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叡智の塔4

「っ! ひっ!? や、やあああああああっ!?」


 屋上の中心で渦巻く叡智の塔(パラレルヒストリー)の中、クラリーチェが悲痛な叫びをあげる。


「クラリーチェ!?」

「うふふふふふふ! 見落としてくれると信じていましたわ。ファントムさんは最強ですもの、ここは強者にとっては盲点ですわよねぇ」


 よろよろと立ち上がり彩華が高笑いする。


「これは……どういう事なんだ!?」

「あれは先程彼方さん達が躱したもの。本来なら霧散するはずのものを無理やりかき集めた残骸ですのよ」


 蜃気楼のように揺らめく庭園が消え、その代わりに力を取り戻した叡智の塔が急速に拡大し、瞬く間に屋上全てを呑み込んでいく。


「わたくしは遥さんの叡智の塔をその場で移し変えるなんて芸当できませんわ。でも、ファントムさんならきっと難なく出来てしまう。だからそんな非効率的なことはしないと読み違えた」


 まだ残る屋上の風景に遥を降ろしながら、彼方は唇をかみ締める。

 彼方がクラリーチェに遥の相手を任せた時、クラリーチェの言葉を聞いたこの少女は内心ほくそ笑んでいたに違いない。


「遥さんを倒したファントムさんが庭園を戻すまでの僅かな間、僅かな油断。それがわたくしが持っていた唯一の勝機でしたの。やはり歴史はドラマティックになるようにできていますのね。さあ、彼方さん! 次は貴方が足掻く番でしてよ!」

「言われなくても……! クラリーチェ待っていろ、俺が絶対に助けてやる!」


 勝ち誇った顔で叡智の塔を見上げる彩華には目もくれず、彼方はクラリーチェを助けるべく叡智の塔の中心部へと駆け出す。

 だが、周囲の空間が完全に崩壊し、叡智の塔に近づく事すら叶わない。


「まさか、クラリーチェの魔法が暴走でもしているのか!?」


 今日の昼、彼方の訪問に驚いたエリスが魔法を暴走させていた。あれを更に酷くしたものがここで起こっているのだ。

 それでも彼方は懸命に近づこうとするが、次第に鈍い頭痛が襲い始める。

 脳の過負荷、ロッドの限界が近い証だ。


「くそっ……!」


 ウィッチならば難なく立ち入れるであろう領域。

 しかし、ロッドを使ってその真似事をしているだけの人間には決して立ち入れない世界。

 最悪のタイミングで種としての隔たりを思い知り、彼方は忌々しげに歯噛みする。


 それでもひび割れた道となった床に全断の剣(マスターキー)を突き刺し、彼方はなんとかその場に踏み留まろうとする。だが、荒れ狂う因果の流れと急速に力をつける叡智の塔に阻まれ、もはや留まることすら叶わない。


「うふふふ、足掻いても無駄ですわ。だってファントムさんは平行世界の終焉なのですもの。こうなってしまえばもはやわたくしでも制御不能! 接点から漏れ出た並行世界の全ては、水が低きに流れるが如く全てファントムさんへと流れるだけですわ!」

「知ったことか! あいつは未来を求めてこの世界に来たんだ! それを今更終焉の入れ物なんかにさせるか!」

「そう未来! わたくしは叡智の塔のそこが気に入らなかったのですわ! 歴史とは百億の生と百億の死をもって完結するもの。その中のただ一つでも欠けてしまえば、それはあまりに酷い欠陥品ですの!」

「それが気に入らないのなら終わった物語だけを読んでいればいい! 俺達が欲しいのはそんなものを踏み越えた終わりの先だっ!」


 彼方は全断の剣を抜いては刺し抜いては刺しを繰り返し、突き刺す場所を少しずつ前へと動かして進んでいく。何とかクラリーチェに近づこうと必死だ。

 しかし、もはやそんな努力をする必要もなくなってしまう。


 魔法の暴走が止み──彼方の手にしていた全断の剣が消えた。


「全断の剣が消えた──!? まさか、叡智の塔が全部入ったのか!?」


 空になった手を見つめ、絶望交じりに彼方が呟く。

 熱くなっていた、第二都市開発空域と同じ過ちを繰り返していたのだ。


「いや、まだ……間に合う!」


 彼方は万能端末を取り出し通話機能を起動。

 ほんの僅か、手のひら大だけ残った屋上の宵闇へと投げ入れる。


 そして、それを待つかのように広がり続けていた叡智の塔の膨張が終わる。

 クラリーチェが彼方がそうするまで待っていたかのような間だった。


「うふふふふっ、平行世界の歴史はここに完結し、この世界も眩く輝いた貴方の死を持って有終の美を飾る。うっとりするほどエクスタシーですわぁ!!」


 彩華が叫ぶと同時、様々な武器を構えたシルエットが次々と姿を現す。彩華が直接手出しはできなくとも、中に入った悪意は未だに健在ということらしい。


「さあ、選択の時でしてよ。諦めて安穏とした滅びを選ぶか、足掻きに足掻いて絶望の淵に沈むか、選んでくださいまし!」

「決まってる。俺はあいつと一緒に未来を作ると約束しているんだ。遠慮は要らん、宣言しろ! 更なる征界戦のはじまりを──!」


 彼方は全断の剣の代わりにロッドを構える。

 見据えるは行く手を阻むシルエットの先、叡智の塔の中心となったクラリーチェがいるだろう場所。


「流石は彼方さん! 素晴らしいですわ! さあ、征界戦──いいえ、虐殺と言う名の黎明の日のはじまりでしてよ! この世界の末日は貴方の死を持って定められる、そこに変わりはありませんわ。そして、貴方の歴史の幕引きは貴方の半身たるファントムが行う! ああ、悲劇的な絆の物語ですわ。わたくし、こういう悲劇を待っていましたの! 達するような素敵な最期をみせてくださいまし!」


 武器を持ったシルエットが大挙して彼方に迫る。

 振り下ろされる大槌を、なぎ払ってくる槍を、突き刺してくる突剣を、全て躱して彼方は進む。


「素晴らしいですわ彼方さん! でも、全断の剣もなく、進んだ先には何がありますの!?」

「クラリーチェが居る!」


 煽る彩華に即答し、彼方は突き進む。

 公園で遥も一度自らの意思を取り戻せたのだ。ならば器にされて間もないクラリーチェならば、自我を取り戻せる可能性は大きいはず。そう信じて。


 躱して、躱して、躱して、シルエットをすり抜けて、迷いなく進んだその先、空を指差すようなシルエットが一つ。つられ見上げた空には無数の武器が浮かんでいた。


 彼方は咄嗟に背後のシルエットへ体当たりするように飛び退く。

 先程まで彼方の居た場所には様々な武器が突き刺さっていた。


「くっ、クラリーチェが叡智の塔の中に入っているのなら、当然のようにこの程度はやってのけるだろうな!」


 クラリーチェの戦闘スタイルは彼方も承知している。武器を自在に操作して来ないだけまだ有情というものだ。

 だが、本来のクラリーチェに劣るからと言って、それが勝てると言うことにはまるで繋がらない。

 現に再び空に浮かんだ武器はその数を更に増し、彼方の身を貫くのを今か今かと待ち構えている。


「避けきれる、のか……?」


 背後のシルエットが彼方の方へ向き直り、空の武器が彼方へと狙いをつける。

 彼方は避けきる経路を模索する。しかし、因果を切り裂く数百の武器から逃げ切る道筋などあろうはずがなかった。


「うふふふ、万事窮すですわね! 縋る神すらもはや居ませんわ!」

「縋る神は居なくても、俺ができる手は打っている。俺は足掻くだけだ」


 あの僅かに宵闇残る屋上へ投げ入れた万能端末の着信がエリスの元へと届いていたのなら。


 エリスがそれに気がついてここへ駆けつけてきているのなら。


 あの夜、彼方とエリスがした互いの後悔が埋められるのなら。


「ならばその手を見せてくださいまし!」


 降り注ぐ絶対律の雨。

 その寸前、風景の一部が裂け、そこから現れる漆黒を纏った黄金の少女。

 庭園中を吹き荒れる黒の文字列の嵐が全ての武器を絡めとり、花開いた文字列が魔法陣となってそれを粉砕した。


「間に合ったわね、彼方さん。今回はちゃんと貴方を助けに来れたわ」


 エリスは折れた七荻ビルの残骸を僅かに見上げた後、黄金の髪をふわりと舞わせて彼方の方へと振り返る。


「すまん、エリス。頼らせてもらった」

「ええ、どんどん頼っていいのよ。それで、ここではどうすればいいのかしら?」

「……遥は助けたが、今度はクラリーチェが依り代になった。俺はそれを助けたい、手伝ってくれ」

「任せてちょうだい。でもね、手伝うのは私だけじゃないはずよ」


 エリスは大剣を地面に突き刺すと、息を大きく吸い込んで、


「遥! 何をぼーっとしてるの!? 無事なんでしょ、立ち上がりなさい! 彼方さんのピンチよ!」


 何処に居るかも分からない遥に対してそう一喝した。


「さあ、これで大丈夫。彼方さんはクラリーチェの所へ突き進めばいいわ。道は私達が必ず作るから!」


 にっと笑うエリス。

 彼方はこくりと頷くと、クラリーチェの居るだろう方へと再び駆け出す。


「まあ、思ったより他力本願でしたのね」


 嘲笑う彩華。しかし、その言葉には僅かな動揺が混ざり始めていた。


「好きに言え、俺が欲しいのは全員で辿り着く未来だ。一人の力で勝利した証じゃない!」


 幾つものシルエットが現れ、彼方の行く手を阻む。


「ご安心ください、お兄様。奇跡とは努力もなしに掴む幸運。ならばこの状況は他力本願ではなく、お兄様が作り上げたものの結実に他なりません」


 言葉と共に、行く手を阻むシルエットが庭園ごと一刀両断される。


「遥!」

「遅くなりました、お兄様。全く……我ながらなんという愚劣、私としたことが愛するお兄様の窮地に呆けているですって? 誰がそれを許すものですか」

「遥さん──! このタイミングで最悪の裏切りですわ!」

「どんな負け惜しみをのたまうかと思えば……。この程度のことも理解できないとはなんと無残な、自らにのみ執心し他人の心を慮ることをかまけた証ですね。私は徹頭徹尾お兄様のために戦う愛の戦士なのです」


 遥は彩華を見下してフンと鼻で笑う。


「彩華、浅薄な己の無力に打ちひしがれなさい。貴方の思い描いた歴史は成らず、これから先に描かれる未来に貴方の意図は含まれません。所詮、終焉の信奉者には明日を描くことはできないのです」

「っ! それでもファントムさんは助けられませんわ。叡智の塔を唯一切り離せる全断の剣は、既にないのですもの」

「あら、そんなことはないわよ? あるじゃない、叡智の塔(ここ)に。彼方さん! 並行世界(むこう)の私の手を取って! 本当にここに平行世界の全てがあるのなら、どんな悪意の中だろうと私は貴方に手を差し伸べるわ! 絶対に!」


 雨のように降りしきる武器の数々を黒い文字列で打ち落としながらエリスが叫ぶ。


「ここに……そうか! この風景に並行世界の全てがあるのなら!」


 彼方は走りながら周囲を見回す。

 武器を持って襲い来るシルエットの中、武器を持たぬシルエットがただ一つ。

 そのシルエットはクラリーチェと出会った夜に対峙した叡智の塔と同じように、その手を彼方へ伸ばす。


「そうか、あの夜のシルエットはお前の欠片だったんだな……」


 彼方はシルエットが伸ばした手を掴んで引き寄せる。


「クラリーチェを導いて……お前はきっと俺よりも大人になったんだな。すまなかったな、最後まで傍に居てやれなくて」


 囁く彼方の言葉にシルエットが粒子となって消失し、


「ああ、こっちの俺は大丈夫だ。お前をおいて先には逝かない。だから……おやすみ、後は俺に任せてくれ」


 紐解ける因果の流れが異なる答えを形作る。

 消え去ったシルエットの代わりに、彼方の手には一振りの漆黒剣が残る。色こそ違えどそれは紛れもなく二人の絆(マスターキー)


「エリス! もはやこの叡智の塔に価値は有りません、貴方の因果調律鍵(コード)を使いなさい!」

「ええ! 彼方さん、今から叡智の塔を壊してクラリーチェを露出させるわ。必ず捕まえてつれて帰って!」


 エリスがひび割れた道路に漆黒の大剣を突き刺す。

 突き刺した漆黒の大剣はしゅるしゅると黒い文字列となって紐解かれていく。

 文字列の隙間からぽつぽつと蛍のような光が無数に揺らめき、文字列が黒く埋め尽くす空へと飛び立っていく。

 闇の文字列と光の粒子がエリスの周囲で渦を巻き、この世界とは異なる法則を作り上げる。それは因果異なる別宇宙の創世。


 文字列が作り出す闇の中、銀河のように渦巻く光を従え、エリスが完全に紐解かれて柄だけとなった大剣を天へと振りかざす。


「今ここに開闢せよ! 我が因果が統べる新世界!」


 瞬時、渦巻く宇宙が膨張し叡智の塔を塗り替える。

 文字列が魔方陣へと花開き、光の粒子が咲き乱れ、古い世界が砕け散る。

 初めに闇、次に光が全てを塗り潰す。

 やがて光が掻き消えて安息が訪れると、そこは宵闇に包まれたヘリポートに戻っていた。


 そして、その中心には叡智の塔の残滓と共にうずくまったクラリーチェの姿があった。


「見えた!」


 彼方は黒い全断の剣でクラリーチェに纏わりつく残りの叡智の塔を切り裂く。


「来い、クラリーチェ!」


 そして、剣を持たない左手でクラリーチェの手を掴んだ。


「カナ君……? どうして、全断の剣も維持できなくなったはずなのに……」

「全断の剣は平行世界(むこう)のエリスがくれた。だから帰って来い、お前の居場所は滅んだ世界じゃない。こっちだろう?」


 彼方は一歩足を踏み出し、クラリーチェの手を掴んで叡智の塔から引きずり出すと、そのまま自らの傍へと引き寄せる。


「さあ、ここで終わらせてやろう。平行世界で滅んだ人類も、ウィッチも、こちらでは新しい未来を描けるように」

「うん……そうだね」


 その瞳にいつもと同じ強い意志を宿すクラリーチェ。

 彼方は黒い全断の剣を構え、クラリーチェがそれに手を添える。


「ありがとう……。この全断の剣を持って君達の歴史は真に幕引きとさせて貰うよ。さようなら、私の故郷」


 振りかざされた漆黒剣がいつもの白銀色に眩く輝く。

 二人は頷き合い、迷わずそれを振り下ろした──


 光の刃が筋となって伸び、並行世界の接点があるだろう場所に吸い込まれていく。

 平行世界との接点が消失し、その後を追って叡智の塔によって創られた全断の剣も消え去った。

 残ったのは明らんだ黎明の空のみ。


「眩く輝く素晴らしい物語でしたわ。……でもわたくしの描いた未来予想図とはまるで違う。わたくし、どこを間違えたのですかしら」


 一部始終を見届けた彩華が呆然とした様子で呟く。


「決まってるじゃない、最初からだよ。歴史は必ず終わる、でも終わりから逆算した歴史なんて一つもないの。だって歴史を刻むのは未知の明日への渇望なんだもの。そしてそれは一人じゃ得られない」


 クラリーチェは黎明の空を見上げる彼方に抱きつくと、


「だよね、カナ君?」


 そっと彼方にくちづけた。


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