像のように揺らめいている。

 ファントム。なるほど、確かに誰もがその名を思い浮かべるだろう。

 だが、あれがファントムであるはずはない。何故なら"本物"であるクラリーチェは、今彼方の隣で同じようにこの光景を目の当たりにしているのだから。


 故に彼方は怪異に問う。


「お前は誰だ?」


 その言葉に、動きを止めていた白い影がぐるりと振り返り、


『ファントム』


 合成された機械音のような声音でただ一言そう言った。


「違う、お前はファントムじゃない」


 彼方は怪異の言葉を一刀の下に斬り捨てる。

 白い怪異は固まるように一度静止した後、


『ならば……ここから先は征界戦のはじまりだ』


 手にした刃を彼方へ突き立てるべく一気に駆け迫った。


「……ちいっ!」


 彼方はその刃を全断の剣(マスターキー)で素早く受け止め、そのまま力で押し返す。

 偽ファントムは後ろに弾き飛ばされながらビルの壁面に着地すると、そのまま壁面を駆け上がり、黄金の懐中時計が輝く夜空へと消え去っていく。


「逃がすか──!」


 彼方は迷わずそれを追いかけようとする。


「待ってカナ君! その血溜まりの上に乗っちゃダメ! その人が怪我するかもしれない!」


 それを今まで静観に徹していたクラリーチェが押し留めた。


「怪我? いや……残念だが、怪我どころではなくあれはどう見ても」


 手遅れだ。何しろ既に人の形を留めていないのだから。

 思わぬ横槍と言葉に、彼方はクラリーチェの顔を見て首を横に振る。


「ううん、手遅れじゃない。血の臭いがしないでしょ? 因果調律鍵(コード)で世界への干渉権を奪われて、無傷のまま解体されてるんだと思う」

「生きたまま解体……? 何の目的でそんなことをする必要があるんだ」

「流石にそれは分からないよ。利用方法で思いつくのは何かの実験か、それとも人体の観察か……どっちにしろ、気分のいいものじゃないね」


 クラリーチェは胸の下で腕を組むと、怒りを吐き出すように大きく息を吐いた。


「とりあえず、無事ではあるんだな」

「うん」

「そうか、それは不幸中の幸いだな。まあ俺からすれば見れば凄惨な死体にしか見えないが……」


 全断の剣を手にしたまま、彼方は無傷だと言う血溜まりを見下ろす。

 何度眺めても血溜まりにしか見えないが、彼女が言うのなら間違いないのだろう。ウィッチにとっての生死の境界は現代科学の及ぶ位置にはないのかもしれない。


「ほう、凄惨と思える慈悲があるのに、どうしてこうも惨たらしい殺しをやったのじゃ?」


 突然聞こえたその声に、彼方とクラリーチェは揃って後ろへ振り返る。


 見れば先程までは無人だった通りには四つの人影。

 クセっ毛をくるっと巻いた金髪の少女が両脇にお供を連れて立っていた。

 そして、彼方はその少女の顔に見覚えがあった。


「ソフィア王女!? 滞在していると聞いていたが、まさかこんな所で本当に会うとは!」


 驚きの声をあげる彼方の顔を見て、ソフィアが無言の笑みを作る。

 その笑みの中には、どこか彼方に対する敵意が含まれているようにも感じられた。


「ソフィア王女……彼女がそうなの?」

「ああ、間違いない」

「ふぅん……」


 クラリーチェはさりげなく視線を空へ移し、懐中時計が夜空に浮かび続けているのを再確認すると、


「じゃ、ウィッチを伴ってお仕事中って訳だね。ご苦労様です」


 少しトゲのある口調でそう言った。


「うむ、近頃ファントムなどと言う不埒な輩が出没すると聞いてのう。ワシ達魔法騎士団も探しておったのじゃ。……じゃが、間に合わなんだのは実に無念じゃ」


 ソフィアが言い終わるや否や、両脇に立っていたお供のウィッチ三人が武器を構えて彼方とクラリーチェを取り囲んだ。


「ソフィア王女、これはどういうつもりなんだ」

「どうもこうもあるまい、現行犯じゃ。そんな武器を手にした状態で凄惨な死体の前に立っているのじゃ、罪状は聴くまでもあるまいな?」


 ソフィアは腕組みをしたまま奥の血溜りを指差す。


「む……」


 彼方は自らが手にした全断の剣を見てうなる。

 確かに武器を手にしたこの状況、犯人が誰かと問われれば彼方になってしまうだろう。恐らく偽ファントムが一度だけ斬りかかって来たのも、彼方に全断の剣を使わせるためだったのだ。


 ──だが、だとすればそれは余りに示し合わせたようなタイミングではないだろうか。

 ソフィアが来るのが少し早くても遅くても、彼方が全断の剣を手にした姿を目撃させることはできないはずだ。


「待って!」


 その疑念を口にしようとした所で、クラリーチェが彼方を庇って前に出た。


「カナ君も私も何もしてないよ。私達も悲鳴を聞いて駆けつけただけだから」


 クラリーチェは自らに小剣を向けるウィッチの表情をさりげなく確認すると、やや芝居がかった様子で反論した。


「ならば誰がやったのじゃ、犯人はどこへ消えた?」

「犯人は偽者のファントム。でもカナ君に斬りかかった後、すぐに空に消えちゃったの」

「それが偽者である証拠は? お主が知っておるかは知らぬが、この男がファントムと懇意であることは周囲の事実じゃ。結託して殺人を行っていると言う可能性は十分にある」


 ソフィアがクラリーチェの反論を即座に切り返していく。

 まるでその反論は既に想定済みだというように。


「それは……むー、目の前に死体があったら確かに反論できないけど」


 当然自らが本物のファントムだと言う訳にもいかず、クラリーチェは返す言葉を見つけられずに押し黙る。──ふりをした。

 そうあくまで"ふり"だ。間違いない。やる気になった彼女がこの程度の口喧嘩で押し黙るわけがない。先程の問答は全て演技だ。


「気が済んだのならばついてくるがよい。ウィッチの強さは知っておろうな? ヒルダ、くれぐれも逃がすでないぞ」


 彼方とクラリーチェに背を向け、ソフィアが歩き出す。


「ま、不服なのは分かるよ。推理小説なら絶対に犯人じゃないって展開だしね。けどさ考えてごらんよ、凶器を持った人間の目の前に死体が転がってるとか、ここで同行願わなきゃ私達給料泥棒だよ? ちょっと運が悪かったと思って同行してよ」


 ヒルダと呼ばれたウィッチは気さくな感じでそう言うと、クイクイと手を動かして自分の後を付いてくるよう促す。


「そうだね……あんな凄惨な"死体"があったら仕方ないね、カナ君」


 ソフィアとウィッチ達が歩き出した隙を衝き、クラリーチェが彼方に目配せをする。


「……そうだな。"死体"の目の前で武器を構えていれば、犯人扱いも仕方ない」


 クラリーチェの意図を理解して彼方が言う。


 ソフィアもヒルダもあの血溜まりを死体と言った。つまり魔法騎士団はこの件について事実を述べていない。

 だからクラリーチェは彼方が余計なことを言う前に連行されるように仕向けたのだ。

 そうすればソフィアが事件の中心近くまで運んでくれるだろうと踏んで。


「さて、何が出てくるか……」


 偽ファントムの言った"征界戦のはじまり"と言う言葉を思い出しながら、二人はソフィアの後ろを歩くのだった。

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