第二都市開発空域7
先程まで賑わっていたビル内部は既にゴーストタウンのようになっていた。
エリスが追ってきていないことを再度確認し、彼方は端末に入っているクラリーチェからのメッセージを確認する。
『中層西側ショッピングモールAエリアに居ます。ウィッチがうろうろしているから気をつけて』
「さて……いきなり難題だな。ウィッチが居るのが分かっていても、場所が場所だけに避ける手立てが無い」
ここからAエリアまではショップの並ぶ開けた一本道、分かりやすい代わりに逃げる場所も隠れる場所もない。
「そこの貴方!」
案の定、制服を着た巡回のウィッチが彼方を発見して駆け寄ってきた。
「すまない、連れ合いとはぐれてしまって、今探しているところなんだ」
「駄目駄目駄目駄目! ここは危ないですから! もし居るなら私の仲間が探してちゃんとモノレールに乗せますから!」
ウィッチの少女は彼方の目の前に立って進行を遮る。
「そうかもしれない。だが、念のために少し探させて欲しい」
「駄目です!」
「本当に少しだけなんだ」
「少しだけだろうが、先っぽだけだろうが絶対に駄目です!」
少女は強情で梃子でも動かない。ここであまり強情に食い下がっても逆に怪しまれるだけだろう。
さてどうしたものかと思案する。
と、そこに思わぬ助け舟が入った。
「あらあら、新垣さん丁度よいところに。こちらの方が迷子のようですの。迷子センターまで連れて行ってくださいまし」
目を赤くした幼い少女の手を引いて、巫女装束の少女がやってくる。
「御巫さん。私、今この人に帰って貰おうと……」
「こちらの方のお相手はわたくしがしておきますわ。ね、よいでしょう?」
「うー、分かりました」
「お嬢さん、あちらのお姉さんが連れて行ってくれますからね。迷子センターまでもう少し我慢してくださいまし、ね?」
彩華はしゃがみこんで幼女と目線の高さを合わせてにっこりと微笑む。
こくりと頷いた幼女がウィッチの少女に連れられるのを見届けると、彩華はくるりと彼方へと向き直った。
「お待たせいたしましたわ」
彩華がくすりと笑う。
その笑顔は先程幼女に向けられていたものとは明らかに質の違うものだった。
「御巫彩華魔女担当大臣……ですね」
「左様でございますよ、七荻彼方さん。二ヶ月前の七荻ビルにも居たのですけれど、直接お会いするのは初めてですわね」
「そうですね、色々な企みに忙しいとも聞いています」
想像以上に平然と踏み込んでくる彩華に彼方は一瞬面食らうが、気を取り直して何とか言い返す。
これは紛れも無く好機。
魔女達の首魁たる彼女が、叡智の塔を巡る一連の出来事にどれだけ関わっているか計るには持って来いだ。
「うふふ、企みと言うのは七荻会長の交代劇についてですの? それとも……叡智の塔についてですかしら?」
開口一番。奇襲とも言える彩華の一撃。
攻め方を模索する段階だった彼方は、動揺を表に出さぬよう何とか表情を取り繕う。
この少女、おっとりとした見た目と違って油断がならない。
「叡智の塔、ファントムが言っていた物ですね。平行世界の記憶や意思が記録されていると聞いています」
迂闊に情報を与えないよう彼方は慎重に言葉を選んで探っていく。
ここまでは大丈夫なはずだ。
叡智の塔を知っているのなら彩華は間違いなく一枚噛んでいる。彼方がファントムと協力してウィッチを退けたのを知らないはずが無い。
「わたくしもそう聞いておりますわ。ウィッチさん達はそれを使って歴史を修正しようとしているとか」
「どのように修正をしようとしているのかもご存知なんですか?」
「ええ、この星の支配者を人間からウィッチに移行させようとしているのだとか」
あっけらかんと言い放つ彩華。
彼方は思わず苦虫を噛み潰したような顔になりかけるが、辛うじてそれを押さえこんだ。
「二ヶ月前ファントムから聞いた話では、平行世界ではそれに失敗して人類は滅んだと聞いていますが」
「勿論それも存じておりますわ。その記録を元に行われる歴史の修正は、人類にとって多大な痛みの伴うものになるのでしょうね」
終始最初の笑顔のまま答える彩華。
「それを許容しているんですか。そう言う暴走を止めるのが魔女担当大臣の責務でしょう?」
その様子に思わず感情をこめてそう非難する彼方。
「うふふ、だってその方が素敵な歴史が紡がれそうでしょう?」
「素敵? 人類にとってあまりに凄惨な歴史にしかならないと思います」
「そんな未来が避けられない現実の物として見えてくれば、否が応でも人々は必死にならざるを得ないですもの。それはとっても素敵なことですわ」
「素敵、どうしてそれが素敵だと言うんですか」
「わたくし、人間が、人々の軌跡である歴史が大好きですの。特に誰かが必死になって輝く素敵な姿には深く胸を打たれてしまうのですわ。そして、見えた終わりはその輝きをより一層鮮やかにしますの」
両手を頬に当てて恍惚とした表情で彩華が言う。
嫌でも彼方は理解してしまう。
この少女の思想は危険だ。あまりに危険すぎる。
彼方は少しだけ天を仰ぐとふうと小さく息を吐く、ここで彼女を否定しても利は無いだろう。
だが、そうは分かっていても彼方の正義感はこの少女を否定せざるを得なかった。
「……よく分かった。少なくとも俺はそんなことを許せない。そんな風に絶望を前に足掻かせることに意味なんてない」
こんな相手は敬語を使うにも値しない。彼方はいつも通りの口調で毅然とそう言い切る。
彩華は彼方の態度の変化に暫しの間目を丸くしていたが、
「まあ……! そうですわ。その覚悟をわたくしは愛して止みませんの! 彼方さんならそう言ってくださると信じておりましたわ」
まるで恋が実った乙女のように、自らと両思いだと言いたげに、ぱあっと満面の笑みを浮かべた。
それと同時、ビル全体が大きく揺れる。
「──ッ!」
「うふふふふ、歴史修正を行うのには、相違点の破壊、そして重要な出来事の再現が効果的だそうですの」
「……だからこの第二都市開発空域を落とすつもりなんだな」
彩華を睨みつける彼方。
「そうなってしまいますわね。とても残念ですわ」
彩華はその視線を躱すことなく、満面の笑みのままそう答える。
「そんなことは俺がさせない」
彼方はそう宣言し、彩華を押しのけてでも押し通る気概で足を踏み出す。
彩華はその行く手を遮らぬように脇に避けた。
「勿論、そう来て貰わないと困りますわ。さあ、どうぞお通りくださいまし。全てが霞む位に輝いてわたくしをもっときゅんっとさせてくださいましっ!」
彼方はそれに答えない。ただ前を見て駆け出すのみだ。
彩華はそんな彼方の姿が見えなくなるまで静かに見送ると、やがて余韻を愉しむように目を閉じた。
「やはり貴方は黎明の日の主役となるのに相応しいですわ。魔女達が望む黎明への橋を渡し、美しく散って人類史を完璧なものに仕上げてくださいまし。どうかよき黄昏を……」




