門にして鍵
階段を上り切った先。
そこには見上げる程に巨大な門が佇んでいた。
前に訪れた時はこんな物なかったのに、と私は門を眺めた。
『……遂にここまで来たか、鳥達よ』
何処からか声が響いたと思うと、目の前の空間に一人の少女が現れた。
深くフードを被り、黒いローブと金の幾何学的な装飾を身に纏ったその少女は、フードの中からうねうねと蠢く髪を覗かせている。
一目でそれは、人間では無い何かだと私達は確信した。
だが同時に、どこか懐かしさや、ルイズや私と似通った雰囲気も感じた。
『私の名はウムィル。『始まりの者』の一人にして、『終わりの者』の一人。この門の守り人にして、門の鍵』
その声は直接脳に響くようで、とても不快だった。
それもその筈だ。
フードの中のその顔には、顔が無かったのだから。
顔面を覆いつくす包帯に、その隙間から覗く目、目、目。
その目は常に不定形に蠢き続け、私達の顔を見ている。
『お前達翼を持つ者はこの先へ行くのに十分な力を持っている。だが、それは私がお前達を見定めた後の話だ』
手に持った奇妙な形をした杖を、強く地面に打つ。
今まで歩いてきた階段が変形し、もはや後戻り出来なくなる。
『私を己自信の力で超えて見せよ、鳥達よ。超えられた者のみを、この門の先へと送ろう』
「……上等だ」
ルイズが刀を構え、ウムィルに切りかかった。
しかし刃がウムィルに触れようとしたその瞬間、時空間が歪んだような衝撃を感じ、その直後、私とルイズは門に背中を打ち付けて倒れていた。
ウムィルは変わらずそこに立っている。
「な、にが……」
『どうした?人類を死滅させたというのに、その程度なのか?』
「くっ……!」
私は刀を構え、ウムィルに切りかかった。
しかし次の瞬間に私の体は宙に浮いていた。
「え?」
頭が状況を理解するよりも早く体が落下を始める。
「イリス!」
ルイズが咄嗟に私の体を抱えてくれたため、地面に直撃するのは避けられた。
私とルイズは頷き合うと、両側から同時に切りかかった。
しかしウムィルの体が消滅し、危うくお互い斬り合いそうになり、刃と刃をぶつかり合わせる。
横に奴が移動しているのを睨み、刃と刃を合わせたまま二人同時に切りかかったが杖で攻撃を弾かれる。
『少しは頭を使ったらどうだ?まぁ、無理だろうがな』
再び歪みを感じ避けようとしたが、気付いた時には二人一緒にかなり距離を置いた場所にワープさせられていた。
ルイズは何かを考えているようにウムィルを睨んだ。
奴はそこから動く事なく、空中で何かに座るようなポーズを取って、杖を持っている。
そして何か思いついたようにルイズがこちらを見た。
「リミッターを……お願いできるかな」
「……分かった」
私は胸に手を置いて、強く念じた。
心拍数が跳ね上がるのを感じる。
リンクメーカーのリミッター解除はその主にも多大なる負荷を及ぼすのだ。
ルイズは目を閉じると、次の瞬間、黒い閃光を纏いながら光速よりも早くなり、姿を消した。
私は刀を構えると、ウムィルに切りかかった。
『何度来ても同じ事を……』
ウムィルが杖を掲げ、こちらに向ける。
時空間の歪みが生じたのを感じた。
その時、私はルイズの作戦を理解した。
奴は己自信が門であり鍵であると伝えた。
つまり奴はこの時空の歪み、つまりは「門」を用いて己の体の中を通し、直ぐに全く別の場所へ飛ばしている。
だとすれば……。
「今だよ!」
私がそう声をかけると、その直後、黒い閃光が歪みの中へ自ら飛び込んでいった。
『……?』
ウムィルが動きを止め、辺りを見回す。
僕は作戦通り、奴の胎内に潜り込んだ。
しかしその風景はとても直視出来たモノでは無かった。
蠢き続ける形を留めない不定形な肉塊。
それらは赤、青、黄と七色に明滅し、僕の周囲をふわふわと浮いている。
空間もそれらの色に激しく点滅し続け、トランス状態とも言える状況になっていた。
僕はその悍ましさ、狂気から叫びたいのを堪えながら、奥へ、奥へと進んでいく。
僕の周りを浮いている蠢く肉塊達は皆口々に何かを囁き続けている。
それらの言語は聞き取れず、僕は必死に耳を塞ぎながら、深く深くへと潜った。
そしてその先には、途轍もなく巨大な目が、僕の事を見ていた。
瞳だけで僕の数百、数万倍もあるその眼球の上に、ゆっくりと降り立つ。
「……」
僕は刀を構えて、刃を下に向けると、切っ先を瞳に突き立てる。
発狂しそうな自分を奮い立たせ、刀を振り上げる。
瞳は、僕の事を視続ける。
『お前は何になりたい?お前は何故縛られる?お前は何故自由を得ようとしない?お前は何故自分を縛る存在を赦した?』
周囲に浮いていた肉塊がこちらに近付き、僕の脳内に直接囁き始める。
瞳もまた、僕を試すように、その声を立て続けに与え続ける。
違う、違う、違う……。
僕にはあの子が必要なんだ……。
僕には、あの子が居なければ……。
『お前は所詮利用されているだけの機械に過ぎないのに』
「―っ!あああああああぁああああ!!!!!」
僕は叫び声を上げながら刀で眼球を突き刺し、そして素手で眼球を抉り返した。
黒い閃光が入り込んだ直後、ウムィルが顔を抑えて呻き始めた。
『う……ぐう……』
直後、彼女の顔面を引き裂いて、その中からルイズが現れる。
その目は何かに怒っているような、正気を失っているような色をしていた。
しかし次の瞬間、ウムィルがぐらりとバランスを崩して、足場から落ちるようにして倒れる。
それと共にルイズの体までも宙へと投げ出されてしまう。
「っ!ルイズ!」
「……イリス」
私は咄嗟に駆けだして手を伸ばしたが、もう遅かった。
ルイズの体は遥か白亜の底へと真っ逆さまに堕ちていった。
……いや、大丈夫だ……あの人は飛べるんだ。
私は自分に必死にそう言い聞かせたが、いつまで経っても戻っては来なかった。
『残念だな、脱落者が出てしまったか……まぁいい』
何処からか、ウムィルの声が響く。
それと共に門が歪み始め、上へと続く階段となった。
『あぁ、先へ進むが良い』
「うっ……うぅ……」
私は涙が抑えられなかった。
私のせいで、あなたを殺してしまったのかもしれない。
そういう自分を責める事ばかりを考えてしまう。
『……何をしている。お前は何の為にここへ来たのだ?我らの大いなる母を否定し、親離れする為にここへ訪れたのであろう?ならば、お前はこの先へと進まなければならない権利と義務がある』
「……」
『今まで奪ってきた人々の命、友の命を無駄にしようとするな』
私は立ち上がると、涙を拭いて、階段へ向き直った。
先ほどのよりもずっとずっと長く、先が見えない。
「……私一人でもやってみせるから……だから、お願い。私を見守ってて……ルイズ」
胸に手を当て、静かに祈ってから、私は階段に踏み込んだ。
『……果たして、新たなる主となるのは一体どっちなのだろうな』
背後で門が閉じる音がした。




