永劫XX審判
やがて、光は晴れる。
私と僕は、黒と白の彼岸花が……徒花が地面を埋め尽くして咲き誇る、あの世界に居た。
僕と私が、初めて出会った、悪夢の始まりの地に。
天には光輪が輝き、新たな世界の始まりを囁いている。
「……やっぱり、二人一緒はダメみたいだ」
「……そうだね」
僕と私は、お互いに入れ替わっていた刀を地面に突き立てる。
「終わりにしよう、もう、これで」
私と僕は、お互いすれ違い、自分の刀の柄に手を触れる。
お互い背中を見せたまま、静かに目を閉じた。
今までの事が、頭をよぎる。
胸に機械が埋め込まれた日の事。
初めてこの地で出会った事。
友と出会い、仕事に明け暮れた日の事。
世界を変えようと奔走した事。
全てを奪われ、夢の底に落とされた事。
離れ離れになっても、また出会えた事。
一緒に、いろんな世界を周った事。
二人で、繋がった事。
それらの思い出が、蒸し返した。
だがもう、それらの記憶は私と僕には意味を成さない。
僕と私は訣別し、前に進まなければならない時なのだから。
「……」
「……」
一息吐くと、世界に風が流れた。
さらさらと、彼岸花が揺れる。
ほぼ同時に刀を地面から引き抜き、振り返り、そして斬りかかった。
刃と刃が触れ合い、心地の良い音を響かせた。
キリキリと音を立てて、鍔迫り合いになる。
瞬時に僕は切り返して刃を横に振るった。
私はそれを見切って後方に回避し、刺突する。
身を翻して僕はそれを紙一重で避けると弾き返し、蹴りを繰り出した。
「……っ」
腹部を蹴られた私は吹き飛ばされかけたが直ぐに態勢を立て直し、間合いを詰める。
放たれた刃が僕の頬を翳める。
髪が少し刃に斬られた。
そのまま刃を顔の方に切り返されるのを感じ取り、瞬時に伏せる。
間合いを取ろうと背後に下がろうとしたが、私はそこを逃さず顔面を蹴り上げた。
顎を蹴り上げられた僕は地面を転がる。
舌を噛み激痛を感じたが、口に溜まった血を吐き出すと再び立ち上がった。
その血の色は黒い黒い色をしていたが、今更気にする事でも無かった。
私は立ち上がろうとする僕の隙を逃さず追い打ちを仕掛ける。
飛びのき様にそれを刀で迎撃するが、突き出された刃を防ぎきれず、腹部を切り裂かれた。
「―っ!」
傷は深くなかったが、どす黒い血が溢れ出した。
よろよろと後退りながら腹部を抑える。
出血は止まったが、鈍い痛みを感じ、集中できない。
「はぁっ!」
私はそこに更に追撃する。
僕は瞬時にそれを見切り、体を仰け反らせて斬撃を回避すると、私の股に向かって蹴りを繰り出した。
「いっ!?」
股間を蹴られた私は宙に体が浮く。
その隙を突いて峰で思い切り胸を打ち飛ばした。
「あぁっ!?」
打ち飛ばされた私は地面に顔を打ち付けながら大分距離を置いた所で倒れ伏した。
肋骨が折れ、肺に突き刺さったのか激痛を感じる。
蹴り飛ばされた股間も、じりじりと痛む。
ごぼごぼという感覚が喉の奥から込み上げ、それを吐き出すと白い血反吐が口から出てきた。
それでも負ける訳にはいかない。
相手が僕だからこそ、今までの自分自身だったからこそ、打倒しなければならない。
人間の『可能性』を示すために。
絶対に、負ける訳にはいかない。
相手が私だからこそ、愛し続けていた人だったからこそ、僕が殺してあげなければならない。
人間の『可能性』を否定するために。
僕と私は目を閉じる。
一心にただ集中し、そして目を見開いた。
白と黒の閃光を身に纏い、目から一筋に輝かせながら、光速で間合いを詰める。
通り過ぎた後の彼岸花が宙に舞い、美しく散る。
己自信でも認識出来ないほどの速さで刃と刃がぶつかり合い、その度に強烈な衝撃波が辺りに広がり、花々を揺らした。
風を切るような耳を劈くほどの高音が体を動かすたびに響き、空気を振動させる。
いくつかの斬撃はお互いの体を翳め、確かに刃は肌に触れていたが、もはやその痛みに一々気を取られているほどの余裕は無かった。
それでも決着がつかぬ僕と私は、己自信の臨界点を超える程の力を引き出そうとした。
「はぁぁっ!」
体から抑えきれない程の光が溢れ出す。
それは黒と白の翼のように広がり、神々しく輝いた。
そのまま光速をも超えた速さで、宙を飛び回りながらぶつかり合う。
翼のような光はまるでブーストしたジェットエンジンのように僕と私の小さく軽い体を強烈な推力で押し上げる。
体への負担も凄まじく、一瞬でも気を抜けば圧に耐えられず肉体が弾け飛んでしまいそうだ。
そんなこの次元すらも超越しかねない高次元速度の中で僕と私はぶつかり合った。
一撃一撃が絶大な威力となり、刃と刃がぶつかる度に体の中のどこかしらの骨が砕ける感覚が響く。
常人であれば確実にショック死しかねないだろう。
そんな状況であっても、僕と私をお互い負ける訳にはいかないという信念が突き動かし、その意志のみが私と僕の体を臨界点を突破した領域ですらも保てているのだ。
そして臨界点を突破している状況下で、両者の刀身が変貌を始めた。
鋼鉄の白、または黒の刃が変形、展開し内部構造を顕にした。
それは今までの刃がその内部を保護、または隠すためにあったベールだったかのように輝きを放つ。
刃部分から溢れ出した光の束が圧倒的熱量を放ちながら大きな光の刃の形状を取る。
それはビームソードのようで、刀そのものが推進力を発揮し、刃が暴れまわろうとする。
白と黒の光刃が衝突するたびに膨大な熱量と異常な冷気が溢れ出し、身を焦がし、凍てつかせる。
そのまま地面すれすれを低空飛行しながら私と僕は光刃をぶつけあう。
肌を焼き、凍らせるその一撃は己自信の体さえも確実に壊していった。
「はぁぁぁあっ!!!」
「あぁぁぁあっ!!!」
刹那、刃と刃がすれ違い、そしてお互いの体に直撃した。
私と僕は強烈な衝撃を受け、お互いに吹き飛ばされた。
弾き飛ばされた刀は何処へと飛んで行ってしまい、もはや手元にはなかった。
僕と私は地面に倒れ、激痛に身を悶えさせた。
今まで無理をしていた分の負担が一気に体に襲い掛かる。
「うぅっ……あぁっ……っ!」
「ぐぅっ……ふぅっ……」
それでも僕と私は、地面に手を突いて立ち上がった。
全身から血を流しながらも、拳を固め、睨みあう。
そして声にならない叫び声を上げながら、お互い殴り合った。
拳が僕の頬を打ち抜く。
脚が私の体を蹴り打つ。
爪が僕の肌に食い込む。
手が私の首を握り絞める。
もはや何の補正も無い、ただお互いの力のみの殴り合いが続いた。
「イリス……っ!」
「ルイズっ!」
僕の放った拳が避けられ、その直後、すれ違いざまに私の拳が胸を打ち抜いた。
「あがっ!あぁっ!?」
胸の中の何かが壊れる音がした。
強烈な衝撃を受けた僕はそのままぶっ飛ばされ、地面に背中を擦らせながら倒れた。
動けなくなった僕はただ仰向けになって天を見つめ、血を吐くしかなかった。
私はただ、真っすぐ突き出した拳を戻すと、息を吐き捨てた。
「あ、あァ……だ、メ……だ……マ、だぼクは……生きタ、い……」
僕は、意識が壊れ始めているのに気付いた。
意図せず声にノイズが混じる。
今の一撃でリンクメーカーの思考制御機構が破壊されてしまったらしい。
「……もう、終わりにしようよ、ルイズ……」
「ボくは……キみを……コロしてアげないト……ボクだっテ……死ねナいん、ダ……」
涙が溢れるのが止まらない。
その時、天の光輪が激しく輝き、そして世界が変化した。
今まで混ざっていたはずの白と黒の空間が、再び隔たれた。
私と僕の空間は隔離され、完全に白と黒に別れてしまう。
私は振り返り、僕に背を向けた。
「……あ、アぁ……行カないデ……」
動かない体を必死に引き摺って、僕は手を伸ばした。
白と黒に隔たれた空間が、離れ離れになっていく。
「……イリ、ス……ボクは……僕ハ……」
もうそこに、あの日の僕の姿は無かった。
制御を、理性を失った壊れた機械が倒れているだけだった。
僕はただ寂しかった。
悔しかった。
悲しかった。
そしてその思いは次第に崩れ、壊れ、形を変えて、そして怨念へと変貌してしまった。
「……殺ス……絶対ニぼクは……君を……」
「……そんな事言わないでよルイズ……私は……」
私も、涙を堪えられなかった。
恐らく時期に世界は完全に二つに分かれるだろう。
勝利した私の世界は幻の世界……いや、『現界』として。
敗北した僕の世界は終わらない悪夢の世界……『夢界』として。
それぞれがそれぞれの世界の統治者に……母となって、その世界を受け継ぐのだろう。
「だッタら僕は……君の……僕と君の子供達を……人間の子供達を……ずっとずっと殺し続ける……毎日、毎日、何千人だろと、何万人だろうと……殺して、殺して、殺し尽くす……君が、僕と君の子供達に殺されないように……」
「……なら私は、それよりも多くの子供達を生み続けるよ。だからあなたは……ルイズは、ずっとそこで見守っててね。私と、あなたと……私達の子供が、新たな世界を引き継いで、成長して、いつか親である私達を超えていくのを、さ……」
「うゥ……そんなの……認めなイ……僕は……僕自身が産んだ子供を使ってでも……君の子供達を絶滅させる……君を、守るために……」
「……ルイズ、命って言うのはね、次の世代に受け継がれて、もっともっと遠くを目指せるものなの……だから、お願い。子供達の未来を、ずっと、遠くで見守っててね」
私は僕を置いて去った。
黒と白が、どんどん離れ離れになっていった。
「イリス……君は……僕がいつか必、ず……また……その時まで……」
「……さようなら……ルイズ……私が、一番愛していた人……」
「あ、あァ……」
そして世界は完全に別れた。
私は一人、白い彼岸花が揺れる空間で、静かに振り返り、風に髪を揺らした。
もう、そこには誰も居ない。
子宮の中の子供達の為の世界が、ゆっくりと産声を上げ始めていた。
そして私は、涙をこぼしながら、ほほ笑んだ。
新しい世界の夜明けを。
悪夢からの目覚めを。
その肌で、感じながら。
振り返れば、そこには見上げる程に高い塔があった。
私はその塔の門の前で立ち止まり、再び背後に振り返った。
寂しい風がただ、吹いていた。
「……おやすみなさい」
そして私は、その終わる事の無い悪夢から、静かに目覚めた。
……永久に続く、現の世界へと。




