月光の墓標
暗い暗い、鬱蒼と茂る森。
永遠に続くかのような、木々の道。
もう何時間歩いただろうか、空にはもう月が上り始めていた。
そう、月がもう見え始める程、地上に近付いてきたのだ。
「ねぇ……やっぱりここの雰囲気、何かがおかしい……」
「血と、憎悪と、狂気……それでいて、どこか寂しい……そんな気配を感じる」
僕らは森の中を進んでいくと、一筋の光が見えてきた。
そちらの方へ近付くほどに、辺りに蛍が飛びはじめ、暗い森の中を幻想的に照らし始めた。
木と木の間の向こうから、美しい光と共に、気配を感じる。
僕と君は顔を見合わせ、そしてその向こうへと踏み出した。
「……すごい」
「綺麗……」
そして、その向こうの風景を見て、僕らは驚愕した。
蛍が飛び交う、赤い赤い花畑。
木々に囲まれたそこは秘境のようにひっそりとしており、丁度木が無く空を見上げる事が出来る場所には、美しい月が顔を覗かせていた。
月光と蛍の光に照らされたその赤い花畑は、とても幻想的だった。
「……」
僕らは花畑に踏み込み、ゆっくりと進んでいく。
その時だった。
「……いるよ」
「あぁ……この気配……この気配は……なんだ?」
僕はその気配の正体が掴めなかった。
人でも、リンカーでも無い、何か……。
そしてそれは、ゆっくりと木の影から姿を現した。
赤い赤い、乱れた髪。
僕と同じ形の、赤いネグリジェ。
白い肌、左の赤い瞳。
両腕両足には内側に棘が並んだ鋼鉄の枷を着け。
右目がある場所にはそれが無く、白い包帯を眼帯代わりに巻いている。
その少女に、僕は見覚えがあった。
そうだ、ずっとずっと昔、僕と彼女は……。
「……ジェフ、なんでこんなところに?」
「えっ、知り合い?」
「……」
僕は声をかけたが、彼女は答えようとしなかった。
そして僕と君は彼女の体臭を嗅いでむせ返った。
幾万人も殺し、その返り血を浴び続け、腐敗させたような、強烈な臭い。
僕はその変わり果てた彼女を睨む。
「コこカラ……デて行ケ……オ前ら人間ドも……殺ス!」
「……来るよ」
正気を失ったように叫び狂いながら、ジェフが獣のように四つん這いになり、襲い掛かってきた。
咄嗟に受けの姿勢を取ったが、飛びかかってきたジェフの力が余りにも強く、押し倒される。
馬乗りになったジェフは僕の首を両の手でキツく締め上げると、その鋭い牙が並んだ口で噛みついてきた。
「ああっ!?」
首の肉を噛み千切られ、激痛が走る。
直後、君が後ろから刀を振り下ろし、ジェフに切りかかった。
しかしジェフは一切振り返らずにそれを回避すると、瞬時に切り返し、拳で君の腹部を打ち抜いて吹き飛ばした。
「くっ……!」
花びらを散らしながら、君が花畑に倒れる。
それに追い打ちをかけるようにジェフが飛びかかると、その爪で君の事を何度も引き裂いた。
真っ赤な血が、赤い花を更に赤く染める。
「イリス!!」
「ルイ……ズ……」
「この……っ!」
僕はショットガンを構えるとそれでジェフに殴り掛かった。
またそれを瞬時に避けると、奴は距離を取って、こちらの様子をうかがってくる。
「イリス、君は花畑の外に」
「私はまだ……」
「その傷じゃ駄目だ……それに、あの子は僕がやらなきゃ」
僕の目を見つめた君は、ゆっくりと頷くと、花畑から退避した。
やはりと言うべきか、奴の注意が全部僕の方へ向く。
「ジェフ、何が君をそうさせたんだ?」
「……フランハ……ボクが……ッ!」
再びジェフがこちらに迫ってくる。
ショットガンを構え、奴が飛びかかってくる瞬間に合わせて引き金を引いた。
散弾は全てジェフの体に食い込み、その細い体を吹き飛ばした。
真っ赤な血を流しながら、花畑を転がる。
「アアアア……ウウウグアアアア……」
「……?」
ジェフは花畑の上で悶え苦しみながら、何かに手を伸ばしていた。
その先には、一人の少女の死体が寝かされていた。
銀の髪に、服を纏わず、裸で白い肌をさらしながら、花畑に横たわるその死体。
……いや、それは死体では無かった。
死にながらに生きていた。
心臓の鼓動は停止していたが、脳は確かに動いている。
体が死体のように動かないが、脳だけが生き残り、死ねずにいるのだろう。
「……」
僕はショットガンを構え、その少女の方へ近付く。
そしてその少女の頭に向けて、躊躇なく引き金を引いた。
「ッ!!??グァア!!!??」
間一髪でジェフに邪魔され、弾丸が逸れる。
「フラン……ううううああ……フラ、ン……」
ジェフはぬらりと起き上がると、顔を両手で覆いながら、だらりと頭をもたげた。
そしてその気配が、次第に変貌していく。
今まで不安定だった人格が、はっきりと輪郭を帯びてきたように。
「……そうだ、僕は守らなきゃいけないんだ……フラン、君を……」
ジェフの手の中で、その左目が赤く輝き始める。
ゆっくりと手を離すと、そこには理性を取り戻したジェフの顔があった。
「……ジェフ」
「ルイズ、君がここに来ることは分かってたよ……久々に会えて、僕も嬉しい……だけど」
両の手を合わせ振り上げ、何かを念じるように静かに目を閉じた。
そして手を振り下ろすと、その手の中には紅い刃を持った刀が現れていた。
刀の出現と共に、窪んでいた右目の眼孔から包帯を突き破って、赤い花が咲いた。
美しい、彼岸花のような赤い紅い花だった。
「僕はフランの魂を護るために、君を殺す。だから君も……僕を殺せ」
「……っ!」
瞬間、ジェフの姿が消えた。
その場には紅い閃光のみが残る。
刹那、脇腹を強い痛みが貫いた。
腹部からは刃が突き出している。
「ジェフ……っ!」
「お前も……本気で来てよ!」
刀を引き抜くと、ジェフはその髪を翼のように広げ、月光を背に空へと飛びあがった。
腹部からの出血が止まらない。
奴は月光を背にして、刀を構え、ゆっくりと刃を向ける。
そして一閃の内に、刃を突き出しながら急降下して来た。
僕は避けれずにその場に立ち尽くす。
そして僕に、真っ赤な血が降りかかった。
目の前には、両腕を広げて立っている君の姿があった。
腹部からは貫かれた刃が飛び出している。
「イリス……ッ!」
「くっ……」
刀が引き抜かれると、君は力無く膝から倒れる。
僕は咄嗟に君の体を抱く。
「なんで……」
「私は大丈夫だから……あの子とは友達なんでしょ?決着を、付けてあげて……」
「……」
僕は立ち上がると、ジェフを睨んだ。
「……共に、主を思う気持ちは変わらないみたいだね……でもっ!」
残像を残しながら、ジェフが斬りかかってくる。
「僕は、君を、殺す……っ!」
「……ッ!」
そして僕は、その斬撃を受け止めた。
手の中に現れた、黒い刃を持った刀でそれをはじき返した。
「分かったよ……殺せるなら、殺してみろ!」
「フフッ……そうだ、君はそうでなくっちゃぁね!」
宙へ飛んだジェフを追い、僕も宙へと舞い上がる。
高速で放たれる斬撃を全てこちらも刀ではじき返しながら、一気に切り込む。
咄嗟に刀で僕の斬撃を受けたジェフを抑え込み、地上へと再び叩き落す。
花びらが、美しく宙へ舞った。
「まだ、だ……ッ!」
目を赤く輝かせたジェフが光速で動き始めた。
恐らくジェフは今、あの少女から奪った心臓を自分のモノにしている事で己の意志でリミッターを限界まで解除し、自壊するリスクを背負いながら極限まで己の力を高めているのだ。
僕は君の方を向く。
「……イリス」
「わかった……」
君は祈るように、胸に手を合わせた。
僕の見えている世界が、次第に歪み始める。
目を閉じ、そして見開くと共に、黒い閃光が目から走ったのを感じる。
宙に舞った花びらが空中で停止したような、世界そのものが停止してしまったかのように錯覚した。
やっと人並みの速度に捉えられたジェフに向かって刀を振りかぶり、切りかかった。
空中で静止した花びらごとジェフを斬りつけると、宙に飛び散った血液がそこで停止する。
「ぐっ……フフッ、まだ、まだだよ!」
僕とジェフの刀と刀が激しくぶつかり合う。
宙に舞う花びらが、ひらひらと踊る。
「これで……」
ジェフが刀を振りかぶり、刺突の構えを取った。
僕は限界の幻界までリミッターを解除した。
光よりも速い速度で放たれたはずの、奴の刺突が止まって見えた。
そしてそれにカウンターするように、刀を切り上げる。
「なにッ……グァアアッ!?」
宙にジェフの体が打ち上げられる。
すかさず僕は宙に飛び上がり、月光に刃を反射させた。
「……終わりだッ!」
無防備に宙を舞うジェフの体を一度斬り、二度斬り、四度斬り、八度斬り、十六、三十二、六十四……。
反応速度を極限まで高めた自分でさえ目で追えないほどの速さで、ジェフの体を切り刻んだ。
「……二百」
二百度切り裂いた僕は、その刀をゆっくりと鞘に納めた。
直後、世界が元の速度を取り戻す。
僕が花畑に着地すると、大量の血が雨のように降り注ぎ、遅れてジェフが落ちてきた。
花畑に落下したジェフが、弱々しく月を見上げる。
その顔はどこか、解放されたかのようだった。
もはや、自力で動く事も叶わないだろう。
「あぁっ……はは、これで……終わり、か……」
広がっていく血液が、赤い花畑を更に赤く染めた。
そうだ、彼女は……ジェフリーは、僕やイルとほぼ同時期に生み出された、姉妹と言っても過言ではないリンカーだったのだ。
「ルイズ……僕を、彼女のところに……」
そう言ったジェフの体を抱え、少女の隣に寝かせてあげた。
ジェフは右手で少女の手を優しく握った。
「僕も……これで束縛から……解放されるんだ……きっと……」
「ジェフ……君は……」
「……ルイズ……君のおかげで……僕は……フランと一緒に……逝ける……」
左目だけの赤い瞳で、僕の顔をゆっくりと見てきた。
落ち窪んだ目に咲いた紅い花が、風に優しく揺れた。
「……ありがとう」
そう言ってほほ笑んだジェフは、そして動かなくなった。
安らかに眠る二人の少女の遺体が、そこには横たわっていた。
「……ルイズ、体は大丈夫?」
「うん。君のおかげで、耐える事が出来た……ありがとう」
僕は君の手を握った。
風に花々が揺れる月光の花畑を、僕達は去っていく。
最後に振り返った僕は、二人の少女にこう告げた。
「……ありがとう。おやすみなさい」
そして僕らは、二人の少女のための、月光の墓標を後にした。




