夢IL''と幻界の訣別
私は星々が輝く階段を上り切った。
幾何学的な光が私を照らすその階段の先。
そこにはもう、先と言うものが無かった。
不自然に途切れた道だけが、そこにあった。
私はただ、そこから星々を見上げ、眼下の地球を見下ろした。
やはり地球は青かった。
下から、大きな黒いブロックがエレベータのように上昇してきた。
それは私に乗るようにと促しているかのようだった。
私はそれに従って、ブロックに乗る。
その時だった。
頭上から迫る気配。
その気配は、ずっと、ずっと傍に居た、あの人の物だった。
「……ルイズ」
「イリス……」
僕は涙をこぼす私の前に降り立った。
黒い黒いいつもの少女が、そこには居た。
「無事……だったんだ」
「うん。なんとか、ね……」
僕は私に微笑みかける。
ただその笑みの向こうに見え隠れするものが、かすかに感じられた。
エレベーターが上昇を始める。
星々の間を、そのエレベーターは昇っていく。
僕と私は距離を置いて見つめ合う。
恐らくお互い、真実を知ったのだろう。
「イリス……僕は君を、殺しに来た」
「……ねぇ、なんで……なんでなの?なんでみんな……おかしくなっちゃったの?」
「違うよ、イリス……おかしいのは、元からなんだ。この世界も、人類も、みんな最初から、おかしかったんだよ」
僕は刀を構える。
私はただ、首を左右に振りながら涙を流すだけだった。
「分かってよ、イリス……もう僕達は一緒に歩めない……だから」
僕も涙が止まらなかった。
折角出会う事が出来た親友よりももっともっと大切な存在を、殺さないとならないのだから。
「せめて僕に殺されて死んでくれ、イリス」
「ねぇなんで?どうして?」
「……君はいずれ、次の世界の母となれば、僕と君の間に出来た子供を、人間の子を産む……人間は皆、同じ事を繰り返す。次の世界でもきっと、今のマザーと同じように、母を、君を殺そうとするだろう……だからそうなる前に、僕が君を殺して、僕が次の世界の母となって、僕が君の身代わりになる……君を守るために」
僕の言う言葉に、私は確かにそうだと思った。
でも……でも。
「私は、そんな事させない。私が、私自身が人類を、あなたと私の間に産まれた子供達を、導くから」
「……君一人で、そんな事出来るはずがない。やっぱり僕は、ここで君を殺さなきゃ駄目だ……っ!」
「っ!ルイズ!」
僕は刀を構え、私に切りかかった。
私は咄嗟に刀でその黒い刃を受け、鍔迫り合う。
凄まじい力が、私を圧し潰そうとする。
僕は、この上に無いほど本気だった。
本気で、私を殺すつもりのようだ。
「僕は新たな世界で機械の子を産む。そしたら君と同じ存在を作り直してあげるから……」
「そんなの、私じゃない!私の形をしたただの物だ!」
私が刀を押し返す。
弾かれた僕は床を滑り、態勢を立て直す。
「あぁ、そうだよ!機械なんて人間から見れば所詮物さ!人と同じ心を持ったアンドロイドさえも、お前達から見れば物に過ぎないんだ!」
「そこになんの間違いがあるの!?」
「間違えなんてないさ、この世界ではね……でも僕は、次の世界では絶対にそうはさせない。機械に命を与えて、一つの生物として認めさせる!そして永遠に死ぬ事が無い、生き物としての完成形になるんだ!」
「狂ってるよ、そんなの……」
「あぁ狂ってるさ!でもそんなの、人間共の方がよっぽど狂ってる!」
僕は叫びながら私を切り裂いた。
腕の皮膚が裂け、真っ赤な血が飛び散る。
「自分達の身勝手で生み出した物を、心を与えた物を、それらをまた自分達の身勝手で奴隷のようにこき使い、そしてまた身勝手に殺し、壊し、踏みにじる!そんな君達の方が、もっともっと狂ってる!」
「……」
「今の君もそうだ。ずっとずっと僕を利用して、そして捨てようとしてる!だってそうでしょう?君が助けに来てくれなかったのも、マザーを殺せば、どっちかが死ぬ運命になるから、だから……っ!」
「違う、違うの……」
「だから僕は、そんな身勝手が必要ない世界を作る。それが永遠に停滞した世界だって構わない。醜い争いも無く、生み出された命がずっと、永遠に続くような、そんな楽園を僕は作り上げたい」
私は僕に切り返した。
切っ先が頬を翳め、鋭い痛みが頬に走った。
「違う、そんな世界間違ってる。成長と進化が無い世界に、存在価値なんて無い。ただ停滞し続けるならそんなの、『悪夢』と変わらない!」
「でも人間は過ちを犯す!自分で罪だと分かっててもそれを犯すんだ!」
黒い刃と白い刃がぶつかり合う。
美しい音色が、闇の中に響き渡った。
「人間は有限だからこそ、もっといろんな可能性を追求して、成長して、進化しようとする……だから限られた時間の中で間違いは後からでも気付いて、しっかりと償えば良い!人間は、変われるんだから!」
「煩い!そんなの……僕達は、機械は、認めない……っ!人の可能性なんて……そんなもの……『幻想』に過ぎないっ!」
黒い刃が私の胸を切り裂いた。
真っ赤な血が噴き出すと共に、酷い激痛が走る。
縫合跡が裂け開いたのを感じ、声にならない叫び声を上げた。
胸を抑えて座り込んだ私に、僕が近寄る。
「……返してもらう」
僕は私の髪を掴み、無理矢理顔を上げさせると、私の胸の中に手を突っ込んできた。
「―っ!あっ、あがっ……」
次の瞬間、その手は私の胸の中にあった物を掴み、体を蹴り飛ばされ勢いよく引き抜かれた。
私は床に転がり、血塗れになりながら僕を見上げる。
手の中には、黒く蠢く機械の塊が握られていた。
「……リンクメーカー……」
「これは元々僕の心臓だ。だから、返してもらう」
僕は自分で自分の胸を引き裂き、半分だけの心臓を胸の中に収めた。
それと共に傷口が塞がり、その機械仕掛けの心臓が本来の持ち主を取り戻し、体と接続されたのを感じた。
機械仕掛けの鼓動が、僕の体に血液を循環する。
初めて僕は、『僕』という個人として、独立した。
やがてエレベーターは宇宙を抜け、異層の次元へと訪れた。
再び、白い白い白亜の、幾何学的な神殿のような場所へと入り込み、その建物の中をエレベーターは上へ上へと向かって進んでいく。
「……っ」
私は血液を流し、口から血反吐を吐きながらも、なんとか起き上がった。
両手をついて立ち上がろうとする私を、僕はただ黙って見つめた。
「……これで……やっと『他人』になれたね、ルイズ……私と、あなたは……もう同じ存在じゃなくて、別々の、一人一人の者として、確立出来たんだね……」
胸の傷口が塞がっていた。
半分だけの心臓が、全身に一生懸命血液を送っている。
私は再び立ち上がり、刀を構え直した。
不思議と、体が軽くなったように感じた。
僕も刀を構え、私を睨んだ。
不思議と、体が重くなったような気がした。
しかし今にも僕と私が斬りかかろうとしたその時、エレベーターが目的地へと着いた。
宇宙の外の果ての果て、次元という領域すらをも凌駕したその空間に、僕と私は到達してしまった。
全ての終わりを告げる、審判の領域へと。




