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8.『最初の町』のダンジョンボス 前編

 ダンジョンのボスが現れる空間を俗にボス部屋と言うが、必ずしも実際に部屋になっている訳ではなく、『ロロックスフィア』では扉なんかで区切られていることの方が少ない。

 ボス部屋の手前は敵が襲って来ない安全地帯となっており、そのくらいでしか判断できないダンジョンもざらである。


 エンプティが攻略しているこのダンジョンも明確な区切りが有るわけではない。しかし開けた広大な空間と数十メートル先の巨大な影がバッチリ見えており、雑魚敵の気配が消えていることからもここがボス部屋手前であることが伺えた。


「………あ、そうだ。『撮影君』も出しとかないと」

 進行用のAGI(素早さ)重視の装備から、ボス用のSTR(攻撃力)もある装備に変更したエンプティは、敵が来ないのを良いことにこれまた時間をかけて脳内でのシミュレーションを重ねていた。その際に一つ忘れていたことを思い出したのだ。


 『撮影君』。某コピーロボットのようなつるりとしたフォルムの人形がカメラを持った姿をしている。文字通り、見た目通りにゲーム内で映像を記録できるアイテムである。

 NPC程ではないがそれなりのAIが搭載されており、ざっくりとでも指示を出しておけば自律行動して期待の映像を撮ってくれる優れ物だ。勿論、固定撮影も可能。配信用の動画撮影のみならず、敵の行動解析などにも使われる。

 ちなみに課金アイテムだ。これ以外の動画記録ツールはチート扱いとなる。一般的なのは初期からある人形型だが、他にもドローン型、目線カメラ型なども追加で実装された。


 人形型『撮影君』を三体取り出して立ち位置の指示を出す。細かいことはAIがうまいことやってくれる。


「さて、………行くか」



 フィールドは半径五十メートル程の円形。地面も平らで、洞窟内とは思えない程整えられた空間だ。

 対峙するダンジョンボスは亀のような巨大な甲羅を持った全高十メートル程のドラゴンだ。どちらかというとドラゴンの頭を持つ亀といった趣である。広いボス部屋の中心に座していた。

 翼は無く、見た目に違わず動きは鈍重だが、硬い甲羅部分をはじめとして総じて防御力が高い。


「どのみち近付かないと始まんないよなっと」

 エンプティは、というかオフラインのみでは超長射程のスキルは使えない。となるとまずは敵の攻撃をちょこまかと避けながら近付くことから始まる。


「この辺からは後ろで…。っし、来いよ尻尾ぉ!」

 若干変なテンションで叩きつけられる尻尾を避ける。


 亀竜の序盤の攻撃パターンは三つ。前方にいるプレイヤーに対し口から水弾を吐く。後方にいるプレイヤーに対し尻尾を叩きつける。至近距離にプレイヤーが一定時間いると、両前足で地面を踏み鳴らし自身を中心とした広範囲攻撃の地震(クエイク)を起こす。以上だ。

 亀竜は体の向きを変えるくらいで初期位置のフィールド中心からほとんど動かず、これらのローテーションが亀竜のHPが七割を切るまで続く。


 水弾は直線軌道なので距離を取って発射方向を見切れば簡単に避けられる。タイミングさえ掴めば至近距離でも回避できるが、事故が恐いのでやめておく。

 尻尾は四十メートル程の射程がある。距離が離れるほどに鞭のようにしなって速いうえに威力も高い。しかし半分ほど近づけば回避は難しくない。


 つまり、水弾を避けながら正面から近づき、残り二十メートル程になったら後ろに回り込み尻尾を避けつつ近付いて攻撃するのが無難。

 クエイクを撃たせないために時々下がりはするが、あとは同じことの繰り返しだ。基礎スキル『攻撃力強化』も交えてチマチマと削っていく。


「ま、ここは問題じゃねえなっと…来るか! 『防御力強化』、『素早さ強化』!」

 もう何度目か、呟きながら跳び上がって亀竜の首を切りつけると、亀竜は吠えながら前足を持ち上げた。クエイクの予備動作だ。時間の管理に不備はない。パターンが変わるのだ。

 亀竜は、自身の残りHPが七割を切った時にもクエイクを撃ってくる。行動パターンの境目の特殊行動だ。


 クエイクの範囲は半径四十メートル程。亀竜がフィールドの中心に陣取っているため、ほぼ全域がダメージ圏内になる。

 脳内シミュレーションを重ねた結果、このクエイクはどうやっても避けられないという結論に達した。なので受けて耐える必要がある。


 クエイクは震源から離れるほど威力が下がる。『防御力強化』でVIT(防御力)を上げつつ『素早さ強化』でAGI(素早さ)も伸ばして距離を取れば、計算の上ではギリギリ耐えられるはずだ。


 はずなのだが…。

「…逃げるのが遅すぎたな。吠えてからじゃ遅い。ちゃんとHP管理しとかねえと…」

 距離が足りず、一撃でHPを吹っ飛ばしたエンプティは神殿にいた。



 『ロロックスフィア』では敵も味方も基本にHPの表示はない。設定すれば自身のHPだけ視界の端に表示できるくらいだ。

 そのため自分のステータスから敵の総被ダメージすなわち残りHPを推測しながら立ち回るのは戦闘の基本だとエンプティは考えている。


「『防御力強化』、『素早さ強化』っと。…これで! ………っし! 残った! 『体力回復』!」

 亀竜のHP管理を丁寧に行い、スキルは予め使っておく。攻撃を当てた瞬間に一目散に逃げれば、計算通りの結果は得られた。

 回復の基礎スキルで三割程だがHPを回復しておく。どうせこのあと時間がかかるので、全快するまで繰り返し使用するだけの時間はある。


「こっからは突進だろ? 来いよ…!」

 HP七割から四割まで、亀竜はプレイヤーへの突進と、短い水のブレスを乱発する。

 およそ二十メートル以内にプレイヤーがいればブレス、いなければ最も近いプレイヤーに突進だ。ただし突進の射程範囲はおよそ五十メートルで、プレイヤーがそれより遠くにいると歩いて近付いて来る。

 立ち位置を整えるためか、時々攻撃の範囲内にいても、どちらもせずに明後日の方向にドッスドスと小走りをすることもあった。


 突進はそれほど速い訳でもないが、見た目通りにかなりの高威力で、ちゃんとしたタンクが受けてもきつい一撃だ。今の縛りプレイをしているエンプティなら、かすっただけでも大事故だ。

 ブレスは水弾よりも広範囲で、被弾している間ダメージが持続する。亀竜の口からおよそ六十度角の放射状に広がり、三十メートル程先まで届く。距離による減衰はあるが、例え遠くても持続ダメージがあるので下手に喰らえば直ぐにHPが無くなるだろう。


「結局………全部…避ける…だけ………だろっと!」

 弾みをつけるように一度全身を下げると突進。深呼吸するかのように首を持ち上げるとブレス。いずれも予備動作がはっきりしているし、エンプティも此彼の距離を把握しているので見切るのは容易だ。

 突進ならすれ違いざまに切りつけ、ブレスなら下がって距離を空けつつ体勢を整えて突進を誘う。

 着々とダメージを重ねていった。


「あっ、ちょ、そこでブレス、おい!………くそ」

 攻めすぎて距離を見誤まった。最終的に壁際まで追い詰められてブレスを受け、神殿へと飛ばされた。

「…もっと簡単なパターンねえか? 長引くのは覚悟の上でも、さすがにあれじゃこんがらがってメンドイ………無いならやるけど…」

 俺の移動速度が…スキルを使えば…亀竜の制動距離が…、と一際長いシミュレーションが始まった。



 神殿で三十分以上ぶつぶつと呟いて辿り着いた立ち回りパターンは果たして有用だった。

「後は火力があれば良いんだけど…っと。まじで果てし無いな」

 序盤では首などの急所も狙えたが、中盤は突進中になんとか切りつけるくらいしか攻撃方法が無い。そうなると攻撃箇所は狙っても足が精々だ。甲羅に当てるよりはましだが、やはり大したダメージにはならない。


「ていうかこの辺、パーティ攻略なら超楽なんじゃないか? 魔法タンク立てとけば終わりだろ。挙動変わんのか?」

 実はそのためのドッスドス小走りなのだが、縛りに関係無く基本戦略がヒットアンドアウェイであるエンプティは、一定時間接近していることがトリガーとなっていることには気付けなかった。


 そんなこんなでやっぱりチマチマと削って。

「そろそろ四割だろ。………まあ同じパターンでいけるはずだけど」

 四割以降は、七割以降の行動パターンに新たなパターン――至近距離のプレイヤーに対する弱クエイクと、突進範囲外のプレイヤーに対する強水弾――が追加される。

 弱クエイクは片前足によるクエイクだ。範囲は十五メートル程で威力も半分以下だが、予備動作が小さく避けにくい。ここからは魔法タンクを立てておくと物理攻撃(クエイク)を御見舞いされることになるのだ。

 強水弾は序盤で使っていた水弾の強化版だ。大きさ、威力、速さ、予備動作、全てがグレードアップしている。防御の低い後衛のアタッカーやヒーラーにとっては強力な一撃だ。その後さらに近付いて突進の追撃も行う。


「…やっぱりパーティでの挙動も確認したいな。設定によってはかなり嫌らしいんじゃないか?」

 強固な甲羅が大雑把な攻撃を弾く。突進で動き回って急所に狙いをつけさせない。タンクで縫い付けようにも物理と魔法の両方に対処せねばならない。さらに後衛を叩ける飛び道具もある。

 決して何となくでは倒せないボスだ。適当な中級か上級プレイヤーを頭数だけ揃えても、返り討ちに遭うだろう。


 しかし今回はエンプティによるソロ攻略である。近付き過ぎず、離れすぎず、突進を誘発して切りつけ、たまにはブレスを撃たせてその隙に体勢を整える。先程と同じパターンを繰り返せば、弱クエイクも強水弾も出て来ない。 

 時間さえかければHPを削るのは難しくなかった。


「そろそろラスいちだろ…。ちょっと待てよ………。『精神力強化』。一、二、三、………。…『防御力強化』、『素早さ強化』。しゃあいっくぜ!」

 ようやく亀竜の残りHPが一割近くにまでなった。この辺りは最も慎重に行わなければならない。

 この後の展開を見越して予め『精神力強化』を使っておく。立ち回りを崩して亀竜を壁際まで誘き寄せて、『精神力強化』の効果時間が切れかかる頃、『防御力強化』と『素早さ強化』を使いつつ一気に攻めてHP一割を切らせた。


 亀竜が一際大きく吠えて首を仰け反らせる。HP一割での大技の予備動作だ。


「とにかく走れっと!」

 亀竜の口からブレスが放たれる。今までのと違いこのブレスはフィールド端からでも全域まで届く回避不能の攻撃だ。亀竜の後方にも水が回り込むので死角はない。距離での減衰はあるのでとにかく走って離れる。

 フィールド中央を目前とした辺りで後ろからブレスが飛んできた。HPがガリガリ削れていくが、スキルでMND(精神力)を伸ばしていたこともあり二割程残して踏み留まった。だが。


 大技はまだ終わりではない。亀竜が両前足を大きく持ち上げる。クエイクだ。それもブレス同様、全域まで届く強化版だ。


「『体力回復』! さあもう一本!」

 HPを回復しつつ、やはり減衰があるから依然走り続ける。亀竜と反対の壁の手前でクエイクを喰らった。そして。


「………うん。ブレスで二割しか残らなかった時点で分かってたけどな」

 エンプティは神殿に飛ばされていた。


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