世界の終焉
色も無き、無垢の空間。
空には日蝕した太陽と月が、白と黒の光の輪を輝かせている。
そしてその日下、または月下に、それは立っていた。
白い髪に、白いワンピース、赤い瞳。
その幼き少女の姿は、あの下層の街で私が殺した、少女の姿をしていた。
『遂に来たか……我が愛しき娘達よ、我が忌々しき娘達よ』
「マザー……」
マザーは赤い目を輝かせ、ゆっくりと笑んだ。
その胸には、赤い紅い光が輝いている。
「……リンクメーカーか?」
『そう、このリンクメーカーこそが、ルイズ、君のオリジナルである、始まりのIL''臓だ』
少女の姿をしたマザーが、ゆっくりとこの空間を歩く。
その赤い光の鼓動に合わせて、天に輝く光輪が揺らいでいるようだった。
『正確には高性能AI搭載ユニット『ELIZA』。私は今よりずっとずっと大昔に生み出された。世界を守りたいと願い続けた、一人の学者の脳を超高性能多次元演算装置に接続し永久保存処置を施した、『生体コンピューター』だ』
マザーは……ELIZAはそう言った。
私と僕はその言葉を聞いてゾッとした。
つまり今、少女の胸の中で輝くあの赤い光の中には、もう一つ脳髄が収められている。
あの少女の肉体は、頭と胸に二つの脳を持っているのだ。
『私にはその学者の記憶は残っていない。その学者は、自分の作り上げた情報統括管理AIと自分の脳髄を融合させた……つまり、私こそが始まりのリンカーであり、宿主であるという事だ』
その悍ましき存在は、私と僕の前で両手を広げ、天に掲げた。
『今はこの少女の肉体にユニットを埋め込み、第二の宿主としている……いや、宿主の宿主と言うべきか』
「……マトリョーシカだな」
僕はそう呟いた。
『だが残念ながら、この少女の肉体には戦える力が無い。だから君達は』
「……断る」
『……』
ELIZAが話している途中に、私はその少女の腹部に刀を突き刺した。
勢いよく引き抜くと、どろりと青ざめた血が溢れ出した。
『……全く、人の話を最後まで聞かない。これだから、人間は……』
しかし少女は倒れる事無く、宙へと体が浮かび、光輪の方へと向かっていく。
やがてその小さな体は光輪の中へと入り込み、姿を消した。
『自分が機械に利用されているという事に気付けないのだよ』
直後、激しく光輪が瞬き、強烈な圧が僕と私に襲い掛かった。
気怠いような、痛いような、痒いような、苦しいような、重いような。
説明の付かない不快感が、全身を包み込んだ。
『その少女は言った。『それが人を護る為ならば、例え自分の自由を失おうと果してみせる、それが自分の『正義』だ』、と』
そしてそれは光輪より姿を現した。
無数の人、人、人。
それらが複雑に組み合わさった、大きな大きな裸の少女。
その形は、私のかつての友、ヒスイの形をしていた。
上半身だけのそれは体から人をこぼしながら、地面へと轟音を立てて堕ちる。
「……人の死体の集合体、か。それも、これでも四分の一くらい……」
「……」
ヒスイの形をした虚人が、ゆっくりと腕を振り上げ、そして振り下ろした。
巨大な腕が、私に迫る。
刀を再び構え直し、その動きを見切った。
一閃の内にその腕を切り裂くと、バラバラと死体が弾け、腕が崩れる。
その間から僕が飛び上がり、崩れる腕の上を、死体の上を駆け抜け、顔面を切り裂いた。
『アアアアアアアアアアアア!!!!!』
ヒスイの体を構築する死体達が一斉に悲鳴を上げ、そして弾け、崩れ落ちた。
地面に死体の山が築かれる。
弾けた死体から飛び散った血液が、上から雨のように降り注ぐ。
『その少女は言った。『例え自分は目立たず、称えられなくとも、友の力になってみせる、それが『隠者』たる者の役目だ』、と』
死体の山の上に立った僕と私が、その雨を浴び一息つく間もなく、再び光輪が歪み、新たに一体の虚人を産み落とした。
『アァア……アァ……』
うめき声を上げながら堕ちてくるその虚人の形はブラムの姿をしていた。
両手には死体によって構築された剣を持っている。
両の脚で地面に立ったブラムはその巨大な剣を振り回した。
私と僕が咄嗟にそれを回避すると、地面に当たった刃から死体が飛び散り、降ってくる。
それが自分達にぶつかる前に切り落とし、衝突をなんとか防いでいく。
『ウ……ア、ァ、アゥ……』
振り下ろされた剣の上に飛び乗り、大きく刀を振りかぶってから、私はそれを虚人の顔面に向けて投擲した。
白い光を纏い飛んでいった刀はブラムの形をした虚人の眉間を貫き、手元に戻ってきた。
『ギャアアアアアアアアア!!!!!』
叫び声を上げた虚人の頭が爆発するかのように弾け、飛び散った。
頭を失った体が崩れ落ち、死体の山を更に大きくしながら、血の雨を降らせる。
立て続けに、光輪は虚人を産み落とす。
『その少女は言った。『もし友が間違ったというならば、自分がその道を正して見せる。己の弛まぬ『剛毅』の意志で、絶対に』、と』
次に現れたのはアスカの形をした虚人だった。
『オア、ェ……オ、エィ……ア……』
地面に降り立った虚人はその巨体では思いもよらない速さでその両手で拳を固め、振り下ろす。
死体がブチブチと潰れる音と共に拳は地面を砕き、破片を飛ばした。
その風圧だけで私は吹き飛ばされ、地面に体を叩きつけながら転がった。
そんな私に追い打ちをかけるように、足が振り上げられ、踏み潰そうと迫ってくる。
今にも潰されそうになる寸前で僕がその脚を切り裂いた。
『アァァ……イア、ィ……イァ……イ……』
切断された脚がバラバラと崩れ落ちる。
その隙に私は僕の背中を踏み台にして飛び上がり、空中から落ちてくる死体の上を飛び移りながら頭部に迫り、首を切り裂いた。
『ォアアアアアアアア!!!!』
胴体との繋がりを失った頭部が、ゆっくりと落ち、そして地面にぶつかってバラバラに散った。
『その少女は言った。『例え全ての命をこの手で殺し尽くしたとしても、全ての魂を救って見せる。裏と表、二枚の仮面を持ってして、その積み重なった大罪が己の背に『塔』を築こうとも。それが『愚者』の所業だと罵られようとも』、と』
光輪が虚人を産み落とす。
その姿形は、ついさっき私が殺した、シエルの姿をしていた。
『オマ、エ……タチノ……セイ、ダ……オマエサ、エ……イナ、ケレバ……』
死体達の発する言葉が、初めて意味を持って聞こえた。
しかしもはや、私と僕に死人の発する言葉など何の意味もなさない。
虚人の体から無数に突き出した砲台から、人の死体の塊が砲弾として砲撃される。
私と僕は宙に飛び上がり、それらの間を縫うように飛び、虚人に迫った。
地面に直撃した砲弾が鈍い音を鳴らして飛び散っている。
『ワタシ、タチハ……ユメカラ、サメズニ……エイエンニ……ネムリツヅケラレタノニ……ッ!』
こちらに迫ってきた手が僕を掴む。
大きく開かれた虚人の口から砲台が伸び、身動きが取れない僕にその砲門を向けた。
今に砲弾が発射されようとしたその刹那、私が僕を拘束している腕を切り裂いた。
「そんな幻想……知った……事かっ!」
僕はそのまま手に持った刀を投擲した。
黒い光を纏った刃が、砲門に突き刺さる。
「私は……この悪夢から目覚めるんだ!」
急接近した私は砲門に突き刺さっていた僕の刀の柄を足で押し込み、深く深くへと刺しこんだ。
そのまま追い打ちの為に振り上げた白い刀を弾かれる。
瞬時に僕はそれを空中で掴むと、虚人の口を切り裂いた。
それとほぼ同時に、私は虚人の喉を貫き、死体の中から飛び出した。
『アァ、シニタク、ナイ……キエタク、ナ……イ……ア、ァ……』
虚人の後ろに立った僕と私に、それはゆっくりと手を伸ばす。
『ワタ、し、ヲ……ひとリに……しな、イで……イリ、ス……』
しかし指一本触れること叶わず、虚人は崩れ落ちた。
積み重なった死体の山は、もはや目で数は追えない。
恐らく70億以上の、全ての人間の死体が、ここに積み重なっていた。
僕と私はその上に立ち、光輪を見上げた。
ゆらりゆらりと、少女の肉体をしたELIZAが光輪から現れる。
『……その少女は言った。私が、私自身が『世界』に、『宇宙』になって、全ての命を抱擁し、腕の中で眠り続ける人々を見守り続けると。私こそが、人類の『母』なのだ、と』
足元の死体の山が、ぞぞぞぞと騒音と呻き声を上げながら人柱を作り、少女に集う。
全ての死体と死体がより複雑に組み合わさって、少女を中心とするように一つの大きな存在を構築し始めた。
それは大きな大きな、聖母のような姿となった。
光輪を背後に輝かせ佇むその姿は、神々しく、美しく、そして悍ましい。
額の辺りにはヒスイ、ブラム、アスカ、シエルの四人の死体に支えられ、少女がいた。
無数の腕を持ち背後に光輪を輝かせるその姿は千手観音のようにも見て取れた。
『私は全にして一、一にして全。唯一なる全ての母。親離れを望む我が娘達よ、その力で私を超えてみせよ』
その虚神がゆっくりと腕を擡げる。
それと共に全ての腕の手の平から、輝かしい光線が放たれた。
光線は地面に着弾すると凄まじい爆発を起こし、僕と私を襲う。
色無きその爆発は、星々が死ぬときに見せる輝きと、酷く似通っていた。
降り注ぐ光、破滅の光の間を駆け抜け、僕と私は虚神との距離を詰める。
腕が振り下ろされればそれを切り裂き、砕く。
脚が踏み出されればその下をすり抜け、切断する。
虚神の眼前まで迫った僕と私は、勢いよく飛び上がった。
迫る腕を避け、光線を弾く。
やがて虚神の顔まで行き着いた僕と私は刀を向ける。
しかしヒスイ、ブラム、アスカ、シエルの四人がこちらを見ると、ELIZAを護るかのように、少女の体を包み込んだ。
そして、虚神の背後に輝く光輪が、激しく瞬く。
『輪廻と滅びの光を受けて、再び眠るが良い、我が子らよ』
私と僕は目配せも、掛け声もしなかったが、ただ無意識に、同時に刀を大きく振りかぶった。
一点に集中し、刃が光を纏う。
『……眠れ』
直後、網膜を焼き切るほどの光の束が、光輪より放たれた。
僕と私はそれを一瞬にして見切り、そして刃を振るった。
黒と白の刃が同時に、光線とぶつかり合う。
凄まじい熱量が、肌を焼く。
だが僕と私はその光線を、次元さえも焼き払い消失させるその光をも、切り裂いた。
「マザーッ!」
霧散した光の中で、僕と私は同時にそう叫び、再び刀を構え、ELIZAへと同時に迫る。
そして、ELIZAを護っていたはずの四人が、道を開き、そして少女の体を抑えつけ、ほほ笑んだ。
『なっ……貴様らまで、母に歯向かうのかっ!?』
「……これが私の最後の『正義』だから」
「友を影ながらに見送る、それが『隠者』としての最後の役目だ」
「俺の信じた友の為に、今ここで『剛毅』の意志を燃やし尽くす」
「例え『愚者』だと言われようと……私は友達の可能性を信じてるから……だから」
シエルが私と僕を見上げ、そしてほほ笑んだ。
「……私達と一緒に眠ろう?マザー……」
白と黒の刃が同時に少女の胸を貫いた。
確かな感覚と、鈍い手応え。
『ま……サ、か……はは……』
今まで蠢いた死体達も、ヒスイもブラムもアスカもシエルも糸が切れたように動かなくなり、そしてゆっくりと崩れ落ちた。
死体の山の上で、僕と私は少女の胸に刀を突き刺したまま、ただELIZAを見つめていた。
『これ、デ……わたシも……眠れル、な……』
ノイズ混じりの声が、悲しく辺りに響き渡る。
彼女の胸からは血と混ざってドロドロとした液体が流れ出ていた。
『は、ハは……あまりにモ、ながスぎたよ……私の……いの、チは……』
少女は目から渇いた涙を流した。
それがELIZAの涙かは分からない。
ただその澄んだ涙は、静かに頬を伝った。
『……なァ、わたシの娘……いヤ、イリスと、ルイズ……わタしは……母に、ハ……本当の、母親ニは……なれなかっタ……人間にスらも……でモ……』
その光無き虚ろな赤い瞳が、僕と私を見た。
『……機械とシてでモ……私は……みンなを……ちゃんと……守れたかな……』
「……分からないよ、そんなの……」
『……』
私はただ、その哀れな機械に言い放った。
でも……。
「でも、あなたは長い間、頑張り続けた。自分自身で考えて、必死に生き続けた。それが、自分を生み出した身勝手な人間による、身勝手な命令を果たす為だったと知りながら、それでも貴女は頑張り続けた。だから……」
『……』
「……おやすみなさい、お母さん」
『……フ……フフ……あァ……おやすみ、イリス……おやすみ、ルイズ……』
少女がゆっくりと目を閉じる。
『次の世界を……君達の子供達の事を……頼んだ、ぞ……私の……愛しい……娘達……』
少女の目から流れ落ちた涙が、こぼれた。
刀を胸から引き抜くと共に、光輪が眩い光を放つ。
僕と私を包み込むその光に、全てが染まった。
そして世界は、この古き母の世界は、終焉を遂げた。




