第二都市開発空域6
「フゥハハハ! 我はお前達を支配するもの(うぃっち)にして終焉のエインヘリャル! 今、推参ッ!!」
珍妙なポーズを決め、自らの顔の前で左手を小刻みに震わせながら、ゴシックドレスに身を包んだウィッチの少女が告げる。
緊急事態に急いた心の虚を衝かれ、彼方は唖然とした表情でその場に凍りついた。
「どうしたの彼方さん? 一瞬見えたあれはなあに? 新手の大道芸人なのかしら」
「見るな、エリス。あれはお前の教育に悪い生き物だ」
物珍しそうに見入るエリスの問いかけに、冷静さを取り戻した彼方が小さく首を振る。
「そうそう、ああ言うのは目を合わせるとこっちに来ちゃうよ」
「そこ、聞こえているぞッ!」
ウィッチの少女はビシィとポーズを決めてクラリーチェを指差す。
クラリーチェは呆れ顔で両手を小さくあげた。
「そこも! そこも! そこもだ!」
他の人々も彼方達と同じ感想を抱いているのだろう、ウィッチの少女はあちらこちらをビシビシと指差しまくる。
「ええい、とにかく汝らに告げる! 去れ! この地は果てたる知の領界によって封ずる!」
ウィッチの少女は天高く指さしポーズを決める。
だが、周囲に居た人間は誰一人として言葉の意味が理解できずぽかんとしたままだ。
そんな一拍の間の後、ウィッチの少女がびくんとその身を仰け反らせ、
「えっ、あっ、はい、すみません! そうですよね、通じませんよね。言い直します」
電話越しの取引相手にお辞儀をするサラリーマンよろしく、独り言を呟きながらぺこぺこと頭を下げ始めた。
「クラリーチェ、あれはウィッチなんだよな」
エリスにも聞こえないような小声で彼方が尋ねる。
「うーん、しかも庭園憑き……なのかなぁ? ほら、叡智の塔に入ってるのは意思や記憶な訳でしょ、注入された情報量と組み合わせによっては別人格が形成されても不思議は無いね」
「なるほど、叡智の塔によって作り出された別人格と会話しているのか」
「えー、すみません。私は魔女議会所属のウィッチで藤堂綾音と言います。先程の揺れは上層に問題が起こったためでして現在魔女議会のウィッチ達が対応中です。申し訳ありませんが皆さん順番にご帰宅願います」
中の人との会話が終わったのか、周囲に向けてそう言って、ぺこりとウィッチの少女が頭を下げる。
その言葉でようやく彼女の言葉の意味を理解した人々は、ぞろぞろと駅に向かって歩いていく。
もぐもぐと名残惜しそうにパンケーキを食べるエリスを立たせ、彼方達も駅へ向かう流れに乗った。
「上層、エネルギーエリアに問題か……。上層の魔法機関に不具合が出たとして、それが揺れに繋がるはずはないんだがな」
魔法によって産み出されているエネルギーは、火力水力原子力などと同様に電気となって空中都市に供給されている。
万が一、それが暴走したとしても、空中都市を揺らすような魔法の暴走には至らないはずだ。
「一般的には魔法でひと括りだからねぇ。そのおかげでパニックにならずに落ち着いているんだけれど」
「そこは幸いと言えなくはないな」
ウィッチが直接説明した安心感からか、人々は大した混乱もなく帰宅する人の流れを作っている。
ウィッチが珍しいのか、万能端末で記念撮影をせがむ者も現れだして、更に意外なことにウィッチの少女はそれを快諾していた。
国の意向を一切気にしない魔女議会だが、意外なことに広報活動は精力的にこなしている。
おかげで一般人が魔女議会に抱いているイメージはそう悪くはない、むしろアイドルグループのようにちやほやされているのだとも聞いている。
やはりアイドルに憧れる少女は多いのだろう、思えばあの遥も大昔はマイクを持って踊っていたなと彼方はしみじみ思い出す。
「はぁ、裏も表もあんな感じの面白集団で通してくれれば、私も手間が掛からないんだけれどねぇ。こんなことしなくても楽しい明日がやって来るご身分だろうに」
得意げにポーズを決めるウィッチの少女を見て、クラリーチェが呆れ顔で呟く。
「クラリーチェ、ウィッチ達は上で何かしていると思うか?」
「そりゃあしてるでしょ。あのウィッチは上から来てる訳だし」
「やはり手分けしないとどうにもならんな。なら上の方には俺が行く。魔法による大規模な改竄には対応しきれないが、魔法機関自体に細工があったのならそこは俺でも対処できる」
「んー、一般人が避難するまでは待ってくれそうではあるけれど、それでも手遅れになる可能性は十分にあるもんね。……ねえ、そこでひとつ提案があるんだけれど」
クラリーチェは彼方の腕を掴みつつ、自らが掴んでいる腕と逆の腕をぎゅっと掴んでいるエリスに視線を向けた。
エリスに事情を説明して協力して貰ってはどうかと提案しているのだ。
「言いたいことは分かるが俺は許容できない」
「うぅん……。やっぱりカナ君はそう言うか」
クラリーチェは不服そうな顔をすると、エリスに話しかけようとするが、
「ダメダメ、流石にこれは酷いルール違反だもんね」
小さく首を振ってそれを思いとどまった。
「すまん、クラリーチェ。性分だ」
クラリーチェの言い分はもっともだ。
しかし、彼方としてもこの一線を譲る訳にはいかない。
クラリーチェを助ける為に自らが危険に踏み入るのは覚悟の上。だが、いくらウィッチだと言えど、エリスは自らの妹に等しい相手。できる限り巻き込みたくは無い。
更に本音を言うのなら、彼方としてはクラリーチェにだって安全な場所に居て欲しい。それだけ彼女の事も大切に思っているつもりだ。
結局、二人の妥協点が見つかる前に駅のホームへ辿り着き、クラリーチェと彼方の交渉は時間切れで彼方の勝利となった。
「うぅ~、人が沢山ね。大婆様のパーティでもここまで人は居なかったわ。彼方さん、手を離さないでね」
帰宅タイミングが重なって人でごった返す駅のホームを見たエリスは、身構える様に彼方の腕を一層しっかりと抱きかかえる。
「その掴み方なら俺が離そうが関係ないだろう」
「けれどはぐれたら大変だもの。二度目の迷子センターが見えてしまうわ。ねえ、クラリーチェ?」
そう言うエリスの逆、先程までクラリーチェが掴んでいた彼方の手は今は自由になっている。
代わりに彼方の万能端末が振動して着信を知らせていた。自らを口実にしてエリスを置いて来いと言うことだ。
「……それが、クラリーチェがいつの間にか居なくなっていてな。手を離した拍子に人波に飲まれたらしい」
「ええっ!? クラリーチェだってあんなに一生懸命掴んでいたじゃない。どうしてしまったのかしら」
「この人数だ、何かの拍子にはぐれても仕方ないだろう。俺は戻って探してくるからエリスは先に帰っていてくれ」
彼方は自由になった手を使い、抱えているエリスの手を丁寧に退ける。
そんな彼方の様子に、
「……ねえ、彼方さん。さっきから色々と不自然だわ。クラリーチェと内緒話したり私に何か隠していないかしら?」
エリスは真剣な顔をすると、じーっと彼方の目を見てそう尋ねた。
「それは考え過ぎだ」
彼方は平静を装って言う。
間違いなく見透かされているだろう。最初から分かっていることだ。
「そうかしら。今の顔、厄介なことを自分だけで何とかしたい時の彼方さんの顔よ。もしかして上層の様子を見に行こうとしていない?」
それは幼馴染だからと言うだけではない。エリスは普段のほほんとしていても本質に鋭さを持ち合わせている。
だからこそ彼方も遥も彼女を信頼しているのだ。
「大丈夫? 本当に危ないことはしていない? 遥も心配していたわ。彼方さんを追い出したのもウィッチ相手に危ないことして欲しくないからだって」
「遥がそう言ったのか?」
「ええ、この前会ったときにそう言っていたわ。だからクラリーチェを呼んで帰りましょう。迷子になっても万能端末で呼べばいいって言ったのは彼方さんよ」
「なるほど、そういうことか……」
彼方はようやく二ヶ月前の会長交代劇に合点がいった。遥はウィッチ達が起こしている不穏な流れに気がつき、そこから彼方を離すために放逐したのだ。
結果としては彼方がより深くにのめり込むことになってしまったが、遥の行動が悪意によるものでないと知れたことは大きい。
「そうしたいのは山々なんだがクラリーチェの端末も電池切れみたいなんだ。探しに行くしかない」
「彼方さん!」
「大丈夫、後で連絡をするから気をつけて帰るんだ」
彼方は問い詰められる前に強引に会話を切り上げて踵を返す。
ひどく後ろめたさを感じたが、それでもエリスを巻き込めないと自らに言い聞かせ、人の波に逆らって上層に繋がるビルがあるエリアへと向かう。
後ろ目で見たエリスは、心配そうな顔でじっと彼方を眺めていたが、やがて万能端末を取り出して操作をしようと試みていた。
だが、エリスの万能端末は電池切れ。彼方に連絡が届くことはなかった。
「すまん、エリス。遥ともこの件が落ち着いたらちゃんと話し合う」
彼方はそう呟くと、大通りとなっている橋を戻り、僅かに揺れる高層ビルの中へと入っていく。




