3>突然の真実-2
日曜日。
あたしは多可谷からもらった地図(を、書き直した地図;)をたよりに…あるアパートの前にやってきた。
「ふぇ~、ホントに丸いアパートだ。」
円柱型でかなり新しい外装、すごく立派。
「こんにちはー。」
「はいよ、どうしたね?」
管理人のおばさんが窓口から返事をする。
「多可谷さんの部屋、何番か教えてほしいんですけど?」
「はいはい、ちょっとまっててな。」
「2階か…」
階段を上がると弧を描く廊下に丸い枠だけの大きな飾り窓が並んでいる。他の窓は普通の四角だけど。
ふと何気なく窓の外を覗き込んだ。
車の全然通らない細い道路で、小さな子供達がボールで遊んでいるのが見える。
ピンポーン…
「はいーどちら様?」
女の人の声。多分多可谷のお母さんだ。
「あの…多可谷悟君のクラスメイトです。海神っていいます。」
「はいはい、ちょっと待ってて。」
出てきたのは大分若い人だった。
栗色の髪。お母さんじゃなくて年の離れたお姉さんだったのかも。
「悟君の友達ね、聞いてたわ。さ、どうぞ。」
「お邪魔しまーす…」
弟を君付け…?
何やら初っ端から疑問だらけなんだけど……?
「悟君、お友達来たよ。」ガチャッ
「海神、待ってたよ。」
「ゴメンゴメン、途中で迷子になっちゃって…この辺り結構入り組んでるね~」
「そうだね。」
「それじゃ私は買い物行くから、留守番よろしくね、悟君。」
「わかりました、亜麻利さん。」
「…?」
「海神さん、ゆっくりしていっていいからね。」
「は、はぃ…」
多可谷に招き入れられた部屋は
本棚(辞書と事典、教科書類しかない。)とクローゼット、タンス、机、黒パイプのベッド。
それしかない かなりシンプルな部屋。
まるで、あたしの父さんの部屋みたい…
「…漫画とか読まないの?」
「小説なら下の階にあるよ、漫画はあんまり読まないね。」
「ふーん…」
……だめだッ話が続かない!
ものすごく空気が気まずいし…どうしよう…
「…ねぇ、さっきの亜麻利さんって…お姉さん? ぁ、もしかして従姉妹が遊びにきてたとか?」
「いや、母の妹さん。つまり叔母。けど歳離れてたらしくてすごく若いんだ。まだ独身なんだよ。」
「へぇ。あ、そうそう。 あたしの父さんもね、六人兄弟の末っ子だから一番上のお兄さんとすごく歳離れてるんだよ~。」
「そう。」
多可谷は笑い顔のまま、うつむいた。
「多可谷?」
「ゴメン、ちょっと…」
「そういやさ、多可谷のお母さんは?お父さんはお仕事だろうけど…」
聞いてから気がついた。
多可谷が泣きそうな顔をしていたことに。
「多可…谷?」
「父さんも母さんも自分がまだ赤ん坊の頃に死んだって聞いてる。それで亜麻利さんの所に厄介になってるんだ。」
「!!…ごめん、あたしすごい失礼な事ずけずけ……ッ」
「大丈夫だよ、気にしないで。」
「……」
多可谷は髪をかきあげながら何か考えこんでいる。
余計な墓穴を掘った以上、何も言うまい。
下手に何か言えばさらに傷つけかねない。
「海神、君は…自分自身の事、どう思ってる?」
「?」
「自分自身を好きだと思える?」
「ぇ…まぁ…嫌いじゃ無いよ。そんなナルシストじゃあるまいし、好きかどうかなんて…」
多可谷が何を言おうとしているのかさっぱり分からない。
真剣な目…
「自分は、自分が嫌いだ。自分じゃ無いから…唯一、自分の物なのは『多可谷悟』という、名前だけ。他には何も無い。大切なのは名前だけなんだ……」
「…多可谷?」
多可谷は膝をかかえてうずくまった。
何がなんだかさっぱりだった。
多可谷が何かにひどく怯えているように感じた…
あんなに優しく笑っていた姿からは、こんなに苦しんでいる様子は感じ取ることなんか出来ない。
あたしは…何もわかってあげられないんだ…
「あのさ多可谷…いきなりそんな事言われたって…わかんないよ。なんかいじめられたりしてた?困った事あった?
気がつけなかった分、ちゃんとこれから助けるから、なんでも言ってよ。
遠回しに言われたってさ、あたし頭悪いからわかんないよ!」
多可谷の肩を掴んで揺する。
ひどく驚いた顔をして、それから 首を左右に振った。
「海神だけだよ、そんなに真剣に聞いてくれたの。ありがとう……ちょっと見てほしいんだ、自分の事………」
バッ バサッ ジャッ …
「!!…ちょっ……多可谷!?何して…」
あたしは慌てて体ごと顔をそむけた。
立ち上がった多可谷が、いきなり服を脱ぎだした。
少しして、デニムのGパンの金具がガシャッと音を立てて滑る音がした……
「海神、助けてくれるって言ったよね?
多分、それは無理な事だと思うけど……現状だけは知ってほしいんだ。
こっち、見て……」
何を言い出すんだこの人は!
男の子の裸を直視できるほどの度胸なんて無いよあたしゃ!!
でも……
「………海神、やっぱり君も、他の皆と同じ…?口先だけ…」
ぇえいっ わかったよ!こんちくしょう!!
「たっ多可谷!変な事しかけてきたら…グーで蹴るからね!!(←混乱中;)」
かばっ と立ち上がり、多可谷の方に振り返る。
そして
言葉がでなかった。
何も喋られない。
音が出てこない。
そこにいた多可谷は
まるで 人形のようだった。
多可谷は
男でも女でも無かった。
「医者が言ってた、生殖機能が全く無いそうだ…」
「………ッ!」
「有り得ないことだよね、こんなの…つまりさ、人間じゃないって事になるのかな…やっぱ。」
多可谷がふっと笑った。
それがどういう感情を表すのか あたしにはわからない。
気がつくとあたしは、その場にへたりこんでいた。
脱いだ服を着なおす多可谷をただ 見つめていた。
「驚かせてごめんッ!」
多可谷が突然あたしの前で土下座した。
「海神になら…さらけ出せると勝手に思って……本当にごめん。隠し続けるのが辛くて、どうしようもなくて…だから……」
「多可谷ぃ? あたしさ、多可谷の事好きだったんだけど……どうすりゃいい?」
「…ぇ?」
あーダメだこりゃ、混乱してるょ、あたし。
なんかもうなんでもいいや。言っちゃお。
「多可谷のこと 好きだって言ってンの!」
「………」
「んで、どうするのさ?あんなことしたんだから責任持ってよ。ものすごくはずかしかったんだからね!」
「どうすれば?」
「だぁーッ!! ニブニブ!だからっ…………あぁ、もう!もーいい。今まで通りでいいよ。もぅ……」
あたしは何がなんだか何にもわからないまま…
泣き出してしまった。
どうして泣いているのかも分からない。
現実を受け止め切れていない。
考えなくちゃいけないことばかりで、混乱していたのはわかっていたけど…それ以外はわからないまま。
「…ごめん、ありがとう……」
そう言って、あたしの肩にかけた多可谷の手は
何故か冷たかった。