エピローグ~ワールドエンドより彼方へ~
エピローグ
清々しい朝の空気の中、クラリーチェは軽やかな足取りで街を歩く。
見上げる七荻ビルは今日も実体を伴って空へと伸びている。
「こうしてみると、あの時の一件がもう遠い過去のようだねぇ。……うん、きっとそう思えるのは、ちゃんと私が未来へと歩いているからだよね」
クラリーチェは口の端を緩めてそう言うと、彼方のマンションへと向かう足を速める。
黎明の日は失敗に終わり、失脚した彩華に代わって遥が魔女担当大臣代行となった。
庭園憑きだったウィッチ達も全員普通のウィッチに戻り、今はそれなりに落ち着きを取り戻しているらしい。
「さ、急がなきゃ。時間はあると言ったって有限だもんね」
クラリーチェは母親の形見である懐中時計で時間を確認すると、彼方の住まうマンションへと入っていく。
トン、トン、トン、と小気味よく階段を登るとお目当ての部屋はもう目の前にある。
ガチャガチャと扉を捻る、鍵はかかっている。
いつも通りのことだ。
「さてと……」
クラリーチェは手にした鍵で扉を開けると、
「おはよう、カナ君!」
中に居るだろう想い人へと飛び込んだ。
***
早朝、彼方は困惑していた。
「遥、いつまでそこで仁王立ちしているつもりなんだ」
「お許しください、お兄様。今日と言う今日こそは、あの女にガツンと鉄槌を喰らわせてやらねばならないのです」
玄関を睨み続けながら遥が言う。
「元気になってくれたのはありがたいが、遥にも困ったものだ。なあ、エリス」
遥に無理やり連れてこられたのだろう、眠気まなこをこすっているエリスにコーヒーを手渡しながら彼方は言う。
「ふあぁ……仕方ないわよ、遥はあれで平常運転だもの。変に大人しいよりはずっといいわ」
「それはそうなんだが、平常運転かは同意しかねるな……」
元気になったのは喜ばしいことなのだが、叡智の塔の器となっていた後遺症なのか、今までよりも元気になり過ぎている気がしなくもない。
「来ましたね!」
遥が刀を思い切り振りかぶり、そこに勢いよく扉を開いてクラリーチェがやってくる。
「おはよう、カナ君!」
「成敗ッ!」
振り下ろされた因果の刃は、ゆらりと揺らめいたクラリーチェをすり抜けて床に直撃した。
「あれ、義妹さんも来てたんだ。庭園のある私に普通の因果調律鍵は無意味だし、そもそも義理の姉にそう言う態度はどうかと思うよ?」
まるで攻撃などなかったかのように、クラリーチェは至って普通に彼方の所へとやってくる。
「誰が義理の姉ですか! お兄様のファーストキスを奪った卑しい牝豚めがっ! お兄様の慈悲を愛だと勘違いされては困るというものです!」
そんなクラリーチェを見て、遥が吼える。
「そうね、助けられて感極まったのだろうから強くは非難しないけれど、私もキスは問題だったと思うわ。その歳で赤ちゃんできたら大変なことよ」
言って、優雅な仕草でコーヒーを飲むエリス。
「え? いや、キスで赤ちゃんって……ねえ」
「そっとしておきなさい、少女の純真無垢を意味もなく踏みにじる必要はありません」
クラリーチェと遥は顔を見合わせると揃って頷きあう。
この二人は一見険悪な仲のようで、なんだかんだで意見が合う。喧嘩するほど仲がいいと言う奴なのだろうと彼方は思っている。
……思いたい。
「ということでさ、カナ君。今日はせっかくの日曜なんだし、第二都市開発空域に遊びに行こうよ」
「待ちなさい! 何を堂々と抜け駆けしようとしているのです!」
「あれー、義妹さんも来たいの? 別に来たいなら拒まないよ、私。……勿論、仕事がなければの話だけどね」
クラリーチェは挑発するような笑みを浮かべる。遥がこれから重要な会合に出席しなければならないことを知っていての発言だ。
「ぐぬぬ……」
忌々しげにクラリーチェを睨む遥。
「……エリス、二人とご一緒してきなさい。彼女は拒まないそうですから」
「へ? 言われなくてもそのつもりなのだけれど」
コーヒーと一緒に出されたドーナツを食べながらエリスが小首を傾げる。
「ならばいいのです。くれぐれもお兄様をあの猛獣と二人にきりにしないように。必要なら発信機も手渡しておきます」
やいのやいのと目の前で飽きもせず騒ぐ三人娘を見て、彼方は呆れ顔で頬をかく。
「全く、三人が揃うと相乗効果でここまで騒々しくなるとは読めなかったな」
だが騒がしくても、この今は彼方が、クラリーチェが、エリスが、遥が皆が求め積み重ねたものの結実。
そしてこの今日は明日、更にその先の未来へと繋がっている。
「本当は終わっていなかったのかもしれないな……」
彼方は胸ポケットに入ったロッドを取り出す。
御巫彩華は百億の生は百億の死によって完結すると言っていた。それが達されていない叡智の塔が不満だったのだと。
しかし、最期を悟った平行世界が旅立たせた最後の種、それがクラリーチェなのだとしたら、その種は新天地で立派に芽吹いている。
積み重ねて来たものの結実が今だと言うのなら、潰えてしまった平行世界の未来もまた今なのかもしれない。
「なら、この先は二つの過去が交わった未知の世界だな」
ならばこの先の未来はきっと今よりも良いものになると信じられる。未来が一人では創れないのなら、大勢で創ればよりよい未来になるはずなのだ。
窓の向こうに広がる青空は、叡智の塔が映していた青空よりも澄んで広がっているように見えた。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
"叡智の塔"にまつわる話はこれで完結となり、次回更新からは"信仰時計"を巡る話となる予定です。
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