モノクロ
風が吹く、黒の空間。
ただ穢れ無き、その黒い空間は、清浄な空気に満ちていた。
足元一面には、黒色をした彼岸花が辺り一面に咲き誇り、風に吹かれて揺れている。
僕はただ、その覚えのない空間に、茫然と立ち尽くしていた。
黒い、布面積の少ない下着のような服装と、白い肌に、長く翼のように両方向に広がる漆黒の髪。
僕は自分の姿を確認すると、辺りを見回した。
まだ、自分が何なのかハッキリとは分からない。
ただ、言えることは今まさに、自分はこの空間に初めて生まれ落ちたという事だった。
意識でも無意識でも無く、僕は両の脚を動かす。
まだ歩き馴れず、二回ほど倒れて地面に顔を叩きつけた。
その度に彼岸花が僕の事を優しく受け止めてくれ、痛みはそこまで感じなかった。
風が吹く、白の空間。
ただ穢れ無き、その白い空間は、清浄な空気に満ちていた。
足元一面には、白色をした彼岸花が辺り一面に咲き誇り、風に吹かれて揺れている。
私はただ、その懐かしい空間に、茫然と立ち尽くしていた。
白い、清潔感のあるワンピースの衣装と、白い肌に、長く一つに結わいた尾羽のような純白の髪。
私は自分の姿を確認すると、辺りを見回した。
まだ、自分の身に何が起きたのかハッキリとは分からない。
ただ、言えることはまさに、自分はまだ何も知らない純粋な状態だという事だった。
必然でも偶然でも無く、私は両の脚で歩き出す。
しっかりとその白い地面を踏みしめ、前へと進んでいく。
彼岸花に包まれた地面は柔らかく、裸足の自分の足でも痛むことは無かった。
暫く前へと進んでいくと、唐突に空間の境目が訪れた。
ある地点からはその先が黒く。
ある地点からはその先が白く。
色をそのまま反転させたようなその空間は、境界によって隔たれているようだった。
そしてその境界の向こうには、一人の人物が、こちらに近付いて来ていた。
黒い下着のような服装に、長い漆黒の髪に、黒い瞳。
白いワンピースの衣装に、長い純白の髪に、白い瞳。
そのそう自分と歳も変わらないだろう少女は、境界の手前まで来て、立ち止まった。
お互いが何なのか、まだ分からない表情で、顔を見つめ合う。
自分と似ている、と思った。
姉妹でも親子でも双子でも無く、色彩や容子まで正反対のはずなのに。
そうだと分かっていても、ただ、その少女と自分は似通っていた。
私は恐る恐る手を伸ばす。
僕は恐る恐る手を伸ばす。
まるで鏡写しかのように、目の前の少女も同じように手をこちらに近付ける。
私と僕の手と手が触れ合った。
僕と私の指と指が触れ合った。
その瞬間、まるで夢から覚めるように。
その刹那、まるで突風が吹いたように。
境界がなくなり、白と黒の世界が混ざり合った。
空間はモノクロのような色彩となり。
足元の彼岸花も、黒の物と白の物が均等に並んだ。
「……あなたの、名前は?」
目の前の、白い少女が口を開いた。
透き通るような美しい声だった。
でも、僕は答える事が出来ない。
何故なら、まだ何も知らないから。
「わからない、わからない、わからない、わからない」
目の前の、黒い少女はそう返した。
可愛らしい声だった。
「……君の、名前は?」
黒い少女は同じような質問を返す。
私は、自分の記憶を取り戻そうとする。
ただ、頭の中を弄られてしまったかのように、何も思い出せなかった。
いや、元から記憶が無かったのか。
それは定かでは無いが、ただ、私には今持っている記憶はその一切が無かった。
「……わからない」
私がそう返すと、僕は少し嬉しかった。
自分と同じ境遇の者が居る事が、妙な安心感になった。
「そっか、同じだね」
僕はほほ笑みながらそう返した。
「……ですね」
私も、そう言って笑いかけた。
一瞬の静寂が流れ、それから僕が口を開いた。
「名前、付けようか?」
黒い少女は、私にそういった。
「いいんですか?」
私は遠慮がちにそう返したが、僕は笑いながら頷いた。
僕は少し頭を悩ませる。
白い少女の、頭上から足先までゆっくりと眺め、そしてイメージを膨らませる。
それでも、やはりと言うか。
記憶が無いため、膨らませるイメージも無かった。
だから僕は、直感的に思いついたその言葉を、君に投げかけた。
「『イリス』……って、どうかな」
「イリス……なんていうか、不思議な響きです」
そう言い返した君の事を見て、僕は少し不安になった。
「嫌だった?」
「ううん……とても、良い名前だ、って。ありがとう、大切にしますね」
君は……イリスはそう言ってほほ笑んだ。
私も、黒い少女を眺めた。
不思議な雰囲気の、黒いその姿。
イメージを膨らませようとしても、引出しが無い。
故に私は、閃きに任せて、あなたに名前を付けてみた。
「『ルイズ』……っていうのは、どうでしょうか?」
「ルイズ……ルイズ……」
僕は暫く、その名前を繰り返し口にする。
私は心配になって、あなたの顔を見つめた。
「……うん、気に入った!ありがとう、大事にするね!」
あなたは……ルイズは、そう言ってほほ笑んだ。
その表情を見て、私は胸を撫で下ろした。
辺りを見回す。
とても狭いようで、ほぼ永遠に続いている空間。
だからといって、何処かに通じているという訳でも無さそうで、ただこの風景だけがずっとここにあった。
私と僕は、顔を見合わせる。
「出口、探してみよっか?」
「はい、そうですね」
私はそう頷き返して、歩き出す。
僕はそんな君を後ろから追いかけて、その小さな左手を右手で優しく握った。
唐突に手を繋いできたあなたの方を見ると、にこやかにほほ笑んでいた。
「僕達、友達だよね!手、繋いでいこう!」
「……はい」
私は嬉しかった。
記憶は無くても、今までこうして私の手を握り、引いてくれる人が居なかったからだ。
恥ずかしそうに、こそばゆそうに微笑む君を見て、僕も嬉しくなった。
初めて握ったその手の温もりは、今まで感じた事の無い優しさを感じる事が出来たからだ。
「じゃ、手を離さないようにね」
「はい、はぐれたら大変ですからね」
僕と私は、その空間を共に歩み出した。
出口があるかは分からない。
ただ、出口が無くても構わなかった。
お互いに、こうして手を握り合い、共に歩むこと。
そうしている事に、意味があるのだから。




