友
扉を開けて外に出る。
そこは広い集合住宅、アパートのようになっていた。
部屋番号を見れば「37号室」と描かれていた。
そのアパートはまだ建てられて間もないような新居の臭いが漂っていた。
塗装したてのような綺麗な壁、まだ殆どの人に踏まれていない綺麗なタイル。
綺麗に整えられたその環境は、とても居心地が良いようで、少し過ごし辛くもあった。
私の部屋があるのは三階のようで、そこから街の風景が見渡せた。
……私が見た覚えのある町と、そう変わらないような気がした。
地面を埋め尽くし、囲碁の盤のように道路を奔らせた住宅街。
等間隔に並び街の頭上に電線を張り巡らせている電柱。
更にそれよりも背が高く幅広い間隔で建てられた大きな鉄塔。
空には入道雲が佇む青空が広がり、燦々と暖かい陽射しを街に照らしつけている。
一見無機質のようで、どこか懐かしさを感じるその風景に、私は見入った。
階段を使い、一歩一歩降りていく。
一階まで辿り着いてエントランスに出ると、私は一息ついた。
銀の硬いイメージをした郵便ポストが並び、管理人室を覗ける窓がある。
中には誰も居ないようだったが。
私はアパートから出て、方向転換してアパートを眺めてみた。
そしてある事実に気付いた。
その七階建てのアパートの後ろに、もう一つ巨大な施設が佇んでいる。
見上げる程巨大な白亜のその施設は、一見すると研究施設のように思えた。
アパートだと思っていた場所はその施設の一部に過ぎなかったらしい。
巨大で無機質な建物は、この街の他の建物、風景と比べて一際異質で、そこにあってはならない物が紛れ込んでしまったような印象を受けた。
門の方を見てみれば看板が貼り付けられていたので、それを見てみる。
『古天生体研究所』
看板にはそう記されていた。
恐らく古天というのがこの街の名前なのだろう。
この研究所が、ハイパーエゴの世界で私が居た施設の全容なのだろうと察する事が出来た。
私はくるりと向きを変え、再び街の方に向けて歩き出す。
その時、背後から近付く四人の気配に気付いた。
「お~、お前、新入りか!」
四人のうちの一人の、赤髪の少女が言った。
顔には傷があり、豪快な印象を受ける。
「……また一人、被害者が増えたんだ」
白いヘッドフォンとマフラーを付けた青髪の少女が言う。
赤髪とは対照的に少し気弱で、体が弱そうなイメージだ。
「何も知らないで眠り続けるよりはまだマシよ」
緑髪で純和系の雰囲気を身にまとった少女がそういった。
この四人の中では中心的な人物にも思えた。
「ま、面倒さえ起こしてくれなければ私は構わんよ、殺さなきゃいけない人間の数が増えなければ、な」
クールというか、少し冷淡な性格をしている紫髪の少女が言う。
このメンバーの中では少し年上なのだろうか?
「あなた達も……その……」
「えぇ、そうよ。私達は全員あなたと同じ役目を任された仲間。私は十一番のヒスイ、序列は35。この赤いのが八番序列20のアスカで、青いのがシアン。十六番で、序列は私達の中では最も高い18。そして紫のがブラム。九番の序列27」
「よろしくな!」
「……よろしくね」
「宜しく頼む」
四人から次々と言葉を交わされれ、私は一瞬戸惑ったが、頭を深く下げた。
「あなたの事、教えてくれる?」
「は、はい!えっと、二十番の序列は37で……イリスって言います」
「イリスか、良い名前だな!」
アスカがそう言ってくれて、私は更にお辞儀した。
馴れ馴れしく私の肩を叩くアスカを、シアンが手で制した。
「私達今日は仕事無さそうだし、これから喫茶店でも行こうかって話をしてたんだけど、イリスちゃんも来る?」
「えぇ、ご一緒させて頂きたいです」
「わかった。それじゃあ行くか」
前を歩いていく四人の跡を、私は着いて行った。
五人でゾロゾロと街中を歩く。
平日なのか、あまり町通りに人は少なく、長閑な時間が過ぎていた。
住民達は何も知らないように、いつも通りに過ごしている。
「……信じられないよな、ここが夢の世界だなんて」
「正しくは仮想現実のサーバー空間だ。睡眠する事によって接続されるからと言ってここが夢の中という訳では無い」
「んなの分かってるよ!」
ブラムに言われたアスカが声を荒げた。
本当に、街はいつも通りの時間が過ぎていた。
これが仮想空間だとは想像も付かない。
「このお店にしましょう」
ヒスイがお洒落な喫茶店の中へと入っていった。
アンティークな装飾が目立つその喫茶店は、この時間帯だからなのか、お客さんはそこまで多くなかった。
席に着いた私達はみんなでメニューに目線を下した。
どうやらここの看板メニューは生クリームが山盛り……いや、チョモランマ盛りとまで言えるまでに盛りに盛られたパンケーキのようだ。
私は余り甘い物が得意では無いため、オムレツを注文する事にした。
「みんな注文決まった?」
「あ、そういやイリスの分誰が払うの?多分まだ給料も入ってないしお金ないでしょ」
「仕方ない、私が奢るから安心しろ」
「あ、すいません……ほんとありがとうございます」
「マジ?さっすがブラムお姉さん!」
「お前は自分で払え」
ブラムに一蹴りされたアスカが口を尖らせた。
ウェイトレスに一人ひとり注文をしていき、一息付く。
窓の外の風景をぼんやりと眺めていると私の注文したミルクスムージーとブラムを除くその他のメンバーの飲み物が先に来たので、皆でそれを口にしながら雑談をする。
「でもさー俺達、今までの自分の出自とか全部記憶消されたじゃん?皆はげぇって思ったかもしんねーけどさ、俺からしてみれば新しく自分の人生をやり直せる絶好のチャンスだと思うんだよね」
シュワシュワと泡立つコーラをストローでするすると吸いながら、アスカが言った。
それを聞いて、青いハーブティーを飲んでいたシアンが唇に付いた水滴を舐めとってから口を開いた。
「……でも、私達は一定の自由を与えられてはいるけど、仕事が来れば殺しをしなければならない。その役割を強いられている以上は、真っ当な第二の人生なんて……それに本当の現実の私達は出口も無い部屋に監禁されてるんだし……」
「俺は別に嫌じゃないけどな。夢だろうとサーバーだろうと、ここに全人類が生きてるなら結局は現実と変わらねー訳だしよ。それに真っ当な人生なんて面白くないだけだからな、殺しだろうと何だろうとやってやるよ。金も入るし」
「アスカは何かやってみたい事とかあるの?」
「お、それ聞いちゃいます?」
抹茶ラテを飲んでいたヒスイに質問されたアスカがテーブルに身を乗り出して言葉を続けた。
「俺、音楽とかやってみたいなーって思ったんだよね!楽器は良く分かんねぇから歌とかさ!普通の人間のバンドメンバーと組んでさ、表ではバンド活動、裏では悪を斬る正義の味方とか!」
「無理だな」
「……アスカが歌って」
「面白い冗談言うね~ほんと」
「おまっ……」
周りから総スカンを食らったアスカがこちらに目線を投げかけてきた。
私は困って、少し考えてから口を開いた。
「ま、まぁ……諦めなければきっと何事も出来ますよ、きっと」
「ほらほら、イリスだってそう言ってるじゃんか!逆に聞くけどお前らはどうなんだよ!」
そう質問を返された皆が押し黙る。
私も返せなかった。
水を一口飲んだ後、ブラムが口を開いた。
「殺すときは殺し、食う時は食い、寝る時は寝る。それだけだ」
「折角給料高いんだから少しは遊んだらどうなんだよ~」
「必要無いな……っと」
ウェイトレスが注文した物を持ってきた。
私のオムレツと、アスカの辛口ソーセージのホットドッグと、シアンのチョコミントアイスに、ヒスイの抹茶羊羹。
そしてブラムは……。
「うわぁ。相変わらずだね、ブラム……」
「悪いか?」
「……うぇっ」
ウェイトレスがブランの前に置いたのは、今にもこぼれ落ちんと盛られた生クリームが揺れる、チョモランマなホットケーキだった。
私は唖然とそれを見る。
彼女はただ至福のひと時を楽しむかのように、生クリームと切り分けたホットケーキを口に運んでいる。
「すごい……」
「あぁ、イリスは初めてだもんな。ブラム姉さんこう見えてすっごい甘党なんだよ。俺達でも吐き気を催す程の」
「こう見えて、とはどういう意味だ」
次々とその山が消えていく光景を眺めながら、私はオムレツを細々と食した。
何となく、ブラムが明確な娯楽を必要としない意味が分かったような気がした。
皆で店を出た後、私は一つ気になった事があった。
「夢の中の食事って意味あるんですかね?」
「もちろんあるよ。私達は肉体ごとここに来てるんだから、ちゃんと食べないと死ぬよ。それに体力が無いと戦えないし、リンカーの維持にも関わってくるし」
「そうですか……そうですよね」
皆で夕焼けの中を、歩いていく。
硬いアスファルトと、赤い空。
その景色は、到底作られた物には見えなかった。
私達の住居であるアパートが近付いてきた。
「はぁ、明日からまた仕事が入るんだろうな~」
「働かなきゃお金が入らないんだもの。生きてくためには仕方ないよ」
「……体調整えとかないと」
四人がぼちぼち歩きながらエントランスの方へ歩いていく。
「あのっ!」
私が呼び止めると、四人がくるりと振り向いた。
「どうした?」
「えっと……本日はどうもありがとうございました!また機会があればいつか……」
「え?何言ってんだ?」
私が話してる途中にアスカが遮り、こちらに近付いてきた。
なんだと思えば、私と肩を組んできた。
「俺達は友達……いや、『仲間』、だろ?」
「仲間……」
「うん。私達の縁は今日限りじゃないもの。同じ仕事をして、同じ場所で生活するんだから、友達であり、仲間でしょ?」
「……もしマザーを母と仮定するなら、『家族』でもあるかもね」
「薄気味悪い冗談言うなよ……あんな顔も見た事無い奴を母と呼べなんか……」
「……友達」
私は自分の手のひらを見る。
何故だか、記憶は無いはずなのに、こうして友達が出来たのは初めてのような気がした。
その時、心のどこかでルイズが「僕も友達だよね!?」と言ったような気がした。
あぁ、そうだったな、と私はほほ笑んだ。
「……これから宜しく頼むな、イリス」
ブランが手を差し伸べてきた。
「……はい!」
私はその手を強く握り返すと、皆に、新しい友達に、そう返した。




