異変の始まり
あれから随分と時間が過ぎた。
私は仕事にも慣れ、いつもの四人のメンバーとはより親密な仲へと発展していた。
ブラムは最近随分と難解な仕事を押し付けられており、あまりいつもの五人で集まる事が出来ずにいたが。
それと、少し体に異常が見られるようになった。
主にエゴの世界で、突然意識が無くなったと思うと、気付けば全く違う場所に立っていた、なんて事が度々起きるようになった。
シアンはリンクメーカーが度々暴走し発作を起こすようになり、定期的に胸部に注射器を刺している。
……私達の体に、少しずつではあったが、確実に、異常が起き始めていた。
そんなある日の事。
私はこの日も、仕事の為にイドの世界を歩いていた。
なんでも最近、不可解な殺害事件が頻発していると言う。
アスカ、ヒスイで手分けをして、夢世界の集合住宅地とも言える夢幻城砦の中を調査する。
アスカはもう明日になればエゴの世界で引っ越しをして、海外の方へ向かう支度を進めていたのだ。
準備があるから早く帰りたいと言っていたのだが、時間になってもシアンが来なかったため、今回は時間がかかりそうだ。
私は下層を歩き、くまなく散策していく。
昨日事件があったと言われた場所を探しては見たが、やはりそれらしい者は見つからなかった。
ルイズも岩の裏やらなんやらを探して回っているが、気配も感じられないようだ。
皆に連絡をしようと思い、端末を取り出そうとした時に丁度ヒスイから連絡が入った。
「あ、ヒスイちゃん?こっちには何も居ないみた……」
『イリス!は、早くこっちに……こっちに来て!何か様子がおかしいの!』
「……え?」
スピーカーの向こうからは、かなり緊迫したヒスイの声が聞こえてくる。
私は何が起きたのか把握出来ず、反応に困る。
「様子がおかしいって……」
『いいから!きゃあ!』
ヒスイの悲鳴と共に強烈な爆発音が鳴り響く。
それに続いて通信端末を落としたような音が聞こえてきた。
「ヒスイちゃん?」
『な……んで……あんたが……ッ!』
「ヒスイちゃん!?ヒスイ……ちゃん?」
次の瞬間には、何も音が聞こえなくなった。
私とルイズは顔を見合わる。
「……急ごう」
「うん……」
宙を飛び、ヒスイが担当していた区画へと向かった。
人通りの少ない裏通り。
私とルイズは武器を構え、恐る恐るその道を進んでいく。
「……この臭い……まさか」
「だめ……言わないで……」
私はルイズが言いかけた言葉を遮ると、道を走った。
とにかく間に合わなければ……仲間を一人でも失う訳には……。
「……っ!」
角を曲がってその先に広がっていた光景を見て、私は絶句した。
頭を砕かれ、脳漿を垂らし、胸に穴を開けられ、心臓ごとリンクメーカーを引き抜かれたヒスイが、壁にもたれかかってそこに居た。
私は咄嗟に彼女の方へ走り、肩を掴んで揺さぶった。
「ヒスイちゃん……?ねぇ、ヒスイちゃん!?」
「……」
彼女は返事をしない。
息もしていない。
動く心臓も無い。
それでも私はただ必死に、彼女の体を揺さぶった。
「……イリス、ヒスイちゃんはもう……」
「うるさい!そうだよ……ここは夢なんだし、目覚めれば……きっと……」
だらりと私の腕の中でうな垂れるその肉塊は、ピクリとも動かない。
その時、背後から近寄る一つの気配に気づいた。
「……来たんだね、イリス」
「……シアン?」
手に血塗れのマチェットを持ったリンカーネイション状態のシアンがそこには居た。
いつもの白いマフラーとテトラの黒いマフラーは血で赤く染まっている。
「シアン……ヒスイちゃんが……っ!その手に持ってるのは何!?」
「……」
シアンのもう片方の手には、機械が取り付けられた一つの心臓が握られていた。
私は目を見開く。
「イリス……君なら、分かってくれると信じている」
「分かるって……何を?全然私わかんないよ……」
「……イリス、私と共に」
彼女がそういいかけた時、目にも留まらぬ速さで振り返り、背後に立っていたものをマチェットで切り裂いた。
「ぐ、がっ……シア、ン……なん、で……」
そこには胸を切り裂かれたアスカが立っていた。
あふれ出る血を抑えようとしている彼女に追撃しようとマチェットを振り上げるが、カウンターでパンチを食らい、シアンが地面に転がった。
「なんで……お前が……ヒスイを……」
「……私の真の番号は零番。序列番外の存在、七人の一人……」
「ねぇシアン……どうしたの?どうしちゃったの?」
私は訴えかけるが、シアンは答えようとしない。
それでも彼女は、私に刃を向ける事は無く、逆に共に立て、と私に訴えかけていた。
「おい……イリス……シアンを……止めるぞ……手を、貸せ!」
パイルバンカーを構えたアスカがシアンに突撃した。
激しくシアンとアスカがぶつかり合う。
「何見てんだ、イリス!コイツを……止めないと……っ!」
「ねぇルイズ、私はどうすれば……」
「……」
ルイズはただ黙り、私の事を見つめ返した。
その瞳を見た私は、一つの答えを確信した。
「……っ」
「これで……っ!」
バランスを崩したシアンに、アスカがパイルバンカーを振り上げる。
その直後、私の白い剣が、アスカの胸を貫いた。
高速で駆動する刃が、彼女の胸の中身をズタズタに引き裂く。
「なっ……んで……」
剣を引き抜くと、壊れた機械が先端に絡みついていた。
茫然とするアスカの首を、シアンが刎ねる。
体との繋がりを断たれたアスカの頭が、地面に落ちた。
「……いよいよ始める事にしたんだね、シアン……いや、シエル」
「……私達は、必ず成し遂げなきゃいけない。全人類を、救う為に」
私は茫然と、アスカとヒスイの死体を眺めていた。
もう動かなくなったそれは、もはやアスカとヒスイでは無く、ただの肉の塊だった。
「イリス……一緒に手に入れに行こう?『自由』を」
私はシアンが……シエルが差し伸べた手を借りて、立ち上がった。
血塗れたその手の冷たい温もりは、とても心地良かった。
それからの記憶は、ほぼ同じモノだ。
手当たり次第に、目に付いた人間を殺して歩く。
逃げる者も、立ち向かう者も、女も、男も、子供も、老人も。
動けば殺し、動かなくても殺す。
一人も残さず、切り裂いていく。
阻止しようと私に立ち向かってくるリンカーやそのパートナーも居たが、そいつらも構わず殺す。
その意志はまるで私では無いかのように、ただ無差別に殺伐を繰り返した。
手に、肉を斬る感覚が染みついた。




