禁書の間
扉を超えた先は、少し薄暗かった。
石畳の床や壁には一面に荊が張り巡らされ、咲いた赤い薔薇の薫りが立ち込めている。
僕と君は手を繋ぎ、先へ進んでいく。
幸いにも廊下は一直線だったため、道に迷う心配はなさそうだった。
まだ胸の高鳴りが収まらない。
自分の身に何が起きたのかも、全く理解出来ない。
君も悩んでいるようで、表情はいつもと比べて曇っていた。
「……あの人、私達を知っているようだった」
「仕方ないよ……やり返さなきゃ、僕達が殺されていた」
「それは分かってるんだけど……」
自分達の欠落した記憶が、気になって仕方なかった。
名前は偶発的に思い出す事は出来た。
ただそれでも、あのような事が起きてしまった以上、取り戻すべき記憶は名前だけでは決して足りない。
廊下を進んでいくと、また一つ扉が現れた。
僕と君は、それをゆっくりと押し開ける。
「これは……」
「……ストレンジ?」
その部屋は照明も無く、暗かったが、一つの装置が煌々と光を放っていた。
赤い溶液を満たされたその棺桶のような形をした培養層の中に、一人の少女が眠っていた。
赤い髪に、白い肌。
その容子は、ストレンジを人間の姿にしたら恐らくこんな感じなのだろう、というイメージと似通っていた。
胸元には一冊の本と、一本の薔薇を持っている。
そしてその本に、僕らは妙に惹かれた。
「あの本、もしかして……」
「……開けてみようか?」
そっとガラス窓に手を触れてみる。
だがどこにもそれを開く手段が見つからない。
どうしようか、と頭を悩ませる。
折角ここまで来たのに、こんな所で足止めされる訳には行かない。
「……壊しても、怒られないかな」
「散々本棚壊した挙句放火までしたからね、今更変わらないかも」
僕は手の中にショットガンを出現させた。
やはり一度感覚を憶えてしまえば、自由に出し入れが出来るようになっている。
剣の方はどうやらイリスの持ち物だったらしく、僕には手に持つ事が出来なかった。
逆さに持って、ストックの部分で何度もガラス窓を殴った。
次第にヒビが入り始め、ある一点を超えた瞬間、それはバラバラに砕け散った。
溢れ出した赤く発光する培養液が床に広がり、部屋全体を照らしていく。
荊が張り巡らされた空間の全容が明らかになった。
「あれ……?」
先ほどまで微かに生命活動を続けていた気配のあった少女が、もうピクリとも動かなくなっていた。
延命装置を破壊されたからか、呼吸も止まり、それは正真正銘の死体となっていた。
まずいことをしてしまったかも知れないと反射的に思ったが、今更引き返せもしない事だろうと言い聞かせる。
少女が手に持っていた本を手に取ってみる。
白の表紙と黒の裏表紙。
背表紙を挟んで二分割されたハートの柄。
僕らはその本を、まじまじと眺めた。
「これって……私達の記憶が記してあるんじゃ」
「うん、間違いない」
僕らは顔を見合わせ、深く頷いてから、ゆっくりと表紙を開いた。
本の中に、意識と感覚が引き込まれていく。
僕と君はそうして、自らの記憶が記された本の中へと、入り込んだ。




