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叡智の塔3

 ふわりふわりと舞い踊る彩華がトンと一段大きく跳ね──彼方の視界の右から刃がひらめく。


「っう!」


 彼方が全断の剣(マスターキー)で刃を受け止めると、彩華はくるりと雅に舞って、その場で左から刃をひらめかせる。

 彼方がごろりと転がって、その僅か上を因果の白刃が滑る。


 畳み掛けるように遥が手を伸ばし、三つのシルエットが彼方へ向かって駆け出した。


「クラリーチェ! 負担が大きいだろうが遥の相手を主で頼む!」

「分かった! 妹さんの叡智の塔(パラレルヒストリー)を私に移されたら困るし、注意し続けられるそっちの方が好都合だよ!」


 言って、彼方は低い体勢から彩華を斬り上げる。


「ファントムさんったら、わたくしはそんなことはいたしませんのに」


 彩華はくるんと宙返りをしてそれを躱した。


「この動きで心配とはよく言う……! 並みの達人でもできん立ち回りだ」

「うふふ、確かに御巫の神事で剣舞は習っていましたけれど、これは叡智の塔で下駄を履いているだけですわ」


 たおやかに笑いながらその場で舞い踊る彩華。それを守るように剣を構えたシルエットが両者の間に斬り込んでくる。

 彼方はそれに合わせて小さく間合いを取った。


「シルエットにまで武器を持たれては迂闊に踏み入れんな……!」


 シルエット単体は武器を持っていても大した脅威ではない。しかしそれが複数になり、更に彩華の意思で動いているのならば厄介極まりない。


「あらあら、悠長はいけませんわ彼方さん。遥さんを助けたいのでしたら、可能な限り迅速にわたくしを倒す必要がありましてよ?」

「言われなくても──!」


 彼方が踏み込んで反転攻勢に入ろうとする。

 それを待ち構えていたかのようにシルエットの内一体が槍を構え、彩華が刀を逆手に構えて身を捻る。


「時に……彼方さんは異なる武器による波状攻撃を捌くのはお得意ですかしら?」


 シルエットが猛進し、彩華が散る桜の如くひらりと舞う。


「カナ君! 槍の方は任せて!」


 相手取っていた二体のシルエットを引き裂きながらクラリーチェが言う。


「すまん、任せた!」


 槍を持って猛進するシルエットを完全に無視して、彼方は螺旋を描くように舞い踊りながら刃をひらめかせる彩華に集中する。

 くるり、くるり、くるり──そこで彼方が動く。

 深く踏み込んで剣を横に薙ぐ、彩華の手にした刀を弾き飛ばし、体勢を崩した彩華が彼方の脇を転がった。


 次いでそこに猛進するシルエットが彼方に迫る。だが、シルエットは横から交差するように打ち出された全断の剣によって引き裂かれた。


「まあ、お上手。こういう遊戯も存外に楽しいものですわね。わたくし、興奮で体が火照ってしまいますわ」


 ころころと転がった彩華が立ち上がって再度刀を構える。


「──きっと、遥さんも混ざりたいと思っていますわよ」


 振り返る彼方。目前には大斧を振りかぶった遥が迫っていた。


「ちぃっ! 目を覚ましてくれ、遥!」


 彼方はとっさに全断の剣で斧を受け流す。

 鈍い衝撃が彼方の腕に残り、脇の床に見事なまでの亀裂が入った。


「まあ、彼方さん、隙だらけでしてよ」


 その背中、刃を突き刺すべく彩華が駆ける。

 そこにクラリーチェが間に割って入り、手にした全断の剣で彩華の剣を受け止めた。


「ごめん、カナ君! 妹さん引き付けきれなかった!」

「気にするな、お前の負担の方が大きいんだ!」

「まあ、うふふ……ファントムさんも混ざりたかったのですわね。言ってくださればよかったのに」


 彩華が後ろに軽く飛び退くと、入れ替わりで槍を構えたシルエットが彼方達を襲う。後ろには大鎌に持ち替えた遥も居る。


「庭園が無いと数の暴力がダイレクトに響くねぇ……!」


 自らの周りに浮かべる剣の数を七本に増やし、忌々しげにクラリーチェが言う。


「それなら庭園を戻して遥さん共々破壊してみてはいかがですの? そうすれば叡智の塔の破壊と接点の破壊を両立できましてよ?」

「愚問だね。君と違って私は今後も続く未来が欲しいの。その場合、勝ち方には貴賎があるんだよ」


 言いながら、クラリーチェがシルエットを弾き飛ばす。


「そうですの、それは期待通りの素敵な答えですわ」


 クラリーチェの答えを聞いた彩華は満面の笑顔を浮かべる。


「ならば次は全員で参りますわね」


 彩華、シルエット、遥、その全員が武器を構える。


「クラリーチェ! 浮かべた剣を一本残すとどこまで捌ける?」

「カナ君のカバーまで考えなければ全部いけるよ」

「なら全部捌いてくれ。俺に対するカバーは考えなくていい」

「……分かった。多少のリスクは仕方ないよね」


 幾度となく共に戦った経験と言うべきか、クラリーチェは彼方がここで決着をつける算段だと察してくれている。

 シルエットが迫り、遥が迫り、更に彩華が迫る。

 クラリーチェはその三者を迎え撃つ。三体のシルエットを横に薙いだ剣三本で引き裂き、遥の振るう大鎌を根元で両断し、弧を描く軌道で迫る彩華を自らが手にした剣二つで受け止める。


「今だ……!」


 彼方は消えかけたシルエットの刃を躱しながら、手にした全断の剣で、クラリーチェの残した最後の一本を弾く。

 回転したまま飛ぶ全断の剣が、大鎌を振り抜いた後の遥へと飛んでいく。

 不意を衝かれた遥は新たに顕現させた刀でそれを防ぐ。

 が、そこで彩華との連携が乱れ、明確な隙が生じた。


「逃がさん!」


 彼方は全身で押し込むように遥を突く。

 それ好機と彩華が彼方へと斬りかかる。


 だが、その剣閃の軌道上には十字に交差された全断の剣が置かれていた。


「まあっ!?」


 剣に受け止められ、体勢を崩して転がる彩華。クラリーチェが対処してくれるだろうと彼方は信じていた。

 彩華と遥の二人と、彼方とクラリーチェの二人に明確な差があるとすれば、それはお互いを知り、信頼していること。

 その差は勝敗と言う明確な形となって明暗を分けた。


「正気に返れ、遥──!」


 彼方が刺し貫いている剣を引き抜く。

 彩華の持つ刀とシルエットが雲散霧消し、袋から空気でも漏れるかのように、遥の体から叡智の塔の風景が漏れ出していく。


「クラリーチェ、頼んだ!」

「任せて!」


 宙に浮かんだ全断の剣が舞い踊り、遥とそこから漏れ出した叡智の塔を滅多切りにする。

 叡智の塔が粉々に切り裂かれて消え去り、遥は虚ろな目をしたままそのまま崩れ落ちた。


「遥!」


 彼方は遥に駆け寄って抱きかかえる。

 遥は彼方の呼びかけに反応を返すことなく、ただ静かに寝息をたてている。


「カナ君、この感じなら妹さんは大丈夫だよ。あんなになった後だから正気になるまで少し時間が掛かるだろうけど」

「そうか……」


 小さく頷くクラリーチェを見て、彼方は安堵すると肩に入った力を抜いた。

 終わった。

 そう彼方が思った瞬間だった──


「……では、次はファントムさんの番ですわね?」


 クラリーチェの足元に鮮やかな青空が出現し、捕食でもするようにクラリーチェをばくりと呑み込んだ。


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